神様の幸せ旅行 ~あなたに幸福を届けます~

@wolf-lupus

第1話 リリィ

 私の人生は至って平凡だ。

 今日も今日とてつまらない黒いスーツと窮屈なヒールを履いて出社する。そして出来の悪い部下を叱りながらむかつく上司に耐えてさっさと帰るのだ。

 もともと親に言われて入った会社だった。私の夢なんて考えずにわざわざ第一志望の会社を辞退させられて、安定がどうとかいうそんな理由で入らされた会社の事務職。

 ……。まあ給料には満足してるし、もう終わったことだからどうでもいいんだけど。


 カタカタとパソコンのキーボードをたたく。

 就業時間もあと少しだしこの入力が終われば時間通りに帰れるだろう。

 あと1、2分に迫った終業時刻に肩をほぐす時間も惜しんで業務を行う。

 カチリ、と時計の針が18時ちょうどを指したときに最後の入力を終えた。


「ふぅ……」


 これで私の仕事は終わり。

 首をボキボキ鳴らしながら散らかった机をさっさと片付けて鞄を持った。


「お疲れ様です」

「あ、楓山もみじやまさん!すみません。今日早く帰らないといけなくて……」


 この子は会社の同僚だ。

 何やら最近子供が生まれて早く帰りたいらしい。


「就業時間は終わってるんで、私は帰ります。他の人に頼んでください」

「それが、他の人にはいつも変わっていただいてて……。今日だけで大丈夫なんでお願いします……!」

「早く帰りたかったんなら頑張って効率よく仕事すれば良かったんじゃないですか?事実私は時間内に仕事終わってますし。じゃ、お疲れさまでした」


 その言葉を残して私は逃げるようにエレベーターへ乗り込んだ。

 あいにく、私は人の作業をもらってあげるほどお人好しじゃないし、業務内に仕事を終わらせる時間管理も仕事のうちでしょうに。

 周りの人たちもあの子の効率の悪さには気づいてるはずだ。いつもいつも仕事を手伝わされてあきれ始めたから今日は誰も手伝ってくれなかったんだろう。


 「ハァ……。今日も疲れた。さっさと帰って寝るか」


 私の日々は平凡だ。

 起きて仕事して、帰って寝るだけ。志も夢もない。

 でも、満足してる。問題なく生活できてるし。


 そう自分に言い聞かせて一歩踏み出したその時。


「危ない!!!!」

「え」


 トラックのヘッドライトが見えた瞬間。ドンッ、という音とともに私は意識を失った。












 私は死んだ。

 



 死んだ……ハズなのに……。



「頭、痛い……」


 目を覚ますと牢獄のような場所にいた。

 カタガタと鳴る木製の馬車に屋根だけついた鉄の牢獄。その中に、私はいた。


「なに、これ」


 牢獄には鎖につながれたカラフルな髪の少年少女が10名ほど入っていてみんな布切れみたいな服しか着ていない。しかも、皆擦り傷やあざがあり、まともな扱いを受けていないことが分かる。鎖は近くの鉄格子に繋がっていて牢獄の扉があいたとしても逃げることはできなさそうだった。

 恐る恐る自分の姿を確認すると同じように鉄の腕輪をつけられていてボロボロの服を着ていた。やはり鎖は近くの格子に繋がっていて牢獄の中では自由に動けるが外へは出れなさそうだ。

 痛みの原因である頭を触るとぱらぱらと血が固まったものが落ちてきてズキズキと痛んだ。


 とにかく状況を把握しないと……。

 こんな現代日本に鎖とか馬車とかおかしな話だ。そんなのゲームとかアニメの話だろう。

 一先ずこの馬車を動かしている先頭の方向へ向かおうと痛む頭に耐えながらゆっくり立ち上がり、壁に聞き耳を立ててみた。


「そろそろか?」

「そうだなー。あと2、3キロってとこか?」

「これが終わったら豪勢な食事でも食って酒浴びるほど飲もうぜ~」

「まだ気がはえーよ。全部売れるかわかんねーんだしな」

「戦争したがりの国に売るんだから大丈夫だろ!どこも人がたんねーって嘆いてるよ」


 どうやら男が二人のようだ。

 話的に私たちは奴隷らしい……。あと少しで私は奴隷になるってことか?そんなの嫌だ。まともな扱いなんてされるわけない。どうにかして逃げないと……。

 でも、ここがどこかわからない。やみくもに逃げたところで野垂れ死んでしまうだろう。

 戦争したがりの国ってどこだ?日本じゃないことは確かだから私は今海外にいるってこと……なのか?


 考えても全く分からない……。

 トラックとぶつかった後救急車に運ばれたとしてなんで海外にいるんだ……?

 闇医者にかかった?そんな訳ないしな……。


「ちょっと、そこの君」


 悶々と考えていると唐突に声をかけられた。


「え」

「そう、君なのですよっ!さっきから呼んでるのに全然気づいてくれなかったのです~」


 振り返ると9才くらいの小さい少女がちょっと拗ねたようにこちらを見上げていた。

 他の人と同じく手には鎖が繋がっていて同じ奴隷だということが分かる。


「あ、ごめん。何かな?」


 少女の小さい身長に合わせてかがむとちょうど少女と目が合った。

 その目は何か神々しくも思えるくらい綺麗な瞳だった。髪色と同じ金色のはずが時々、違う色のようにも見える不思議な色をしている。

 まあ、瞳が金色の人間も見るのも初めてだが……。


「頭のケガ、治すから見せるのです」

「治す?」


 治すとは?

 あたりには救急箱もないし、服でも破って包帯にするってこと?


「はい、頭こっちに向けるのですよ~」


 疑問を抱きつつも言われた通り頭を少女のほうに向けると、金色の光が舞った瞬間傷が塞がっていくような感覚があった。


「はい~、おしまいなのですっ」


 のんきな少女の言葉を聞きながら恐る恐る傷口に触れてみると傷がなくなっていた。

 痛みもしっかりと消えている。


「え、どういうこと?今なにしたの?」

「今のは治癒魔法なのですっ!」

「魔法って?」

「魔法の中でも治癒は珍しいから知らなくても無理ないのですっ!世界で数人しか使える人がいないような魔法なのですよっ!伝説にも残っているようなすごい魔法なのですっ!インチキとかじゃなくてちゃんと魔法なのですよ!」


 いや、治癒魔法の前に魔法自体の説明をしてくれ。何一つ分からん。

 厨二病的なことを言ってるの?

 でも変な光は見えたし傷が治ったのは本当で……。

 じゃあ、ここは魔法が使える世界ってこと?

 そんなことある?

 いや、そんなことより今は逃げる手立てを探さないと……。

 男はあと2、3キロで着くと言っていた。ならもうあまり時間がないはずだ。


「ねぇ、ここから逃げる手段とか……。ないかな?その、魔法とか?でこの柵を壊したりできない?」

「外に出たいのですか?僕がその手段を持っているのですよっ」

「本当に?じゃあえっと、あなたの名前は……」

「あ、自己紹介がまだだったのです!僕の名前はリリィ。この世界の神様なのですよっ!」


 ……え、神様?

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