「」陰陽師:悪霊退散!急急如律令!

笹 慎

星爆の獣

 どうして どうして どうして どうして どうして どうして どうして


 あの者の刹品さくひんまれるのに


 なぜ 我の刹品さくひんまれぬ


 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い


 なぜ あのような無個性の陳腐な刹品さくひんが数多の星を獲得しておるのじゃ


 なんと 下品極まりない長い帯摂たいとる


 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい 悔しい


 先に刹乎さっかへと神化しんかした元・我那秕わなびに同意を求める


<お主は、くばかりでみが足らぬ>


 あのようなくだらぬ刹品さくひんめと申すか


<天賦の才を持つ我那秕わなびでなければ、むことも肝腎かんじんよ>


 あんなものめば、むしろ我の刹品さくひんけがれがうつる


<そのようにわず、やはり星の多き刹品さくひんめば、まなぶことも多かろうて>


 うるさい 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 煩い 



 ◆◆◆



 安倍劃讀あべのかくよむは、悪鬼羅刹、悪霊怨霊となった我那秕わなび討伐専門の陰陽師である。


 師走しわすから睦月むつきにかけては、我那秕わなびが悪霊に堕ちやすいため、ことに忙しい。今日も何体もの我那秕わなびの祓いを終えて、詰め所に戻った。


「稀代の天才陰陽師とうたわれる安倍劃讀あべのかくよむ様でもこの時期は根をあげるか」


 カッカッカッ、と同僚の蘆屋拏咾あしやなろうはやし立てる。


拏咾なろう、お主とてこの時期は忙しかろう」


 詰め所の陰陽師は皆、祓っても祓っても悪霊となる我那秕わなびに疲弊していた。


「今日は特に昨日までは良き我那秕わなびだった者が性の穢れに堕ちておった。表面上のみの穢れだったので此度は処分を見送ったが、またいずれ堕ちてしまうだろうよ」


 劃讀かくよむが溜め息をつきながら皆が囲む火鉢に近づくと、拏咾なろう劃讀かくよむが座れるように席を明けてやる。


「性の穢れは特に根深い。むを欲するあまり手を出してしまう者が多すぎる」


「全くじゃ」


 陰陽師達は口々に同意する。


「そういえば、劃讀かくよむよ。最近、都に出没する星爆ほしばくけものの噂を聞いたか」


 隣に座る拏咾なろうがそう話しかけてきた。劃讀かくよむは、火鉢でかじかんだ手を温めながら、これは厄介なことになったと頭を悩ませる。


「なんと。星爆の獣、とは。それは真偽を早急に確かめねばならぬな。本当に星爆の獣ならば、大祓おおはらいの儀が必要じゃ」


 星爆の獣は、我那秕わなび刹乎さっか神化しんかに向けての格付けを乱す厄介な悪霊である。元は善良なる我那秕わなびだった者ほど、巨大なる穢れを背負って、星をまき散らす獣へと変貌するのが常だ。


「しかして、どう探す。星爆の獣は、性の穢れの悪鬼のように、人には悪さをもたらさぬ。探すのはなかなかに手がかかるぞ」


 そう星爆の獣は、我那秕わなびに対してのみ悪さをする悪霊である。探すにも囮の我那秕わなびが必要だ。


「なぁに、我が式神の我那秕わなびを囮としよう」


 劃讀かくよむは、着物の袖から人形ひとがたを一枚取り出すと、息をふぅっと吹きかけてから火鉢に投げ入れた。パチパチという音とともに、ふわりと女人にょにん姿の式神が現れる。式神はくるりと火鉢の上で回ると、劃讀かくよむの後ろに舞い降りた。


