合言葉は、ラッキートレイン

篤永ぎゃ丸

本人認証


秘密の質問:あなたの好きな旅行先は?

[秘密の答え           ]



 ボーナスも入ったし、思いっきり奮発しよう。そう思い立って暫く放置していたショッピングサイトにログインしようとしたら、この画面である。


 前はあんなに利用していたのに、数年離れたらパスワード忘れてこのザマだ。私はパソコンの画面を睨んで、当時設定した記憶を呼び覚まそうとする。一番好きな旅行先ってなにさ本当に。


「マーマ、遊ぼうよ〜」


「ごめんね、みーちゃん。先におもちゃで遊んでて」


「ぶー……わかったぁ」


 私は肩を揺さぶる娘を優しく追い返す。渋々リビングにあるおもちゃ箱に手を伸ばす聞き分けの良い子も、今年で三歳になる。


「そういえば、旅行に行かなくなったのは……娘が生まれてからだっけ」


 質問の旅行先の事を考えて、ふと最後に旅行したのはいつか、記憶を辿っていたら随分前だったのを思い出す。結婚して、妊娠して、仕事も家庭も忙しくて、娘と旦那と今だに三人で旅行すら行けてない。


「昔は、あんなに行ってたのになー」

 

 独身の頃は月一ペースで国内旅行に行って、有給休暇は全部海外旅行に充ててた。でも寿退社して育児に理解がある職種に転職してからは、娘の面倒は保育園と孫を溺愛する両親に頼りっきり。


「……自分で設定したくらいなんだから、多分今までで一番思い出深い旅行先が答えかなあ」


 一番印象に残ってる旅行といえば、やっぱり修学旅行になってくる。同級生と行った二泊三日は最高だった。恋バナが楽しすぎて夜更かししたし、朝ごはんのブュッフェも美味しかったし、観光した時の写真も大事に保管してる。よし、『京都』って入力と。——違うんかいッ!


「え〜、京都じゃないなら何ー?」


 よくよく考えてみたら、流石にそれはないよね。割と安直な旅行先だし、セキュリティ的にも微妙だし。となると、社会人になってからの旅行になってくるなあ。


「成人してからの旅行で、好きになった所なんてめっちゃあるんだけど……」


「ママぁ、オモチャこわれちゃったあ」


 腕を組んで記憶を絞ってる時に、娘が車輪がもげたドクターイエローを押し付けてきた。あーあー、これ旦那が出張のお土産で買ってきたやつだ。見たら落ち込みそう。


「あーらら。ママが直してあげるから、良い子にソファーで待てる?」


「うん、まてるー!」


 良かった、私達の娘はお利口さんに育ってくれてる。一生のパートナーとなる今の旦那と出会ったのは、寝台列車だった。


「本当はシングルデラックスを予約したかったけど、取れなくて——一番安値の寝台料金で妥協したんだよね〜。懐かしいなあ」


 それは憧れの寝台列車の旅での事。予約の競争率が高過ぎて、寝台個室の切符を取る事が出来なかった。仕方なく、雑魚寝タイプの設備で旅行を決行したけど、当然男女で部屋分けされてる訳が無くて、周りはおじさんばかり。


「あそこで眠れなくて、ラウンジでふて寝してたら……旦那が私に声をかけてくれたっけ」


 車内探検に来た旦那が、寝台で寝ないんですかって聞いてきて。なんでかな、不思議と嘘がつけなくて仕切りがないから不安で眠れないって打ち明けたら、こっそり部屋を交換してくれたんだ。


「それからお礼をして、連絡先を交換して、一緒に旅行に行って、同棲し始めて、結婚して、娘が生まれて——」


 そして今に至る。一番最悪な思い出になりかけた寝台列車の旅は、思い返せば旦那と出会えた最高の旅行だ。その出来事を、言葉にするなら——。


「ラッキートレイン」


 私はそれを合言葉に、質問の答えに入力した。他に思い当たらないし、私が設定するなら絶対これのはず————違うんかいッ!


「正解はどこなんじゃマジで」


 私は頭を抱える。今までの旅行先調べ上げるのもめんどくさいし、別のアドレスで新しくアカウント作った方が早いまである。こりゃお手上げだ。


「新幹線かー……」


 私はドクターイエローのおもちゃを見つめる。旦那はこれ、どこで買ったんだろう。二十代のころは結構新幹線使ってたけど、黄色い車体を直接見た事ないかも。目撃したら、幸運が訪れるって有名だし——やばい。すッッッごく興味湧いてきた。


 私はショッピングサイトのタブを閉じて、ドクターイエローについて検索し始めた。ネット通販もいいけど、新しい正解を探しにまた旅行したいなと思った。——家族三人で。

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