破れ鍋に綴じ蓋

一花カナウ・ただふみ

破れ鍋に綴じ蓋

 このイベントはいつからだっただろう。

 ただ、いつだって友は荷物を持って突然に押しかけてくる。

 今日も、そうだ。


「――というわけで、鍋の材料は買ってきたから、食うぞ!」

「え、今から?」

「鍋もコンロも持ってきたぞ。材料はカット野菜だ。今はマジで便利だな。洗う必要さえねえし。肉も突っ込めばいい感じのサイズを選んできた。ちょっとお高めのいいやつだ。さあ、部屋に入れろ!」

「おいおい。何時だと思ってんだよ……」

「まだ寝るには早いだろ」

「俺、夕飯は終わってるんだが」

「じゃあ、隣で見てるだけでいい」

「そういう問題じゃないんだが」


 玄関先でずっと喋っているには近所迷惑だ。盛大なため息をついて俺は仕方なく腐れ縁の友を中に入れてやった。


「いつ来ても片付いてるなー」

「お前んちが散らかりすぎなんだよ。鍋ぐらい一人でしろって」

「寂しいじゃんかよお」

「それはまあ同意するが、最近じゃお一人様の鍋も充実してんじゃん?」

「えー、一人でできちゃう人?」

「俺は自炊はしない派。コンビニで酒を買うと高いから、スーパーで買うようになったんだよね。それでチラッと見かけたんだ」

「自炊はいいぞ。作れるようになったら、安上がりだ」

「タイパ悪いじゃん。外食か持ち帰りかで充分だし」

「外食がいいってのは同意だが、持ち帰るとゴミの片付け、面倒じゃん。自分で作るほうがゴミは少なく済むぞ」

「ゴミか。あまり気にしたことがなかったな」

「マメな男はそこから違うのかもな」


 どうでもいい会話をしつつ、友の作業は進んでいく。

 狭いダイニングテーブルにカセットコンロがセットされ、鍋の上には肉と野菜が放り込まれる。スープも買ってきていて、それを鍋に流し込んだと思えば火をつけた。


「ビールは差し入れだ。多めに買ってきたから冷蔵庫に入れておくぞ」

「ああ、適当にどうぞ」

「了解。……って、マジで自炊してないんだな」

「面倒じゃん。栄養のバランスを考えるの」

「自炊している連中、そこまでバランスにこだわっちゃいないって」

「そうか?」


 せっかく自炊するんだから、そこはこだわるところだと思っていたのだが。

 煮えてきたのか、美味しそうな匂いがしてくる。俺は鍋を覗き込んだ。にんにく味噌味。野菜がくったりしてきている。


「ビールに合いそうなやつにした。〆はうどんだ」

「ふーん」

「最近、卵の値段が上がっててさ、おじやで〆るコストが上がってるんだよなあ」

「へえ、そうなのか」

「朝飯に卵かけご飯にするのにハマったところだったのに、贅沢品になっちまったわ」

「それはご愁傷様」


 紙皿と割り箸がテーブルにセットされた。これも友の持ち込みである。ほんと、手際もよければ準備もよくできている。ふだんから料理をしているから、必要なものが頭に入っているんだろう。


「少しは食べるだろ?」

「少しだけ、な」

「遠慮しなくていいぜ。場所を借りているわけだし」

「場所代はビール一本だろ」

「あんたの時間も奪ってるからなあ」

「それは、そうだな」


 食べている時間は付き合えということだろう。俺は頷いて友の前に腰をおろした。

 すかさず、取り皿にビール缶が添えられる。晩酌だ。


「明日は早いのか?」

「ふつう」

「もっと飲んでおく?」

「いや、いい」

「じゃあ、オレは遠慮しておこう」


 大きい缶が下がって、俺の隣に置いた缶と同じサイズのものが置かれる。


「どんだけビール買ってんだよ」


 さっき冷蔵庫にしまっていたのはなんだったのか。


「買いたい気分だったんだよ」

「飲みたい気分、じゃないのかよ」


 友は俺と比べたら酒が飲めない。だから、付き合うためだけにビールを買うらしかった。


「あんたが飲んでいるのを見たいだけだな」

「なんだよ、それ」


 俺は笑う。友も笑う。

 プルタブを押し上げて乾杯をする。ビールを一口飲んで、取り皿に野菜と肉をよそった。


「で、今日はなんの話だ?」

「仕事辞めたんだわー」

「はい?」

「辞めたっていうか、潰れちまってさ。春になる前に実家に戻る」

「こっちで就活しないの?」

「実家、自営業なんだわ。親父がちょっと調子がよくなくて、親孝行できるうちに手伝っておきたい」

「なるほどな」

「仕事でとった資格も役立ちそうだし、親父が嫌がらないなら継いでおくのも悪くないかなって」

「その辺、相談できるうちに相談しておいたほうがいいぞ。ウチはもめたから」

「そうなん?」

「俺は三男だから自由にしていいって言われてたし、できもよくないから期待もされていなかったんだけど。兄貴たちが、まあ。ウチの父は事故で急逝だったから、ほんと、厄介だった」

「それは知らなかったな」

「だから、その決断はいいと思う。よく話し合って、決めてこいよ」

「後押しされると思わなかった」

「引きとめてほしかったのか?」

「いや、話を聞いてほしかっただけ」

「だろうな。お前の鍋パーティはいつもそう」

「そうだっけ?」

「彼女ができた報告じゃなくてよかったわ」

「それはどういう意味さ」

「寂しいじゃん?」

「ま、オレも同意だな」


 鍋は美味しい。温かくてしみる。


「……身体、気をつけろよ」

「なにしんみりしてんだよ。オレが実家に帰るまでまだ時間あるし、もう一回くらい鍋食おうぜ」

「そうだな」


 俺たちはいつものように笑い合った。


《終わり》

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