冒険者体験イベントに参加したら、恋が始まりました。

氷魚(ひお)

第1話





ブランシェルク王国の王都には、冒険者ギルドの支部が3つある。

冒険者とは職業であり、魔物や害獣などの駆除、薬の原料となる薬草の採取や鉱石の入手、貴族や商人の護衛など、ギルドに集まる様々な依頼に応えて報酬を得る。

そんな冒険者に憧れる若者は多い。

そのため王都では『冒険者一日体験』のイベントが定期的に行われていた。




「コレ、薬草採取の体験ができるイベントなんだって」

ヒナはもらってきたチラシを親友のミレイユに見せた。

「知ってた?」

「初めて聞きましたわ」

「面白そうじゃない?」

「どうなのでしょう」

チラシを眺めるミレイユは首をかしげるが、

「ミレイユも一緒に行こうよ」

「え、わたくしもですか?」

誘われたミレイユが驚いた顔になる。

二人は王立学園エディエスの生徒で、まだ14歳だ。

魔法使いを養成する学校なので、冒険者に憧れる生徒はほとんどいない。

しかし留学してきたばかりのヒナは『冒険者』に興味があるようだ。

「それはお父様に相談してみないと……」

「えー? 友達と遊びに行くのに親に相談とかいらないでしょ?」

「黙って行ったら叱られますわ」

「もう、貴族のお嬢様って面倒ねぇ」

ミレイユは深窓の箱入り令嬢だ。

ヒナからみれば窮屈すぎるし、融通が利かない。

「じゃあ、私がバレないように魔法かけてあげるから。それでいいでしょ?」

ヒナの提案にミレイユは少し迷う。

親に内緒で遊びに行くのは気が引けるが、親友が誘ってくれたのだ。

断るのはもったいないと思い、思いきって頷いた。






+ + +







二人は冒険者ギルドに着くと、受付を済ませて裏の広場に向かう。

参加者は20人ほど集まっていたが、二人よりも年上の若者ばかりだった。

それぞれ冒険者らしい恰好をしていて、イベントの開始を心待ちにしているようだ。

「他にも学生がいるかと思ったけど」

「わたくし達だけですわね」

ヒナとミレイユはお揃いのボルドー色のローブを着ているが、ミレイユは念のためにフードを被っている。

「魔法使いも他にはいないみたいだし」

「やはり、魔法使いは少ないのですねぇ」

ヒナの隣で、ミレイユが意外そうに答える。

「エディエスにいると実感はないですが、貴重と言われる理由が少し分かりました」

「そうね」

二人とも学園寮で暮らしているので、周りに魔法使いしかいない環境なのだ。

ふだんは意識することもないが、こういう場所に来ると魔法使いのローブはかなり目立つ。

参加者たちからチラチラと視線を向けられ、ミレイユは誰かに気づかれたのではないかと焦った。

「ヒナ」

「なに?」

「視線を感じるのですが……わたくし、気づかれてませんよね?」

「大丈夫だって。フード被ってるんだからバレるわけないわよ」

ミレイユの身長は150センチほどで、この場にいる若者達よりずっと背が低い。だから周りから顔が見えるはずがないのだ。

ヒナだけはミレイユの顔が見えているが、それはヒナがミレイユより頭一つ分ほど背が低いせいである。

黒髪をポニーテールに結んだヒナは、この国では珍しい黒い瞳をしていて、そのうえ童顔だ。

よく子供に間違われるため、今も『子供が参加してる』と思われているのかもしれない。

ミレイユはそう思い至ったが、ヒナには黙っていた。

口は災いのもとである。

「もしお父様や護衛に見つかったら、きっと叱られますわね」

「心配ないって。部屋には目くらましの魔法をかけてきたし、先生にだって見破られたことないんだから」

ヒナは胸を張って笑顔で答える。

目くらましの魔法はヒナの得意とする魔法だ。

誰かが寮の部屋を訪れても、ヒナとミレイユが不在だとは気づかれないし、ヒナの言う通り、今まで見つかったこともない。

「そうでしたわね」

ヒナの魔法レベルは、教師も驚くほど優秀だ。

二か月前にエディエスに留学してきたばかりだが、ミレイユとはすぐに仲良くなった。

きっかけは、ヒナの召喚獣である雪ちゃんだ。

「がぅっ」

ヒナの足元で物珍しそうにきょろきょろしている子虎が、雪ちゃんである。

ふわふわの白い毛並みに黒の縞模様が入り、大人の猫ほどの大きさだ。

愛らしい姿ゆえに猫と間違えられることが多いが、人語を理解するヒナの相棒である。

ミレイユは初めて雪ちゃんを見た時、あまりの可愛さにときめき、初対面にも関わらずヒナにお願いして触らせてもらったのだ。

そしてヒナと仲良くなった今、いつでも雪ちゃんを撫でることができて、ミレイユはとても満足している。

「雪ちゃんも楽しみですか?」

「がぅ~」

「森にはどんな生き物がいるんでしょうね」

「がぅっ」

「ミレイユ、雪ちゃん。始まるみたいよ」

「いよいよですね」

「がぅ!」

ミレイユはワクワクしながら、ヒナと一緒に森の入口を眺めた。






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