第2話
冒険者体験イベントは、王都に一番近いクリシースの森で行われる。
広場のすぐ先が森の入口だ。
参加者が集まった広場には、本物の冒険者の姿もあった。
「では、皆さん。これから一日体験の説明を始めます」
年配の男性が声を張り上げると、参加者たちはおしゃべりを止めて彼に注目した。
彼は第二支部の支部長だと名乗った。
『冒険者一日体験』の趣旨と、注意事項を伝える。
今回のイベントでは、参加者を班分けする。
各班ごとに一名の冒険者が引率で付き添い、クリシースの森で薬草採取をした後、鑑定を行って実力を試す内容となっている。
状態がよければ買取りもしてくれるようだ。
「本格的なのですね」
フードの下からミレイユが感心したように言う。
「買取りもオッケーなんだ」
ヒナも笑みを浮かべた。
「がぅ?」
「雪ちゃん。いい獲物がいたら狩るわよ」
「がぅっ」
雪ちゃんが嬉しそうに返事をする。
「どの方が担当になるのでしょうか」
「融通の利く人がいいけど」
二人が話している間にも、支部長は参加者たちを次々に班分けし、引率の冒険者を振り分けていく。
支部長はヒナたちの元へやってきたが、一人の少年を連れてきていた。
さっきは見なかったので、ヒナ達の後からやってきた参加者のようだ。
「君たちはエディエスの生徒さんだね」
「そうです」
「すまないが、彼と君たちで班を組んでほしいんだ」
支部長がそう言うと、ヒナたちと同い年くらいの少年が二人の前に進み出た。
「エミールです。よろしくお願いします」
落ち着いた様子で挨拶して頭を下げるエミールは、およそ冒険者とは縁のなさそうな少年だった。
ミレイユよりも身長が高く細身で、男にしては可愛らしい顔をしている。
着ている服も上質な綿のブラウスに革のズボンといういで立ちで、汚れや皺もなく年齢のわり洗練された雰囲気だ。
何より、ブラウンの髪色はありふれているが、透き通るようなサファイヤブルーの瞳を、ヒナは初めて目にした。
「ヒナよ。こっちがミレイユで、雪ちゃんよ」
「ミレイユです」
「がぅ」
「あ! もしかしてホワイトタイガーの子供ですか?」
エミールが目を丸くして雪ちゃんを見つめる。
「そうよ。私の相棒なの」
「がぅっ!」
「へえ!」
エミールは目を輝かせて、その場にしゃがみこむ。
雪ちゃんの顔を覗きこむようにして、にこりと微笑んだ。
「よろしくね、雪ちゃん」
「がぅ!」
エミールの笑顔は愛らしく、自然と目を惹きつけられる。
雪ちゃんに話しかける姿は微笑ましく、誰もが頬を緩ませた。
「コホンッ……では、君たち三人で森に入ってもらうよ。担当するのは、彼だ」
支部長がそう言って後ろを振りむく。
そこには、いつ来たのか、大柄で強面の男が立っていた。
体格も良く大きめの剣を提げている茶髪の男は、いかにもベテランの冒険者という雰囲気だ。
「……ラスロだ」
ラスロは三人を見下ろして、ぶっきらぼうに名乗る。
気の弱い子供なら悲鳴をあげて逃げ出しそうなほどの威圧感だ。
「あー、ラスロは見た目がアレなんだが、腕のいい冒険者だ。安心してくれ」
支部長がフォローするが、ラスロは顔をしかめて三人を一瞥する。
しかし、ヒナは怯む様子もなく支部長に頷いた。
「いいわよ。引率は彼にお願いする。ミレイユもいいでしょ?」
「ええ。もちろんですわ」
「エミールは?」
「僕もラスロさんで構いません」
「がぅ」
「雪ちゃんも賛成ね」
ヒナは楽し気に支部長を見上げる。
支部長は安堵した様子で頷き、ようやくイベントの開始となった。
+ + +
参加者たちは班ごとに引率の冒険者に付き添われて森の中へ入っていく。
ヒナたちもラスロを先頭にして森へ入った。
四人以外に人の気配がなくなると、ラスロが立ち止まって三人をふり返った。
最初からずっと不機嫌そうである。
「初めに言っておくぞ」
ラスロは睨むような目つきで三人を見る。
「オレはガキが嫌いだ。勝手な行動をしたら容赦しねぇからな」
威圧的な口調だったが、三人とも怯む様子はない。
「分かってるわよ。こっちも遊びで来たわけじゃないしね」
ヒナの言葉に、ミレイユとエミールも揃ってうなずく。
「がぅ!」
ヒナの足元にいる雪ちゃんも、分かっているというように返事をする。
その反応が意外だったのか、ラスロの目つきが少しやわらいだ。
「今回は冒険者体験ってことだが、ちゃんと冒険者のつもりでいろ。ここではオレがリーダーだ。指示には従え」
命令口調ではあるが、グループを組んで行動するなら当然のことである。
ヒナは臆することなくラスロを見上げて答えた。
「心配しなくても、森に入る心構えくらい理解してる」
「そういえば、お前らはエディエスの生徒だったな」
ラスロが思い出したように呟いた。
エディエスでは野外実習があり、そのための講義も設けられている。
ラスロは支部長から子供のお守りを押しつけられたと苦々しく思っていたが、子虎はヒナの言うことは聞いているし、エミールも身なりから貴族の子供のようだが、物分かりは良さそうだ。
