第2話
沙耶香が新見の招集を受ける二ヶ月前、岩﨑重工業の面談スペースで文殊聡志は頭を抱えていた。
「文殊君、こんなことが許されるのかって自分でも思っちゃいるんだが、政府からの指示なんだ。すまないが君にはこの会社を辞めてもらうよ。」
防衛設計部長からの突然のクビ宣告だった。
「待ってください、いきなり呼び出されて、クビってどういうことですか!」
納得がいかない聡志に対して部長は気まずそうに言う。
「それについては、防衛省の藤岡さんから説明がある。」
「なんで防衛省の藤岡さんが説明するんですか!」
すると黒いスーツを着た長身の男が面談スペースに入ってきて、聡志を宥める。
「まぁ落ち着いてください、文殊さん。私が防衛省の藤岡です。あなたには秘密作戦に協力してもらいます。そのためには岩﨑重工さんの身分は無くしてもらわないと困るんです。その為に一度辞めてもらいます。当然、本作戦は成功が絶対ですが万が一の場合は現職復帰やそれに準ずる待遇で再雇用先を手配します。」
「待ってください、秘密作戦て、僕は防衛装備開発に関わってますが、民間人です。法律違反じゃないか」
「ええ、文殊さんのおっしゃる通りそうですね。でも我々の所管する自衛隊はそもそも憲法違反という見方もありますから、この程度のことはあり得るんですよ。」
「この程度って、苦笑いしていうことですか!そもそも僕に何をさせるつもりなんですか」
「あなたには、会社を作ってもらいます。高出力レーザーでスペースデブリ、などを、撃ち落とす会社です。メンバーはこちらでも選考していますが、文殊さんからの意見も取り入れます。なにより、このプロジェクトは民間のDPALを製作、稼働することが目的です。大学でDPALを専攻していた日本人で、かつ防衛関係の仕事をしている人間は、貴方だけ、この作戦に貴方より適した人材はいません。」
「DPALでデブリなどを落とすって、MDを視野に入れてるんですよね?なんで国でやらないんです?」
「いろいろ事情はあります。岩﨑重工さんにもこれまで民製品を先に製作、リリースして、それから防衛装備に提案するというような事をやってもらってきています。今回は、切迫した状況の為、超法規的に文殊さんを引っ張ることになりました。」
「そんなことありえてたまりますか?それに切迫した状況ってなんですか?」
「これは極秘ですが数年以内の台湾侵攻計画を合衆国が察知しました。我が国は台湾と韓国を除けば同盟国最前線になります。しかし、ミサイルの物量は圧倒的に劣性です。そこで対空レーザーの開発を急ぐ必要があります。ですが、時間がもうありません。民製品という擬装で資金を集める必要があります。」
「あの戦争でだいぶ世論は変わったはずです。そこまでする必要があるのか疑問です。」
「文殊さん、日本の平和ボケはそんな簡単に治りません。デュアルユースの応募は全然増えてないし、日本の最高学府はもちろん、貴方のいた大学もいまだにNGですよ。」
「うぅ、そうですねぇ。あぁ、もぅ納得はいきませんがやるしかないということですよね。」
「近藤先生にも、技術顧問として協力してもらう予定ですよ。」
「日本で一番やりたがってた人ですよ!当然です。先生がいるなら、私が断る訳にいかないです」
こうして聡志は、スペースデブリをレーザーで除去する会社をつくる作戦の実働責任者となったのだった。
時は戻り、防衛装備庁電子装備研究所の飯岡支所についた沙耶香は、入所手続きを済ませたあと案内役の職員に付いていく。
そして通されたのは、何度か来たことのある会議議室だった。
「失礼いたします、砂山産業の普賢です」
会議室に入ると、どうやら沙耶香が最後だったようだ。新見に目を向けると、プレゼンの準備を促される。
プロジェクターの光がスクリーンにデスクトップを映し出す。
沙耶香の準備が終わったタイミングで新見はひつと咳払いをして会議を進行する。
「本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。ただいまよりスペースデブリ除去事業立ち上げに関する会議を開催いたします。本会議の目的については事前説明をしていませんが、それは後ほど行います。まずは、今回お呼びいたしました、砂山産業の普賢様に、セシウム内包フラーレンの工業的製法について、岩崎重工業の文殊様に高強度レーザーによるスペースデブリ除去についてそれぞれ発表していただきます。」
沙耶香は、思わぬ人物の名前を聞いて驚いた。入室時には気が付かなかったが後席に先ほど思い出していた人物がいた。
しかし、新見がプレゼン開始の指示を出したため、とりあえず眼前の何者ともまだ知らない人達にセシウム内包フラーレンについてのレクチャーを始めた。
「以上、ご清聴いただきありがとうございました。」
質疑応答はあとでということで、そのまま文殊の番になった。
宇宙お掃除黎明記 光源太郎 @taros001
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