第27話 ゴブリン 2

「ァァ、ァァッ!」


 懐まで入ったリウは、その巨体を小さな足で蹴り上げて空高く浮かび上がらせる。


「塵一つ残さず燃やさないと、せっかくの依頼が失敗に終わるからね」


 再度指に火を点らせた。赤い小さな火は蒼く変わり、それを宙に浮くゴブリンに投げた。

 緑の身体に当たった蒼い炎はたちまち巨体を包み込んで一瞬で燃やし尽くしてしまった。


「燃えちゃった……」


 僕はその呆気なさにただただ呟くことしかできなかった。

 細かな消し炭は風に運ばれ、ゴブリンがもとにいた茂みの方へと飛ばされてしまった。


「はい、これで終わりだよキール。どうだい、怖かったかい?」


「ううん、怖くなかったよ。そうかゴブリンって見かけだけなんだね」


「そうそう。だって冒険者が討伐する魔獣なんだぜ? そんなに強いわけがないじゃない」


 それもそうか。


「さ、邪魔が入ったけど、薬草採取に戻ろうかキール。この麻袋をいっぱいにしてベリーニさんを驚かせよう!」


「本当に頼むよ、リウ。中腰がけっこう辛くてすぐに疲れてしまうからさ……」


 リウが採取を始めてからはあっという間に麻袋がいっぱいになっていった。僕一人でやっていたなら、日が暮れても麻袋の半分ほどしか採取できなかっただろう。


 それがリウと一緒ならば夕暮れ前には麻袋をいっぱいにすることができた。


「よし! 見るからに袋がいっぱいになったし戻ろうよキール」


「うん、けっこう重みを感じるよ。かなりの量採れたかもしれないね」


 僕たちが腰を上げて戻ろうとしたとき、遠くから「おーい」と声が聞こえてきた。

 僕たちに声をかけているんだろうか?

 帯剣した男性の一人が走ってこちらまで来た。


「君たち、薬草の採取をしていたのかい?」


「はい」


 彼も冒険者だろう。


「こっちに強力な魔獣が来たと思うんだけど、見なかったかい?」


 冒険者の男性は息を切らしながら僕たちに尋ねてくるが、覚えがない。


「強い魔獣は見ていませんよ? 魔獣を見かけはしましたが……」


「本当かい!? 君たちは大丈夫だったのかい!?」


「は、はい。見かけたのはゴブリン一体だけでしたから。あなたが探している強い魔獣ではないと思うんですけど……」


 見るからに討伐経験がありそうな目の前の男性が、ゴブリンを強い魔獣だとは言わないはず。そしてわざわざ探しにこないだろう。


 きっと男性が求めている強い魔獣ではない。


「ゴブリン、か……。たしかに僕が探しているのはゴブリンなんか非じゃない強さの魔獣だ。どうやら君たちは本当に見ていないようだね。……だとしたらどこに行ったんだろうか」


 男性は草原にある窪みを見ながら「だけど、確かに足跡がこの辺りまで続いているんだけどな……」と呟いて木剣を腰につけた僕と手ぶらなリウを見て「いや、そんなはずはないか」と何か納得したようだった。


「君たちは今帰るところかい?」


「はい、そうです」


「そうか、薬草採取とは懐かしい。僕も『見習い』のときによく摘んだものだよ。……腰を痛めたのが良い思い出だ」


 優しく笑いかけてくれた男性はどうやら悪い人ではないようだ。


「のんびりしていたら、あっという間に日が暮れてしまう。気をつけて帰るんだよ」


「ありがとうございます」


 僕とリウは男性に挨拶をして、ギルドへ戻ることにした。


 後ろの方で「なんだこの、引きちぎられ……顎……。まさかこれ……」と薄っすら聞こえてきたけれど、お兄さんのような冒険者と僕のような薬草を採取するだけの冒険者とでは会話にならないと思って気にすることなく足を進めることにした。


 冒険者ギルドに到着したころには、外は薄暗くなっていた。

 麻袋は容量いっぱいに薬草を敷き詰めたこともあり、リウよりも身体が小さい僕だとそれなりに重さを感じるほどの重量になっていた。それもあって、行きの道のりよりも時間がかかってしまった。


 リウの助けがなければ、帰りの道中で外は真っ暗になっていたかもしれない。

 ドアの前まで来たけれど、ドアを開けるほどの余裕が今の僕にはない。

 隣を歩いていたリウが代わりに勢いよくドアを開け放つ。


「「っ!」」


 勢いよく開けられた重厚なドアは大きな音をたてながら全開。冒険者もほとんどおらず、数人のギルド職員のみが静かに業務をしている空間にその音は大きく響いた。


 リウと僕に訝しい目を向ける人や、目を見開いてこちらを確認する人、ギルドの中は一瞬沈黙が生まれた。


「リウ、少し乱暴だよ……」


 疲れもあって僕は強く言うこともできない。


「重そうに見えたんだけど、けっこう軽かったんだね。感触のなさに、ボクがびっくりしちゃったよ」


 ドアを開け放った人物が少年少女と分かって興味が薄れたのか、再び話し声が生まれた。


「リウちゃん! だめでしょ、そんなに強くドアを開けたら。壊れるじゃない」


 窓口の奥からベリーニさんがやってくる。


「ごめんなさい。次からは気をつけるよ」


 リウは素直に謝罪して、カウンターへと向かう。


「どうだった? 薬草とれたかな? ……けっこう手間だったでしょ? なにせ雑草との見分けに時間がかかるから……」


 僕たちとくに顔に疲れが出てしまっているだろう、ベリーニさんは僕の顔を覗き込んで苦笑いをした。


「リウ、お願い」


 背負っている麻袋をリウに渡すと、リウは軽々しく膨らんだ麻袋をカウンターの上に持ち上げた。


「採ってきたよ。これで十分かい?」


「ええっ!?」


 重みでドスと音をさせながらベリーニさんの目の前に麻袋が置かれる。


「これを二人が?」


「そうだよ。前半はキールだけで。後半からボクも協力して集めたんだ。袋がいっぱいになったから途中でやめてきたけど、もうちょっと採れたかな?」


 僕はへとへとになりながら首を横に振った。


「無理だよ。これ以上の重さは背負って歩けないよ……」


「しょうがないなぁ、キールは」


 僕の様子に大きくため息をつくリウ。

 ベリーニさんはどこか困惑しているようで、難しい顔をしていた。

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