【phase6】あたたかい音
私の姿は、18歳くらいの大人になっていた。
「やっと会えた。白葉月の森の魔女――ミーリャ。僕の愛しい人」
ユーリさまは教えてくれた。私が、ルカールサという『水の悪魔』に取り憑かれていたということを。その悪魔に取り憑かれると子供の姿になってしまうが、その代償に強力なポーションの生成能力を得るという。
「司教は過去何十年の間、女性に悪魔を憑依させて人為的に『呪われ聖女』を作り続けていたんだ。『呪われ聖女』を塔に閉じ込め、ポーションを生成させていた――呪われ聖女が作ったポーションは、高値で取引されるからね」
幽閉した呪われ聖女が過労で死ねば、悪魔を回収して次の女性に憑依させる。……そんなことを、繰り返していたらしい。
「そして現在の呪われ聖女がミーリャ……君だったんだ」
痛ましい表情で、ユーリさまは私の頬に触れながら語った。
「僕は何年もの間、失踪したミーリャの行方を探し続けていた。……そして君が『呪われ聖女』にされて幽閉されているのだと知ったのは――ほんの数ヶ月前。居ても立っても居られなくなり、奪うような形で連れてきてしまった」
疲れ切った様子で、ユーリさまはベッドに横たわった。悪魔にしか効かない毒らしいけれど……やはり、人間の体にも負担になってしまうらしい。
「呪われ聖女を作り出すために、人為的に悪魔を憑依させていたとはな。ユリウスの働きがなければ、司教の悪事を暴くことはできなかっただろう」
アポロ殿下は腕を組み、険しい表情をしていた。
「昨日、ユリウスにすべてを打ち明けられたとき――非常に驚いたよ。司教の卑しい行いにも、幼い『呪われ聖女』が本当は成人女性だったことにも。私はユリウスとともに、中央教会の教皇猊下にこの件を直訴する」
もう、心配はいらない。と、アポロ殿下が私に笑いかけてきた。
「……アポロ殿下はどうしてさっき、ユーリさまのふりをして、私を足止めしようとしたんですか?」
「時間稼ぎのつもりだった。毒を飲んだユーリが倒れている姿なんて、君に見せたら面倒だろう?」
アポロ殿下がくすくすと笑っている。柔らかい表情になると、この人はユーリさまに少し似ている。
「とっさに三文芝居をしてしまったが……、一瞬で見抜かれてしまったな」
「少し、意外です。おふたりは仲が悪いんだと思っていたので……」
「弟の真意が聞けたので、わだかまりが溶けた。いつも無責任で気まぐれだったユリウスのすべての振る舞いは、君を救うことが目的だったのだと知って……嬉しかったんだ。兄として、支援したいと思うのは当然だろう?」
それで、どうなんだ? 弟のことを、君はどう思う? ――と、アポロ殿下は問いかけてきた。
「私……私は、」
いきなり起こった自分の変化に戸惑うばかりで。
何をどう受け止めたら良いのか、わからない。
「私、昔の記憶が……曖昧なんです」
「ゆっくり思い出せばいい。弟は、何年でも君を待つだろうからな」
私は頭痛に耐えながら、昔のことを必死に思い出そうとした。
ユーリさまのことを、たくさん思い出したかったから。
――そうだ。
何年も前。
私が暮らしていた白葉月の森に。1人の男の子が迷い込んできた。
オオカミに襲われていたその子を、私が助けた。
とても可愛らしくて、心のきれいな男の子だった。心に孤独を抱えながら、一生懸命耐えていた。
深青色の、まっすぐな目で私を見つめていた。そう……
目の前のユーリさまと、同じまっすぐな目で。
私は震える手で、ユーリさまの頬に触れてみた。
ユーリさまの目が、私だけを見つめている。
「……大きくなりましたね、ユーリ。わたしのこと、覚えていてくれたんですか?」
「一日だって忘れたことはなかったよ、ミーリャ。僕の妻になってくれる?」
「――喜んで」
私たちは、もう一度口づけを交わした。
***
その後。
悪魔を人為的に使っていた司教の罪は重く受け止められ、教皇の命令によって司教は退任に追い込まれた。
この国に『呪われ聖女』が生まれることは、もう二度とないはずだ。
私はユーリの妃として、そして執務を手伝う補佐官として、彼の隣で幸せな日々を送っている。
執務室で書類の確認作業をしていた私に、ユーリが心配そうに声を掛けた。
「ミーリャ。あまり根を詰めすぎないように。くれぐれも無理をしてはいけないよ」
「これくらい平気ですよ、ユーリ」
私が笑って答えると、ユーリは私に寄り添って、そっとお腹に手を触れてきた。
「音を聞かせて」
「はい。――どうぞ?」
ユーリは甘える幼子のように私の膝に頭を乗せて、私のお腹に耳をくっつけてきた。
「聞こえますか、ユーリ」
「あぁ。温かい音が、よく聞こえるよ」
膨らみ始めたお腹のなかに、宿ったばかりの命の音が聞こえていた――
呪われ聖女は気まぐれ王子に教育される 越智屋ノマ@魔狼騎士2重版 @ocha
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