最終話 我が赴くは星の群れ
百年続いた戦争は終わり、宇宙と惑星アスを阻むものはなくなった。しかし、争いがなくなるわけではない。だから、治安を維持するための力が必要なのだ。そういった大義名分で、宇宙連合軍は発足した。
「因果なものだよな……」
ネスト大連合からそのまま宇宙連合軍に籍を移したヤルフは、惑星アスの支部へ配属された。かつては逃した敵を惑星アスへ入らせてしまうと懲罰ものだったというのに、自分は今、そのアスの大地に立っているのだ。
ヤルフにとって今日が勤務の初日であった。そのために彼は基地司令に呼び出されていた。
元々はアスに存在した警察組織の施設を流用したというこの基地は、やはりというべきか所々に使い込まれた跡があった。廊下を抜け、ようやく司令室に辿り着く。
「ヤルフ伍長、入ります!」
「おう、来たか」
司令室の扉を開けて入ってみれば、くたびれた風貌の男が司令席に座っていた。新品の連合軍の制服がまるで似合っていない。
「本日より宇宙連合軍アス支部に配属になりました、ヤルフ伍長であります!」
「ああ、話は聞いてるぜ。君は空の向こう……ああいや、宇宙出身なんだってな?」
「はい、そうであります」
「良いよな、俺なんか空の向こうに行きてえ行きてえって言ってんのにまだこの基地に縛り付けられたままなんだぜ」
「は、はあ……?」
軍人らしからぬ砕けた物言いに、ヤルフは少々戸惑った。が、くたびれた司令はその様子を意に介さずしゃべり続ける。
「この基地だってネオアトの流用だしよ、確かに鉱山地帯ってんで、多少は高地にあるんだが……いや、残念だ。まあヤルフ君もアスで不自由することもあるだろう。周りはネオアト上がりの連中ばかりだしな。何かあったら、すぐ俺に相談してくれ」
「はっ!」
ヤルフが返事したとき、神経質そうな男が部屋に入って来た。
「隊長、ラグウの街でまたSFを使った事件があったそうです!」
「てめえキラム、隊長と呼ぶなと言っただろうが! 今の俺は司令様なんだぜ?」
「す、すみません、隊長」
「あのなあ……。まあいいや。あそこの街もゼネビルがいなくなってからつまらなくなりやがったもんな。仕方ねえ。グラビリー部隊を準備させておけ!」
「了解!」
神経質そうな男は敬礼を返し、指令室を出ていく。
「こっちもこっちで大変だぜ? まずは重力に慣れることだな。ネスト大連合じゃSFに乗ってたって聞いてるが?」
「はい。ルーナ攻防戦にも参加しました」
ヤルフのその言葉に、司令の表情が変わる。
「何? お前、あそこにいたのか!」
「は、はい」
あまりの食いつきに、再びヤルフは戸惑う。
「じゃあ、あの青い光は見たのか?」
「……はい、見ました。結果的に戦争を終結に導いたあの光ですね」
「そうか……お前、あれを見たのか……」
「自分の目の前の機体が突然発光したのですから、忘れられません」
「目の前の?」
「ええ、青い機体でした」
「なんだって!?」
司令は椅子を倒す勢いで立ち上がった。三度戸惑うヤルフ。
「ど、どうされたのです、司令」
「ちょっと詳しく聞きたいことがあるんだ。こっちへ来い」
司令に肩を掴まれ、部屋の外へ誘導されるヤルフ。
「なんてこった、こりゃとんだビッグチャンスが巡って来たもんだぜ。あいつら二人とも俺に顔も見せに来やしねえからな……すぐに見つけ出してやる」
「司令、何を仰って……」
「気にするなって。こっちの話さ。それとな、ヤルフ君」
「なんです?」
「あんまり司令司令って呼ぶな。俺にだってエモトって名前があるからさ」
◇
「はあ……全く、どうしたもんッスかねえ……」
ラガタンの操縦桿を握ったハナエがため息をつく。
「辛気臭いよ、ハナエ。もっとしっかりおし!」
そう言うサナエも、声に元気がない。
「ウワナ様、本当にこっちであってるんスか? うちらもうずっと同じ景色ばっかり見てるッスよ?」
ハナエが後部座席にどっかり座るウワナを振り返る。
「ったりめーだろうが。レキルの情報を元に俺独自のルートで調べたんだ。間違いねえよ」
「ウワナ様、誰も情報を疑ってるわけじゃないんだよ。ただ道がこっちであってるのかって話さ」
「道だあ? そんなもんはなあ、俺たちの後に出来るもんなんだよ! 特にこの……」
突然ウワナが立ち上がり、芝居がかった調子で両手を広げる。
「広ッッ大な宇宙においてはな!」
ラガタンのモニターにはどこまで行っても似たような景色の続く宇宙が映し出されていた。
「ゼネビルのじじいから金をふんだくってこのラガタンを宇宙用に改造し、旅立ってからはや数か月。色んな苦労があったなあ、ハナエ、サナエ」
「そうッスねえ。最初らへんは空気漏れやらなんやらで大変だったッス」
「でも今じゃ疑似重力とやらまで搭載してるんだからね。ハナエ、あんたやっぱり凄いよ」
