第7話 完。

 木々の遊具、フリーダイブな滝壺、崖上の絶景。さんざ遊びを尽くした僕たちの一日は短く。もうすぐ日も沈もうとしていた。


 魔法使いの秘密基地、ジジ様と内緒で作ったツリーハウス、登って。


「楽しかった。楽しかった!」

「うん、僕もだよ」


 紅色の世界に魅入る。雲が酔っ払ったみたいに燃えている。

 夕焼け。僕はここからの景色が大好きなのだ。


「ずっとここにいられたら、どれだけ幸せだろう」

「いつでもきていいんだ。僕たちを阻むものは何一つないんだから」


 二人で一緒に。くすぐったくなる言葉だから、ついには口に出せなかった。


「私ね、この森があれば、死ななくて済むかもしれない」

「この森だけじゃない。世界は広いんだぜ。どこにでも行けるし。どこでだって幸せは落ちているよ」

「そうなんだ……。そうだよね。うん、とても楽しみ」


 でもね、小日向。


「僕は、小日向さんが死にたいって思っちゃうの、いやだな。悲しいことだよ」


「三回だけでも?」

「数の問題じゃない」 


 死と手を繋ぐべきじゃない。小学生に彼は不健全だ。


「んー、どうすればいいんだろう」


「『死にたいって感情を忘れられるくらいに。夢中になれることを見つければいい』。ばぁばがよくいう言葉」


『人は絶望よりも。絶望に慣れて暇になっちゃった瞬間が、一番死にたくなるから。気をつけるんだぞ』

 これも教えてもらった。


「夢中になれること?」

「うん。趣味とか、夢とか、そんな感じのやつ。たとえば僕なら、『素敵な人を見つけたい』、みたいなね」


 読書も悪くないけれど。あれを君は即物的な現実逃避のツールにしている。飽きたら終わる。読み終わっても終わる。


「考えたこともないや」

「難しくする必要はないさ。ほら、耳を澄まして」


 目を閉じて、すると聞こえてくるだろう?

 ちょうど今の時間なら──。


 キンコン。

    カンコン。


 日々の鐘の音が。


「え、え? 学校のチャイム?」

「うん。実はこの森、僕たちの学校に程近い裏山なんだ」


「え!? そうなの!? わたし、こんなとこ、知らなかった」

「私有地で立ち入り禁止だから」

 木洩日家の。


「何が言いたいのかと言うと。小日向さんが求めていたどこかは、遠出しなくたって。魔法になんか頼らなくたって。実はすぐそこにあったってこと」


 チルチルとミチルは、お家で青い鳥を見つけました。

 切望なんてものは、意外と近くにあったりするんだ。

 小日向。僕にとって君がそうであるように。


 えへへ、イタズラが成功していい気分。


「どこかへ連れて行ってください。願ってた。でもわたしは、自分でどこかへ行こうとはしなかった。知らなかったの。日々にただ、怯えていたの。でも……」

「そういうこと。だからね小日向さん。他にも二人で、たくさん探検しようぜ」

 

 がんばってキメてみた。どうにも気恥ずかしさが拭えなかった。


「別に二人じゃなくたっていい。寄り添えば、人は意外といいやつらだよ。友達だってきっとふえるさ」

 僕だって頑張るから。少し苦手だけれど。


「ど、どうやって?」

「んー。小日向の見ている世界が他人と違うというのなら。それをむりに普通へ合わせなくたって、いいんじゃない? むしろ伝えられるように頑張ってみるのも手かもしれないね」


 まぁ、これは僕の希望的観測が多分に含まれている。


 ひとと違うのは、嘆かわしいことじゃない。

 むしろその個性は長所だ。


 ひとと違う感性のもと産まれた表現物は、きっと素晴らしいものになる。

 魔法なんかよりよほど。


「本を読んでいることだし。詩とか、歌とか、それこそ小説を書いてみるとか、向いているのかもしれない」


 僕は君の世界が、とてもみたいな。


「絵とか、ダンスとか、自己を表現する方法は他にもたくさんある」


 だから僕はこの世界が好きなんだ。


「そういったもので繋がれる関係だって、きっとある」

「絵……。わたし、美術の時間がきらいなの。決まった絵しか描けないから。でも、一度だけ好きに書いてみたことがあった。とってもたのしかったなぁ。みんなには笑われたけれど」


 笑われたっていい。笑わないやつをもっと大切にすればいいんだ。


「わたし、絵、描いてみたい」


 とても前向きで朗らかな、けれど小さく。天道虫みたいな、健気な希望。

 無駄にするもんか。


「いいね、善は急げ。そうときまれば商店街によって画材を買おう。そんで学校に謝りに行こう。まだ放課後は始まったばかりだ。そして僕たちの担任は美術教師だ」

「ま、まって、勢いすごい」


 正直言うとね、ちょっとだけビクビクしているよ。流石に抜け出したのはやりすぎだもん。一緒じゃなきゃ、ごめんなさいをする勇気が出ない。


 あとね。


「僕は小日向、君の描いた絵がとてもみたい」

 ビクビク以上に。予感に、ドキドキなんだ。


「きっと下手だよ?」

「だからって、人生、下手したてに出るもんじゃない」

「へんなのー、小学生が人生とか言ってる!」


「あれ? 僕たちは変なやつ同盟じゃなかったっけ?」

「えへへー、そうだったそうだった」


 笑って。


「ねぇ木洩日くん」

「うん?」


「わたし、友達作り、頑張ってみるよ」

「うん!」


「でもやっぱし、ハゲは恥ずかしいな」

「なんとかなるさ」


「そうなの?」

「うん」


「えへへー、そうなんだ」

「うん」


 だってね小日向。僕がついさっき、いたずらでかけてみた魔法は。月面を、ショートヘア姿にかえてしまったのだから。


 ポニーテールでも。ツインテールでも。ロングヘアーでも。ちょんまげでも。

 なんだってやってやる。僕はいたずらっ子だ。 


 僕は魔法使いの孫。そして僕たち一族の魔法はときにこう呼ばれている──。


『やさしいいたずら』と。 

 

 小日向。とても似合っている。とってもかわいいよ。


「行こう、小日向ちゃん」

「うん、木洩日くん」


 立ち上がる。

 

 人生は辛いことがたくさん。そこかしこに死は落ちている。

 でも、そんなものを無視できるくらいに、人生は楽しいものでも満ちている。

 

 好きなことを、好き勝手にやるのが、一番楽しいんだぜ。

 好きな人とならなおさら……。


「さぁ小日向ちゃん、望むんだ。君の行きたいところへ」

 行きたいところに行ける、扉の魔法。

 思えば僕たちの始まりも扉からだった。


 ガラガラリ。


 小日向はドアノブに手をかける。


「日常の、素敵なもの。きっと商店街にもたくさん。色とりどりの絵の具を、みつけに行こうね」

「うん!」


 扉を開く、陽光が差し込む。

 先は——。


「「へ?」」


 天をつくほどの巨城と、空をかけるドラゴンの両翼。赤と青の太陽が大きく、可憐な妖精が目の前を通り過ぎていった。

 

『ありふれた日常の中にも、ワクワクは溢れているよ。でもやっぱし、わたしは異世界に行ってみたいなぁ〜』


 そんな感じの女の子が、僕の初めての友達。


 僕は魔女の孫。けれどそんなことは関係なしに。僕の友達は。

 

 小日向エンマ。

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死にたいあの子は無毛症 海の字 @Umino777

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