第3話








結局、ラスロが情けない声で「フードは被っててくれ」と言ったので、ミレイユはまたフードを被りなおした。

ラスロは三人に情けない姿を晒して落ち込んだが、初対面の緊張が緩んだのは確かだ。

三人ともラスロへの遠慮がなくなり、あれこれと質問してくる。

「ラスロ、あれは何?」

「ユザーナの実だ。いっとくが食えねーぞ」

「そうなの? 熟れてておいしそうなのに」

「鳥しか食べない実だ」

「ラスロさんは植物にもお詳しいんですね」

「っ! ま、まあな。これくらいは冒険者として常識だ……」

ミレイユの質問にはなぜか視線をそらして答えるラスロである。

「がぅ、がぅ~」

雪ちゃんも張りきっているのか、口に木の実のようなものをくわえている。

「雪ちゃん、それは殻だ。中には何も入ってないぞ」

「がぅ……」

「あ、あの木の枝に生ってる黄色のやつは、たしか食えるぞ!」

「がぅっ!」

しょんぼりする雪ちゃんを慌ててフォローする。

強面のラスロが子虎に向かって「雪ちゃん」と呼び、あたふたする様は微笑ましかった。

ラスロは子供が嫌いだと言いながら、面倒見はいいようだ。

「ねーラスロ。魔物がいたら狩ってもいいんでしょ?」

「ああ。だけど狩る前は俺に声かけろよ」

「オッケー」

狩りの許可を得たヒナは、嬉しそうに返事をする。

「ラスロさん、ちょっといいですか?」

「なんだエミール」

「これ、ベルヴェナ草ですよね?」

「お、よく見つけたな!」

しゃがみこんだエミールが指さした先に、白い花を咲かせたベルヴェナ草が生えている。

木陰の、とくに茂みの中に生息するので、ただ歩いているだけでは見つけにくい薬草だ。

そしてこれが今回の採取目標である薬草だった。

「エミール、薬草見つけたの?」

「すごいですわ、エミールさん」

「がぅ?」

ヒナとミレイユ、それに雪ちゃんもエミールの周りに集まってくる。

エミールは自分のバッグからスコップを取り出すと、地面に膝をついてベルヴェナ草の周囲を掘っていく。

根っこから採取するのが薬草採取の基本だ。

服が汚れるのも構わずにスコップを使う姿に、ラスロはエミールの評価を上げた。

それでこそ冒険者である。

「土が思ったより硬いです」

「そのスコップだと掘るのは大変かもな」

ラスロは答えるが、手を貸そうとはしない。

体験学習なので、引率の立場で見守るだけだ。

するとヒナがエミールの側にしゃがみこんだ。

「手伝ってあげる」

ヒナはそう言って、ベルヴェナ草に手をかざすと小さく呪文を唱えた。

μαλακός柔に変われ

パッと光が放たれるが、一瞬で消える。

「よし。エミール、掘ってみて」

「え? ……あ、ここだけ土が柔らかくなってる!」

エミールがスコップを差すと、先ほどは違ってサクサク掘れる。

あっという間に掘り終えて、エミールは小さな麻袋にベルヴェナ草と土を詰めた。

「ヒナさんの魔法はすごいですね! おかげで簡単に採れました」

「そう? こんなの基礎魔法だけどね」

ヒナはそう言いながらも得意げな顔だ。

「がぅ、がぅ~」

「雪ちゃん、どうしたの?」

呼びかけるように鳴く雪ちゃんに、ヒナは耳を傾けていたが、すぐに笑顔でラスロを振り向いた。

「ラスロ!」

「お、おう?」

「あっちに森ウサギがいるって! 狩るわよ!」

「おい、あっちって……?」

ラスロが言い終わる前に、ヒナはミレイユを呼ぶ。

「ミレイユ! 私が仕留めるから、あそこの動きを止めて」

「あの辺りですわね」

ヒナが指さした方向には、立ち並ぶ木と茂みしか見えない。

