第28話 ゴブリン 3

「二人とも? 適当に採ってきたりしていない? これだけの量、普通に選別しながら採取していたら集まらないわよ」


「そう? 普通に集めたけどね」


「そうだね。普通がなにかは分からないけど、がんばったよね」


 薬草や雑草、今日一日植物を触っていたせいで僕の手はかなり汚れていた。


「……言いにくいんだけどね、二人とも。薬草は適切に処理することでポーションや解毒剤、様々な薬品になるの。だけどそこに雑草が混入していたりすると質が悪くなったり、かえって毒になることもあるのよ」


「えっ! そんな、毒になることもあるんですか」


 せっかく作った薬品が毒になってしまっては大変だ。


「そうなの。だから薬草採取の依頼には、薬草以外の混入について厳しく対処することになっているのよ……」


「そう、ですか」


 ベリーニさんは中身がいっぱいになった麻袋を見下ろす。

 ベリーニさん、そんな話をして何が言いたいんだろうか……。もしかして僕たちが雑草を適当に詰め込んだと疑っているのかな?


「ちょっと奥で袋の中身を確認させてもらうわね」


 ベリーニさんは麻袋を両手で持ちあげる。


「あの、参考までに聞きたいんですけど。普通、どれだけ採れるものなんですか?」


「そうねぇ……。二人だったら一日で、この袋の半分くらいかしら。採ってこられる量の余裕をみて作った袋のサイズだから、これがいっぱいになるなんてこと……」


 そのままベリーニさんは「近くの椅子に座って待っててね」とだけ残し、奥の方に消えていった。

 二人だけになった僕たちは近くの小さな丸テーブルに備えられた椅子に静かに腰かけた。


「あれって、取りすぎだったみたいだよ……」


「らしいね。みんな薬草を見極めるのが下手なんだね」


 頬杖をつきながら周りの様子を眺めるリウ。

 後半はリウもがんばって薬草を採取してくれたため、服には細かな葉がちらほらついていた。

 髪にもゴミがついていたのに気づき、僕はそっと手を伸ばし優しくつまみ取る。


「ん? ありがとう」


 静かに時間が流れるギルド。

 きっともっと活気が良い場所なんだろう。だけど、僕たちが来るのは一般冒険者と鉢会わない時間帯なのだろう。


 リウは呑気にギルド内を観察したり、時々僕の顔を見てにこりと笑ったりかなり余裕が見える。

 僕は先ほどのベリーニさんの言葉に恐れていた。


 雑草の混入に厳しく対処する、と言っていた。あれだけの量、雑草が入っていてもおかしくない。それに後半、僕の集中力も切れていたこともあって誤って摘み取ってしまっているかもしれない。


 いきなり「はい、雑草たくさんありましたー。冒険者には向いていませんので登録を取り消しまーす」なんてベリーニさんに言われたら、泣いてしまう自信がある。


 落ち着いた様子のリウとそわそわしてしまう僕。

 今はただベリーニさんの確認が終わるのを待つことしかできない中、入口のドアが勢いよく開けられた。


「っ!!」


 その音に肩がびくついてしまった。

 リウが開けた時も、中にいた人たちはこんな気持ちだったんだろうな、と僕は申し訳なさを感じた。


「大変だ! オークだ! オークが街の方に向かって逃げてしまった!」


 ギルドに入るなり緊迫した様子で窓口に駆け寄り「ギルド長を呼んでくれ!」と声を張る冒険者。


「ど、どうされたんですか? とりあえず落ち着いてください!」


 窓口に立っていた女性職員が男をなだめるが、男性冒険者は口を止めない。


「普通のオークじゃないんだ! 通常よりも一回り以上大きい個体だったんだ! 俺たちがパーティーで臨んでも足止めもできなかった! 今もこの街の近くにいるかもしれない!」


「そ、そんな!!」


 冒険者の報告にギルド内が騒がしくなる。

 ギルド職員がギルド長を呼びに走り回り、混乱からか机の上の資料の山を崩す者、飲み物を吹き出してしまう者、様々にパニックになっていた。


「な、なんかいきなり騒がしくなったね」


「どうやら魔獣を逃したみたいだね」


「オークっていうのは魔獣? リウ、知っている?」


 魔獣の名前にも詳しくないので、僕よりは詳しいであろうリウに尋ねてみるが、リウは首を横に振った。


「正直なところ、魔獣の名前はあんまり知らないんだよね。だって、ボクが気にするような相手って、ボクと同種以外ほとんどいなかったし」


 つまりリウにとってほとんどの魔獣は覚えるに値しないもので、オークについてはリウも知らないようだ。もしかすると、その姿形は見たことがあるのかもしれないけれど、それが何という生き物なのか気にしたこともないのかもしれない。


「それじゃあ、どうしてゴブリンは知っていたの?」


「人里の近くに行くとね、あいつらすごい数いるんだよ。花に群がる虫みたいな感じだね。だから、鬱陶しすぎて覚えた気がするかも」


「そうなんだ」


 ギルド内のパニックとは場違いに、僕たちは椅子に座りながら話をしていた。

 二階の階段から呼ばれていたギルド長と思われる人物が慌てて降りてくる。


「至急、シルバー以上の冒険者を招集するんだ! ゴールドがいてくれれば尚良し!」


 ギルド職員に指示を飛ばしながら、報告に来た冒険者に詳しく話を聞き始める。


「キールくん、リウちゃん、ごめんね!」


 カウンターの奥から駆けつけてきたベリーニさんが慌ただしそうに早口で話し始める。


「薬草の確認なんだけど、ちょっとすぐには出来なくなってしまって……。ほら、聞こえていたかもしれないけど、緊急事態なの。街が危ないわ!」


「いえいえ、僕たちのことは気にしないでください。また明日でも明後日でも来ますから」


「そういうわけだから、ごめんね! あと、遅くなっちゃったけど気をつけて真っすぐお家に帰ってね。寄り道は絶対にだめよ!」


 そう残してベリーニさんは再びカウンターの奥へと消えていった。


「帰ろうキール。ボクたちがここにいても意味がないし、お腹が減ったよ」


「リウ、本当に呑気だな……。街の近くにそのオークっていう魔獣がいるかもしれないっていうのに」


 そう言うと、リウはニヤッとして、


「なんだいキール、またビビってるのかい? なんだったらボクの背中に隠れたっていいんだぜ?」


「うぐっ!」


 ゴブリンと遭遇したときの僕の恥ずかしい行動を出すなんて、どれだけ意地悪なんだ。


「冗談だよ、早く帰ろうよキール」


 まあ帰るしかないし、あまり遅くなっても父さんと母さんに心配をかけてしまうので、ギルドを後にした。

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竜騎士 キール=リウヴェール すずすけ @suzum9270

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