第26話 衛星基地
ネスト大連合とコスモ原理主義の戦争はいよいよ佳境を迎えていた。
お互いに消耗しきった彼らは、最後に全戦力を投入する総力戦へと踏み切ったのだ。
そしてその舞台に選ばれたのが、奇しくも人類発祥の地である惑星アスの周辺宙域だった。
「最近はこの衛星基地も騒がしくなりましたね、隊長」
「最終決戦ってんだから、人が増えるのも当然だろう。俺たちの装備も増強されたしな」
衛星基地ルーナは、ヤルフたちアス宙域パトロール部隊の所属する基地だった。しかし会う宙域での決戦に向けて前線基地として改修され、さらに大幅な人員増強があったのだ。
疑似重力のかかるルーナの基地内を、ヤルフとユウは並んで歩いていた。そこへカークスが合流する。
「他所でどれだけ活躍したか知らねえけど、新顔の隊の奴らにデカい顔されるのは気に入らないですけどね」
「カークス、声がでかいぞ」
「すみません、ユウ隊長。でも『蜘蛛の巣』の連中、アス宙域で決戦だなんて何考えてんでしょ」
「コスモ原理主義の連中はアスを大事に思ってんだから、皮肉のつもりなんだろ。さあ、パトロールがてら新兵器の慣熟訓練と行こうじゃないか」
「ただのパトロール隊だった俺たちが今じゃ基地の防衛隊の中核ですからね。一か月前の自分に言ってやりたいですよ」
「信じてもらえないだろうけどな、ヤルフよ」
ユウ隊長の一言に、ヤルフとカークスは笑った。
◇
『いいかヤルフ、もし戦闘になれば、俺たちは三人一組で動く。俺とカークスが前衛、お前が後方援護だ。お前のウオリアの追加武装はそのためにある』
「このバカでかいビームライフルですね?」
『エネルギー粒子を高密度で圧縮して放出するスナイパーライフルだ。射程距離はかなりのものだと整備班の人間が言っていた』
「俺に扱えますかね?」
『扱えなきゃな、死ぬだけだ』
「……そうですね。ウオリア三番機、ヤルフ伍長、出ます!」
言うとヤルフは機体に加速をかけ、ルーナ基地のカタパルトから出撃し、宇宙空間に躍り出た。衛星基地ルーナは、惑星アスの衛星軌道上に浮かべた人工衛星を要塞化したものなのである。
青く輝く惑星アスを背景に先行するユウ機とカークス機に続くように、ヤルフは機体を操作した。
「やっぱりちょっと重くなったな……?」
ヤルフのウオリアは右肩に細長いビーム砲を背負っている。射撃時にはそれが展開し、さらに砲身が伸びるというのだから大変だ。そのビーム砲の出力を安定されるための追加ジェネレーターもバックパックに増設されているため、理論上のバランスは通常のウオリアと変わらないにしても、感覚的な違いは確かにあった。ヤルフはいつもより大きく揺れる機体をなんとか制御し、ユウ機、カークス機に合流する。
『どうだよヤルフ、新兵器の具合は?』
「カークスか。まあまあってとこかな。ちょっと動きが鈍くなった気もするけど」
『二人とも、任務中の私語は厳禁だぞ』
「すみません、隊長」
『まあいいさ。次の戦いが終わりゃ嫌でも決着がつく。その後ならいくらでもお喋りできるんだからな』
『もうひと頑張りってわけですかい?』
『そうさ。ここで死んじまっちゃ意味がない。だから今は任務に集中しろ』
『了解、隊長』
ピピピピッ! カークスが応答した瞬間、三人のそれぞれのコクピットで警告音が鳴った。敵の機体が接近していることを示す音だ。
『侵入している敵がいる!?』
『馬鹿な、予想よりも早いじゃないですかい?』
「叩きますか、隊長?」
『斥候かもしれん。慎重に行こう。カークスは俺について来い。ヤルフは援護だ』
『了解』
「了解」
ヤルフは機体の右腕に仕込まれたダミー風船を放出すると、SFサイズに膨らんだその風船の陰に機体を潜ませた。そして右肩のビーム砲を展開し狙撃モードにすると、ビーム砲の照準器と連動するモニターを最大望遠にし、ユウとカークスの機体の背中を目で追った。
「もし本当に斥候なら、本隊も近くにいるってことだろ? 奇襲をかけてきたのか?」
それならばまだ体勢の整っていないネスト連合側は不利だ……! ヤルフは言いようのない不安を感じた。しかし同時に、隊長やカークスといれば死にはしないだろうと考える楽観的な自分も見つけた。
「俺たちの小隊の中で、一番目が利く機体を扱ってるのは俺だ。俺が早く敵を発見できれば、それだけ隊長たちを無駄な危険にさらさなくて済む」
ヤルフは目を皿にしてモニターを眺める。こうしている間にも敵は迫っているかもしれないと思えば、体中に緊張が満ちて来る。
そして、見つけた。叫ぶ。
「隊長、左前方! 三機来ます!」
『よく見つけた! 撃て、ヤルフ!』
「撃ちますッ!」
モニターに浮かぶサイトがグラフィック補正のかかった敵を捉える。ロックオンしたことを示す音が響くのと同時に、ヤルフは操縦桿に取り付けられた引き金を引いた。
ごうッ! 激しい作用と反作用に機体が軋む。ビーム砲から吐き出された黄色い糸のような閃光はまさしく音速を超える速度で宇宙を駆け、そしてユウ達に迫る敵機を貫いた。ひとたまりもなく爆発する敵機。
「やった!」
『いい調子だ。こちらも敵を見つけた。引き続き頼む!』
「了解!」
冷却装置がビーム砲のジェネレーターを冷やすのを待って、ヤルフはもう一度引き金を引いた。今度は牽制代わりとなったそのビームは上手く敵機を誘導し、ユウのウオリアの餌食になった。続いてカークスも自分に迫って来た敵機を撃墜する。
『片付いたが、ここからが本番だ。ヤルフ、お前からは何が見える?』
「……敵、です」
ヤルフの最大望遠にしたモニターには、上下左右に大きく展開するコスモ原理主義の宇宙艦隊が映っていた。その数は、百どころではない。
『奴さん本気ですぜ、隊長』
『お互いに総力戦だからな。俺たちの仕事は相手の機体が尽きるまでルーナを守ることだ。いいな?』
「了解」
ようやく衛星基地から防空放火が上がり始める。それに呼応するように、敵の前衛に位置する宇宙艦隊も砲門を開き始めた。すぐさまそれは激しい撃ち合いへと変わり、アス宙域は行きかうビーム兵器と実弾の閃光で満たされた。そういった光が一つ光るたび、幾数の命が失われていることは間違いない。運がなければ、死ぬのだ。
ルーナから上がって来たウオリアの部隊も次々に敵の前衛と接敵し始める。ヤルフたちの部隊は弾幕を張りながら後退し、ルーナの外壁までたどり着いた。
『さてと……あとは俺たちの運次第だな』
「はい、隊長」
ピリピリした感覚が肌を駆け抜けるのを、ヤルフは感じた。
◇
「3……2……1……離脱」
強烈なGと激震するファルアリトのコクピットの中、フアラの声だけが冷静に響いた。
ゼネビルたちが死守した打ち上げロケットがファルアリトから離れ、アトモスフィールドに焼かれていく。
「わあ、俺たちがいたところって、丸いんだ」
ファルアリトの後部モニターに映る青い惑星、アスの全景を見たミツヤは思わず呟いた。
そして前方の飛び交う光の渦の中めがけて、ファルアリトは加速していく。
◇
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