「いやいや、宇宙のSF相手に主砲をぶっ放して大立ち回りを演じたサナエも中々のもんッスよ」
「うおおおい! それじゃお前ら、俺が役立たずみてえじゃねえか!」
ウワナが怒鳴った時、ラガタンの無線が鳴った。
「ああん? どこのどいつだ?」
『ウワナよ、回収屋軍団の代表にどこのどいつたあ、結構な口の利き方じゃねえか』
『「元」代表でしょ?』
『うるさいぞレーギン、ちょっと黙っとれ!』
「ま、まさか、ゼネビルのじじい!」
『進行方向に見覚えのある機体が浮かんでたんでな、連絡してみれば案の定お前たちじゃったか。そんなに急いでどこへ行く?』
「ふん。そんなもん決まってらあ!」
『なるほど、目的は一緒というわけじゃな』
「そんなことよりもじじい、回収屋軍団の代表を辞めちまうなんてどういう風の吹き回しだよ」
『戦争は終わったとはいえ、儂がネオアトとの因縁を作ったのは事実じゃからな。新しい時代のために誰かが責任を取らねばならんかったのじゃよ。だから回収屋軍団の旗と一緒に引き上げて来たんじゃ。それにな』
「それに?」
『この宇宙ってのはビッグチャンスの宝庫じゃ! いつまでも回収屋なんていう古い器に収まっておるわけにはいかんじゃろうが!』
「へっ、それでこそじじいだぜ」
ウワナはニヤリと笑う。
『じゃあのう、ウワナよ。お先に行かせてもらうぞ』
「何?」
「ウワナ様、後方から巨大な熱源が迫って来るッス!」
「なんだと、まさか!」
宇宙をふわふわ漂うラガタンの頭上を猛スピードで追い越していく巨大船。その側面には、かつての回収屋連合のマークがでかでかと描かれていた。
「わーはははは! じゃんじゃん飛ばせ、レーギン!」
「あんまり張り切ると体に障りますよ、代表?」
「なあに、構うもんか。わはははは!」
巨大船の操縦室では、船長席に収まったゼネビルが大笑いしていた。やれやれという風に、レーギンはさらに船を加速させる。
「ち、畜生、負けられるか! ハナエ、もっと飛ばせ!」
「了解ッス!」
「というか、代表の進路があたしらと同じってことは、やっぱりウワナ様の調査は正しかったってことだね? さすがウワナ様だよ」
「はっはっは、ったりめーよ、サナエ!」
「よーし、ガンガンとばすッスよ!」
機体をがくがく揺らしながら、ラガタンが宇宙を駆け抜けていく。
◇
「……そうですか、主人は死にましたか……」
宇宙に造られた人工の居住区、通称ネスト。数百あるそのネストの一つの、ある住宅。テーブルを挟んで、女性と少年が向かい合っていた。
「あなたのご主人のお陰で、俺たちは生き延びることが出来ました。これ、彼の机の上に飾ってあったものです」
少年はテーブルの上に、ホログラムシートを置いた。女性がスイッチを押すと、幸せそうな家族の立体写真が板の上に現れた。
「これをわざわざ届けに……?」
「ええ。ああいや、そんなに大した手間ではなかったのですが、俺がずっとそいつを持っておくわけにも行かなかったんでね」
「はあ……」
女性は大事そうに、少年から受け取ったホログラムシートを両手で握る。ちょうどその時、住宅の玄関が開く音がして、元気な足音が駆けて来た。
「お母さん、家の前に青いSFがとめてあったけど……あれ、お兄ちゃん、誰?」
入って来たのはまだ小さな女の子だった。珍しいものを見るように、恐る恐る少年に近づく女の子。
「お母さんを大事にしてやれよ。じゃ、俺はこの辺で」
そう言うと少年は立ち上がり、女の子の頭を軽くなでると住宅を出て行った。
「ヘイジュ……これで借りは返したからな」
外へ出た少年は一つ深呼吸すると、人工の光を受けて輝く草原の中、住宅の脇に停めてあった青いSFへ向かって歩き始めた。SFの足元にしゃがみこんで草原を眺めていた少女が、ミツヤに気づいて顔を上げる。
「……もう、いいの?」
「ああ。多分あいつも気が済んだだろうさ。行こう、フアラ」
「次は、どこに?」
「うーん、最初は君が行きたがった空の向こうに行ったし、それから俺が行きたかったヘイジュの家に来たんだから、次は君が決める番だよ」
「それじゃあ、みんなのところ」
「みんなねえ……一体どこで何をしてるんだか」
少年がフアラと呼ばれた少女の隣に座った時、誰かが自分たちの方へ走って来るのが見えた。見覚えのあるそれらの人影に思わず立ちあがる少年。
「ウワナ、ゼネビルじいさん、それにサナエにハナエ……レーギンさんも!」
向こうも少年たちに気づいたのか、それぞれに手を振り始める。
「ミツヤ! フアラ!」
~FIN~
ファルアリトの閃光 抑止旗ベル @bunbunscooter
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