しかしミレイユは杖をかざすと、ヒナの指示した方向へ向けて短い呪文を唱える。

杖からあふれる淡い光が一帯を包むように大きく広がる。

光はすぐに消えたが、今度はヒナが右手を広げて前に突き出した。

ヒナは口元に笑みを浮かべ、歌うように呪文を唱える。


λευκός φλόγα白く燃えつくせ


次の瞬間、ヒナの右手から白い火炎が飛び出した。

目の前の風景を、一瞬で白い炎が覆いつくす。

「うわっ!」

驚いたエミールが後ずさるが、すぐに炎は消えてしまった。

何も燃えた様子はなかったが、

「行くわよ!」

「がぅがぅっ!」

ヒナが嬉々として走り出し、雪ちゃんも勢いよく茂みに向かって駆け出す。

「おい! まて!」

ラスロが慌てて後を追う。

エミールとミレイユも続いて後を追ったが、三人がヒナのところにたどり着くと、開けた場所に森ウサギが三匹倒れていた。

暴れた様子もなく傷もないが、死んでいるのは一目でわかった。

「仕留めたわよ、ラスロ」

「がぅ!」

ヒナが胸を張ってラスロを見上げ、雪ちゃんも嬉しそうに吠える。

緑色の毛皮と鋭い牙をもつ森ウサギは、体長が一メートルほどで、動きが素早く獰猛だ。

だから冒険者でも傷つけずに仕留めるのは難しいが、さすがは魔法使いといったところだろう。

「すごいな、お前ら……」

「魔法ってすごいんですね!」

エミールが目を輝かせてヒナを見つめた。

「一撃で仕留めるなんて、さすが魔法使いです!」

「ミレイユが足止めしてくれたおかげよ」

エミールの賛辞にヒナが照れくさそうに答える。

「私のは簡単な魔法ですわ。ヒナの魔法はレベルが違いますもの」

「ヒナさんのはカッコイイですよね!」

エミールが笑顔で褒めてくるので、ヒナはにこやかな笑みを浮かべる。

「そう? ならエミール、コレ一匹あげるわ」

「えっ?」

「買取りしてもらうつもりだけど、全部じゃなくていいし」

「ええっ! いいですよ。それはヒナさんとミレイユさんが仕留めたものですから」

「遠慮しなくていいわよ。森ウサギの肉はスープに入れても美味しいんだから」

「え? これ食べるんですか?」

不思議そうに首をかしげるエミールに、ヒナが驚いた顔をする。

「もしかして、森ウサギを食べたことないの?!」

「はい。そういうのはメニューに出たことがないので……」

ちょっと恥ずかしそうにうつむくエミールに、三人は何となく察した。

エミールが貴族のお坊ちゃんなのは何となく見当がついている。

きっとこのイベントも、冒険者に憧れてこっそり参加したのだろう。

ヒナはエミールの元へ寄ると、ポニーテールを揺らして、ニッコリと笑った。

「じゃあ今度うちにおいでよ。ご馳走してあげる」

「ええっ?!」

ヒナの突然の誘いに、エミールが顔を赤くした。

「いえ、その、僕は……」

「ミレイユもこんど昼食に招待してるし、うちのコックは腕がいいのよ」

「私もお勧めしますわ。ヒナのお屋敷で出る料理は、一度食べたら忘れられませんもの」

「がぅぅっ!」

「そんなに美味しいんだ……」

ミレイユと雪ちゃんの言葉に、エミールの心が揺れ動いている。

ヒナはあと一押しするようにエミールの両手を取ってぎゅっと握りしめた。

「わっ、ヒナさん?!」

「ベルヴェナ草を見つけたのはエミールでしょ。今日の目的はエミールのおかげで達成できたし、そのお礼ってことで、どう?」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。楽しみにしてます」

