第27話 ファルアリトの閃光


 ネスト大連合とコスモ原理主義の決戦は熾烈を極めた。圧倒的な物量で攻めるコスモ原理主義はネスト大連合の防衛線を瓦解させると、一気に衛星基地ルーナに流れ込んだ。が、アス宙域はネスト大連合の庭である。彼らは戦い方をよく知っていており、数だけのコスモ原理主義を翻弄していった。そのために戦闘はますます泥沼化していく。


『カークス、ヤルフ、状況知らせ!』

『こちらカークス、残弾少なし! 右足破損!』

「こちらヤルフ、目立った外傷ナシ……隊長は?」


 言いつつヤルフはルーナに迫る敵機に照準を合わせ、もう何度目になるか分からない引き金を引いた。爆散する敵機。


 ユウ率いる小隊が取り付いた区域の外壁は、まだ敵の侵攻を喰いとめていた。


『俺も弾が残り少ない。一度合流しよう。ヤルフ、お前を基点にするから、動くなよ!』

「了解……あっ、」


 敵機が接近してくるのを、ウオリアのモニターが捉えた。しかしビーム砲は冷却中で使えない。


「ま、マズい!」


 コスモ原理主義のSFは手持ちのライフルを構える。咄嗟にヤルフはビーム砲を抱え、機体を横に飛ばせた。一瞬遅れて銃弾が先ほどまでヤルフが立っていた地点に炸裂する。しかし敵も、射撃が外れたと見るや否やすぐに機体を反転させ、ヤルフに向かって加速を掛けて来た。ヤルフのウオリアは遠距離射撃に特化している。近接戦闘の能力は皆無に等しい。


「運が無かったのか……!」


 目の前に迫る敵機の近接ブレードに、ヤルフはそう呟くしかなかった。が、その時、目の前で敵機は爆発した。


「なっ……?」

『無事か、ヤルフ!』

「隊長!」


 ユウが狙撃したのだ。ヤルフはほっと息をついた。その真横に右足を失ったカークス機が着地し、弾幕を張る。


「カークス、随分やられたな」

『まあな。でもそれはお前も同じだろ?』

「俺はお前ほど間抜けじゃあない」

『へっへっへ。それでこそヤルフだぜ』

『二人とも無駄口を叩くな。このまま整備を受けに一度撤退するぞ。俺が先行して、カークスが真ん中、ヤルフ、お前は最後だ』

「了解です。この中じゃ一番損傷が少ないのは、俺みたいですからね」

『すまんな、頼むぞ。それでは―――』

『本部より、アス宙域第十三小隊に通達』


 ユウの声を遮るように、ルーナからの無線が入る。女性オペレーターの顔がモニターに映し出された。


『なんだ!』

『アス宙域に所属不明の機体が侵入。第十三小隊は直ちに防衛の任を解かれ、所属不明機の撃墜に向かえ、とのことです』

『おいおい、こっちの機体はもうスクラップ寸前なんだぜ? そんな任務とてもじゃないが……』

『どのみち補給も満足には出来ません。状況は逼迫しているのです。命令を最優先にしてください』

「隊長、どうするんです」

『……本部からの命令なら、仕方ないだろう。行くぞ』

『行くったって、この砲撃の中を突っ切るんですかい?』

『それ以外に方法がない。心配するな、俺についてくれば抜けられる。オペレーター、所属不明機の位置は!』

『送信しました。モニターで確認できるはずです。……ご武運を』


 プツッ、と音を立てながら無線と映像が途切れる。


「隊長……」

『文句を言っていても仕方がない。行くぞ、ついて来い』


 ユウは傷ついたウオリアを反転させると、バーニアを全開にしてとんだ。文句を言いながらも、カークスがそれに続く。ヤルフもビーム砲を右肩の追加ラックに収納し、飛んだ。


 ヤルフにはすぐ横を飛ぶビームの束が、なんだか非現実的に感じられていた。いつまで続くかも分からない緊張状態に、脳が飽和していたのだ。


 モニターには、ルーナから送られて来た所属不明機の位置を示す情報が表示されている。次々に起こる敵のものか味方のものかも分からない爆発が後方に流れていくにつれ、所属不明機との位置は縮まっていく。