「なんじゃ劃讀かくよむ


畫杠かくよ、都に星爆の獣が出ているようじゃ。索敵さくてきを命ずる」


 火鉢にあたったまま、後ろも向かずに劃讀かくよむは式神へそう命ずる。


劃讀かくよむはつれないくせに、我那秕わなび扱いが酷い。全く悪い男じゃ」


 早く行けとばかりに手でシッシッとすると、畫杠かくは頬を膨らませて渋々と詰め所を抜けて外に飛び出していった。


「全く悪い男だねぇ」


 その様子をニヤニヤしながら見ていた拏咾なろうがそう冷やかしてきたので、劃讀かくよむは仕返しに彼から火鉢を遠ざけた。


◇◇◇


くだん我那秕わなびを見つけた。確かに酷い星請ほしこいの穢れを背負ってはおるが、星爆の獣と称するほどには星をまき散らしてはおらぬ。毎夜、数人の我那秕わなびに星を付けては、返礼の星を受け取ると知らぬうちに剥がしているようじゃ」


 それは、なかなかにたちが悪い。



―――丑の刻


 畫杠かくの案内で劃讀かくよむ拏咾なろうは、くだん我那秕わなびが現れるという橋を訪れる。畫杠かく刹品さくひんをハタハタと取り出すと、橋の下から異様な音が響きだした。


 ズモモモモモモ……


 おびただしい量の星請ほしこいの穢れの塊が現れる。


「これは、なんと巨大な」


 拏咾なろうは驚愕の声を漏らす。劃讀かくよむは瞬時に祝詞を唱え始めた。


「祓え給い、清め給え……正体を現すがよい!」


 その一声により、星請ほしこいの穢れの一部が霧散すると、中から酷く矮小で陰気な顔をした我那秕わなびがその姿を晒した。


何用なにようじゃ……陰陽師如きが……」


「そなた、なぜまずに星を付ける」


 キヒヒ……と気味の悪いわらい声に合わせるように、星請ほしこいの穢れが左右に揺れる。


「ふん。星を請うておったから、付けてやったまでのこと。感謝こそすれ、文句を言われる筋合いはないわ」


「では、なぜ返礼を受け取った後は、星をはぎ取りに参るのか」


「当たり前ではないか。刹乎さっか神化しんか格付けの上位に行かねば、んでもらえぬ。刹乎さっかになれぬ。我のような高尚な刹品さくひんのみが上に行けば良い。下らぬ刹品さくひんは下で埋もれておるのが相応しかろう」


 くだん我那秕わなびは、星請ほしこいの穢れを操ると、畫杠かくに襲いかかった。


 拏咾なろうは着物袖から護符を取り出すと、「急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」と叫んで畫杠かくを取り巻く穢れを霧散させる。


 しかし、方々に散り散りになった星請ほしこいの穢れは、またすぐに巨大な塊に転じて、くだん我那秕わなびの周囲にうねりをあげた。


「こやつ、穢れが深部まで達しておる……」


拏咾なろう大祓おおはらいの儀を行うぞ!」

「承知したッ!」



 劃讀かくよむ拏咾なろうは同時に九字を切り、印を結ぶ。




 臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前


 我 那 秕わなび


 阿 伽 卍垢BAN




 その声とともに我那秕わなびの足元に五芒星が現れ、我那秕わなびを地面へと引きずり込んでいく。五芒星の端から手を出して、懸命に地面に爪を立てて悪あがきをしたが、引きずり込まれる力の方が勝っていた。


「ぐぉぉぉおおおおおおおおおお!!! 消えたくない…!! 消えたくない…!! 刹品さくひん獏圧賦バックアップをまだしておらぬぅぅぅうううう!!!」


 そうして、断末魔の悲鳴とともに、星爆の獣と化した我那秕わなびは地面の中へ消え去った。



「奴も最初は善良なる我那秕わなびだったのだろうに……」


 そう悲しむ劃讀かくよむの肩を拏咾なろうは元気づけるように叩いた。




 

 みもせず


 星降らせ睦月


 垢消えぬ


 白雪のごとく


 星も消えなむ



(完)


********************************

 少しでも笑っていただけましたら、星★の評価をいただけますと拙者大喜びし候ふ。

星爆の獣じゃないよ。悪い我那秕わなびじゃないよ!

 あと他にも色々書いてます。

https://kakuyomu.jp/users/sasa_makoto_2022

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