エミールが嬉しそうにはにかんだ。

その笑顔も天使のように愛らしい。

ヒナは得意げな顔で「楽しみにしてて」と胸を張った。

はたから見れば、少年と少女の微笑ましいやり取りだ。

しかし、やはりラスロはむずがゆくなってきて、途中からその場を離れた。

倒れたままの森ウサギをどう回収しようか考えていると、ラスロの足元に雪ちゃんが寄ってきた。

「お、どうした?」

「がぅ」

雪ちゃんはラスロに返事をすると、森ウサギに向かって大きく口を開き、


「ガウゥゥッ!!」


白い炎をボウッと吐き出した。

森ウサギは一瞬で白い炎に包まれ、そしてパッと姿を消す。

「なっ?!」

「がぅっ」

何が起こったのか分からず動揺している足もとで、雪ちゃんが得意げに吠える。

「何したんだ雪ちゃんっ!」

「魔法で移動させたのですわ」

「ッ!!」

急にミレイユが隣に来たので、ラスロは飛び上がった。

ぎくしゃくしながら一歩離れる。

「ゆ、雪ちゃんの魔法?」

「ええ」

「そ、そうか」

ラスロはとりあえず頷き、どうやってここから離れようか考えた。

しかし。

「あの、ラスロさん」

「……なんだ?」

「ラスロさんも、エミールさんと一緒に来てくださいね」

なぜかミレイユに誘われ、ラスロは固まった。

「さっきの話か?」

「はい」

「オレも……行くのか?」

「はい」

嬉しそうに頷くミレイユに、ラスロは視線を泳がせたが、14歳の少女を前に逃げ出すわけにもいかない。

ラスロはぎこちなく頷いたが、気を抜くと口元がにやけそうで、平静を保つのに必死だった。








+ + +








それからも、余った時間で狩りを楽しみ、ヒナとミレイユは狩った獲物の一部を冒険者ギルドで買い取ってもらい、イベントは無事に終了した。

エミールとラスロとはギルドで別れたが、次に会う日は決まっている。

「楽しかったねーミレイユ」

「ええ。雪ちゃんも楽しそうでしたね」

「がぅ!」

「狩りができるのいいよね~冒険者登録しちゃう?」

「それもいいですわね」

ヒナの提案にミレイユが笑顔で答える。

最初は気乗りしなかったミレイユもイベントは楽しかったようだ。

ヒナは隣を歩くミレイユを覗き込むようにして、ニヤニヤと笑う。

「ていうか、ミレイユ。ラスロのこと気に入ったでしょ?」

「えっ!?」

「ミレイユが男に自分から話しかけてんの初めて見たし?」

「そ、それは、その……!」

カァッと頬を赤らめるミレイユは、可憐で愛らしい。

「ああいうのがタイプ?」

「た、タイプというか……その、初めてだったので」

紫の瞳を潤ませながら、ミレイユが恥ずかしそうにヒナを見つめた。

「可愛いって、言われたことがなくて」

「いや、初めてってことはないでしょ?」

ヒナが冷静につっこむが、ミレイユは首をかしげる。

「今まで殿方に言われたことは一度もありませんわ」

「ええー?」

絶対に嘘だと思ったが、ミレイユの記憶にないなら、たしかに初めてなのだろう。

「ヒナの方こそ、エミールさんを気に入っているようでしたけど」

ミレイユは頬を赤くしたままヒナに振ったが、ヒナは堂々と笑顔で答えた。

「うん! あの見た目で年下って、ポイント高くない?」

「そうですか?」

「それに、雪ちゃんと同じ色だし」

「がぅっ」

「同じと言うのは、瞳の色のことですか?」

「そうよ。一生見ても飽きないわ」

「……ヒナの感性は不思議ですわねぇ」

「え、ふつうでしょ?」

ヒナの返事にミレイユは首をかしげているが、ヒナも雪ちゃんもご機嫌の様子だ。

そして二人は寮に帰りつくまで恋バナで盛り上がり、楽しい一日を過ごしたのだった。





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冒険者体験イベントに参加したら、恋が始まりました。 氷魚(ひお) @hio9

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