「いつ……終わるんだ」


 ふとヤルフが呟いた時、敵機にロックオンされたことを示す警告音がコクピットに響いた。


「敵か!」

『隊長!』

『分かってる、散開しろ!』


 ヤルフたちは縦横に分かれた。すぐにビームが背後から迫り、機体を掠めて通り過ぎる。


 機体に急制動をかけて振り返れば、小隊を組んだ敵機が接近してきていた。


『やるしかないか。ヤルフ、援護頼む!』

「了解、隊長!」


 ヤルフは後退しつつ、右肩のビーム砲を展開させる。サイトの中に敵機を入れて、狙撃する。しかし当たらない。


『敵も手練れだ!』

『ビビるな、カークス。ここが正念場だぞ! ……ヤルフ、お前は先に行け!』

「しかし、援護は!?」

『ここで全滅すれば任務は失敗する。行け!』

「隊長……」

『命令だ!』

『行け、ヤルフ! 背中は任せろ!』


 カークスとユウ、二人の声に押されたヤルフは再び所属不明機の方向へと機体を向かせ、そしてフットペダルを踏みこみ加速を掛けた。


 すぐに背後でひときわ大きな爆発が起こる。ヤルフのモニターから、カークスとユウの反応が消えた。


「カークス……ユウ隊長おおッ!」


 ヤルフはコクピットで叫んだが、振り返りはしなかった。モニターに示される所属不明機との距離はもう、それほど遠くはなかった。


 モニターを最大望遠にし、サイトの中に所属不明機を捉える。


 惑星アスを背景にした、ファルアリトの青い機体を。


「隊長……カークス……お前さえいなけりゃ、隊長とカークスは……ッ! お前さえいなけりゃあっ!」


 ヤルフの指が引き金に触れる。ウオリアの右肩のビーム砲が、光の奔流を吐き出す。



 ファルアリトに、直撃する。


 蒼い機体は爆発に包まれ、煙を上げながら宙を漂った。



「……フアラ?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、へーきへーき」


 補助シートが壊れ、重力の無いコクピット内に放り出されたミツヤは、フアラの体に抱き覆われるようにして浮かんでいた。


 ビームの直撃を受けたファルアリトのコクピットはモニターが割れ、誘爆によって一部がひしゃげている。だが、さすがにメインシートは無事だった。


「フアラ……!?」


 フアラの背中に手を回したミツヤは、宇宙服越しにぬるっとした感触があることに気付いた。フアラの血だ。


「モニターの破片が刺さって……!」

「だいじょうぶ、ミツヤ」


 フアラが弱々しく笑う。その瞳の光は、今にも消えてしまいそうだった。


「なんでなんだよ、なんで俺を庇ったんだ」

「私の命は、あの時ミツヤに助けられたもの。私はミツヤに生きて欲しかった」

「俺を庇わなきゃ、フアラは怪我しなくてすんだじゃないか!」

「どのみち、この戦いを止める程の力を使えば、私は無事でいられなかっただろうから……。私……あなたが好きだった」


 ミツヤは自分を守るように抱くフアラの体から、力が抜けていくのを感じた。


「フアラ……? フアラ? フアラ!」


 ミツヤの呼びかけに力なく笑って応えたフアラは、そのまま瞳を閉じる。ヘルメット越しに見えるその顔は、血の気がなくなっていた。ずるっ、とミツヤから離れたフアラの体が、無重力の中に漂い始める。


「……フアラ……ちくしょおおおおッッッ!」


 ミツヤは叫び、ファルアリトの操縦席に飛び乗る。唇を噛み締め、涙を堪えながら。操縦桿を握る両手が痺れる。


「おい……ファルアリト……お前は目の前のくだらねえ戦争を止めるために造られたんだよな? だったら、俺に力を貸せ……っ!」


 全身の毛が逆立ったような感覚がミツヤの皮膚を伝っていく。割れてブラックアウトしたはずのモニターに青い光が戻り、文字列が浮かび始める。そしていつしかコクピットは青い光に包まれ、その光は機体全体に伝播していく。ファルアリトの、閃光である。



「な、なんだよ、これは……!」


 ヤルフは目の前の機体が蒼く発光していくのを見て、震えた。得体のしれないものに対する恐怖である。少しでも離れようとヤルフが操縦桿を倒した時、彼は機体に反応がないことに気が付いた。


「動かない? どうして!」


 気づけば周囲のSFも同じように動きを止めている。


「あの青い光が、システムをダウンさせているのか……!?」


 光は戦場全体に広がっていき、人を殺すための閃光が次々と止んでいった。


◇ 


 地上では、ゼネビルたちがエモトをゴルモから引っ張りだしたところだった。


「あんたがネオアトの隊長か?」

「まあな。ミツヤ君は?」


 ゼネビルは黙って空を指さした。


「そうか……」


 ゼネビルの前で沈黙するエモト。そこへ、ウワナが駆けて来る。


「おい、見ろよ! 空の向こうだ!」

「空の向こう……?」


 ゼネビルとエモトは揃って、ウワナの指さす空の上を見上げた。もう日が沈みかけて薄暗くなった空が、蒼い光で満ちていた。


 その光を見つめながら、ウワナは叫んだ。


「俺には分かるぜ、あの中心にミツヤとフアラがいる!」

「やったのか、ミツヤ君……」


 エモトは空を見上げたまま呟いた。


「エモト隊長……」


 自分を呼ぶ声に振り返ったエモトは、両脇をサナエとハナエに抱えられたキラムを見つけた。


「お前、負けたのか?」

「一対一なら、負けてません」

「なっ、まだ認めないッスか?」

「怪我の手当てをしてやったのは誰だと思ってんだい!」


 キラムの言い草に、口々に文句を言うハナエとサナエ。そんな二人も、頭上の光に気が付いた。


「あれってファルアリトの光じゃないッスか?」

「ってことは、フアラとミツヤは向こうへ着いたんだね?」


 ハナエとサナエは抱き合って喜んだ。そのせいで彼女たちに支えられて立っていたキラムはそのまま仰向けに倒れ込んだ。その脇に、エモトが歩み寄る。


「撤退だ、キラム」

「撤退ですか?」

「ああ。あれだけの規模のことをやってくれたんだ。俺たちも忙しくなる」


 エモトはそこで言葉を切って、そして言った。


「……時代が変わるぜ」



◇◇◇

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