終章

「……で?なして、こんたごどになったんだ」


 山道を歩きながら、銀作は珍しく不貞腐れた様子でぼやいている。

 数か月間 世話になった彦一の家を辞去してきた朝である。ひとところに留まって狩猟を続けては、その地の獲物を獲りつくしてしまうので、定期的に狩場を変える必要があるからだ。

 

 月乃もまた、銀作とともに旅を続けることになった。

 彦一一家は、村に留まって商売の拠点としてもよいと言ったし、特にお結は泣いて月乃との別れを惜しんでいたが、より広い世間を見た方が今後のためになるからと、辞退してきたのである。


 ……ここまでは予定通りであるから別にいい。

 得心がいかないのは、自分と月乃との間に、上機嫌の狼がのしのしと歩いていることだ。


「いやァ、俺も最初はこんなことになるたァ思ってなかったけどよ。あれほどたくさんの人間に求められちゃァしょうがねェ。神様って奴を目指してやることにしたんだよ」

「だがらって、なしておら達についで来んだ」

「お前らの近くにいると、面倒ごとが向こうからやってきそうだからな。手っ取り早く徳を積むのにいいと思ったんだよ。この俺様が守ってやるんだ。大船に乗ったつもりでどーんと構えてろよ、ボウズ!」


 山のど真ん中で大船も何もないだろうと思うが、銀作が強く言い返せないのは、実際に先日火噛に助けられた負い目があるせいである。


「いいじゃないですか。人助けの旅をするなんて立派だわ。それに、この前みたいな炎の妖が出てきても安心だし。銀作さんも無茶しなくって済むでしょう?」


 おっとりと言う月乃の顔からは、数か月前までの憂いやこわばりが消えている。物言いにも、以前ほどの遠慮はなく、程よく力が抜けているのが好ましい。

 銀作からもらった御高祖頭巾で髪を隠してはいるが、花のような微笑みは、それだけで周囲を和ませる。まさに馥郁たる香りを放つ、癒しの笑顔だ。


 銀作はむっつりと押し黙ると、子どものように口をとがらせてそっぽを向いた。


「お月ちゃん、疲れてないかい?俺の背中に乗ってもいいんだよ」

「ありがとう。でも大丈夫よ」

「鼻の下のばしてんでねェぞ、こん助平」

「うるせぇなァ。お月ちゃんと二人っきりじゃねぇからって、いつまでも拗ねてんじゃねぇよ……あ、てめ!今、蹴りやがったな!お月ちゃァん!銀作がいじめるゥ!」

「なんだかあなたたち、前より仲良くなってません……?」


 にわかに賑やかになった旅の空は、雲一つない快晴。

 その空の彼方で、祝福するような狸囃子が奏でられていることを、この三者は知らない。




―「火喰いの真神」完―

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おこそずきんちゃん 伽藍 朱 @akinokonasu

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