いわゆるクソガキではないと判断し、ラスロは肩の力を抜いた。
「まあ、大丈夫そうだな」
「当然よ」
「で、お前らの歳はいくつだ?」
ラスロは、念のために確認しておこうとたずねた。
すると、
「私もミレイユも14歳よ」
「はあ?!」
ヒナの返事に、ラスロの声が裏返った。
エミールも驚いた顔でヒナを見る。
「えっ、ヒナさんって14歳なんですか?!」
「そうだけど」
ヒナがジロッと二人と睨みつける。
「いや、その背丈で14って……どうみても10歳くらいにしか見えんぞ」
「僕も同じくらいかと……」
ラスロとエミールがあっけにとられた顔で答える。
するとヒナが一気に不機嫌になった。
「正真正銘の14歳よ! 子供扱いしたら許さないからね?」
ヒナの黒いオーラを感じたのか、ラスロもエミールも慌てて頷いた。
そこへミレイユがおっとりとした声で割って入る。
「ヒナの母国では、みなさん、見た目がとてもお若いらしいですわ」
「あ、ヒナさんって外国の方なんですね」
「若いっつーか、童顔なだけじゃねーのか?」
ラスロがボソッと呟くと、ヒナが鋭く睨みつける。
童顔は禁句らしいと悟ったラスロは、サッと顔をそむけた。
ヒナは軽く舌打ちして、エミールを見る。
「それで、エミールはいくつなの?」
「僕は10歳です」
笑顔で答えるエミールに、ヒナは耳を疑った。
「えっ?! ウソでしょ?!」
「お前は10歳なのか?!」
「まあ! とても大人びていますわね」
ラスロとミレイユも驚いている。
エミールは恥ずかしそうに頷いた。
「はい。まだ子供なので、皆さんの足を引っ張ってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる様子が、10歳とは思えないほどしっかりしている。
「10歳でその身長って……」
ヒナは何やら別方向でショックを受けていた。
「がぅ?」
「なんでもないわ、雪ちゃん……」
しかし、エミールはそんなヒナの様子に気づいていないのか、無邪気に話しかけた。
「ヒナさんの国では、みんなヒナさんと同じような目の色をしてるんですか?」
「え? まあ、そうね。みんなだいたい黒かな」
「不思議な色ですよね。それに、ヒナさんの瞳はすごく綺麗です」
愛らしい顔のエミールがニッコリ笑うと、まるで天使が微笑んでいるかのようだ。
エミールの周りだけがキラキラと輝いているように見える。
そんなエミールに褒められて、ヒナの機嫌もすぐに直ってしまった。
「ありがとう。あなたの瞳も綺麗よ」
「本当ですか?」
嬉しそうなエミールに、ヒナはサファイアブルーの瞳を見つめてにっこりと笑う。
「うん。雪ちゃんの瞳とよく似ているしね」
「がぅ!」
「あ、そっか。雪ちゃんも同じ空色だね」
エミールが雪ちゃんを見つめて、照れたように笑顔を見せる。
「ありがとうございます。ヒナさん」
「別にいいわよ。礼なんて」
ヒナの方も照れくさそうに笑っている。
何やらいい雰囲気のただよう二人を前に、ラスロは居心地の悪さを感じた。
それをごまかすように、いまだにフードを被っているミレイユを見おろす。
「あー、ところで、ミレイユだったか?」
「はい?」
「これから一緒に行動するんだ。いちおう顔を見せてくれるか」
「あら。そうでしたわね」
ラスロの言葉に、ミレイユは思い出したように頷いた。
「ここなら皆さんしかいませんから、大丈夫ですわね」
ミレイユはそう言ってフードに手をかけると、ゆっくりと後ろに下ろした。
その風貌が明らかになったとたん、
「うぉぉっ?!!」
ラスロは思わず声を上げて後ずさった。
驚きに声が出たのは仕方ないだろう。
現れたのは、ブロンドの巻き毛が美しい可憐な少女だった。
三つ編みにした髪を頭の後ろで一つにまとめているが、零れ落ちるひと房がなんとも美しく、ラスロは息をのんだ。
ミレイユはライラックを思わせる紫の瞳を潤ませて、ラスロを見上げている。
妖精と見間違うほどの可憐さに、ラスロは言葉を失った。
「ラスロ、なに見惚れてんの?」
「?! い、いや、そのっ!!」
ヒナのツッコミにラスロは必死に首を振るが、どう見ても顔が赤い。
「ミレイユが可愛いのは事実だけど、動揺しすぎでしょ」
「がぅ」
雪ちゃんまで呆れた顔でラスロを見ている。
ラスロは動揺したまま大声で言い返した。
「お、オレは見慣れてねーんだッ! こんな妖精みたいな可愛い女の子はッ!」
「妖精、ですか?」
ミレイユが不思議そうな顔でラスロを見る。
ラスロは己の失言に気づき、顔を真っ赤にした。
「ミレイユ、やっぱりフード被ってた方が良いんじゃない?」
「がぅっ」
「ラスロさん、大人なのに女性慣れしてないんですね」
「うぐっ……!!」
エミールの無邪気な声がラスロにとどめを刺す。
強面のラスロも、こうなっては形無しだった。
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