第25話 宇宙《そら》へ・・・。
「ミツヤの奴、何かあったんじゃなかろうな……」
「ミツヤが?」
「時間がかかりすぎとる上に、何やら騒がしい」
フアラにゼネビルが答えた時、ゼネビルの腰に括り付けてあった無線機が鳴った。
「儂じゃ。レーギンか?」
『代表? マズいことになりました、ネオアトの機体が今あの青い奴と交戦中です』
「ミツヤの坊ちゃんがか?」
『ええ。空飛ぶ機械で運ばれて来たらしいです』
「何? そんなものをネオアトが持っておったのか? ……しかし、マズいことになったな。援護はどうなっとる?」
『何分突然のことでしてね。何機かは動いてますが』
「急がせろ。ここでミツヤの坊ちゃんをやられてみろ、儂は合わせる顔がない!」
荒々しくゼネビルは無線を切った。
「どうしたんですか?」
「少々マズいことになった。フアラさんだけでもロケットに乗せねば」
「ミツヤは?」
「ネオアトの機体と戦っとるらしい。行くぞ」
ゼネビルは走り出そうとしたが、それよりもフアラが早かった。
「お、おい待てお嬢さん!」
「私だけが宇宙へ行っても、意味がありません!」
ゼネビルを追い抜き、フアラは通路から外へ出る。辺りには火の手が上がっていた。
「ミツヤは……!」
辺りに立ち込める煙の中フアラが呟いた時、ファルアリトの青い機体が火花を散らして目の前に滑り込んできた。ゴルモに蹴り飛ばされたのだ。同時にその手から離れたエネルギー銃も地面を転がっていく。
「うぐう……!」
コクピットのミツヤは激しくかかるGに眩暈を覚えながらも、何とか機体を立ち上がらせた。そしてエモトのゴルモと対峙する。その時ようやく足元にフアラがいることに気が付いた。
『ミツヤ!』
「ふ、フアラ! さがってて!」
『大丈夫なの!?』
「大丈夫だ!」
『本当かよミツヤ君。俺は手加減しないぜ?』
「なんとでも言え!」
ゼネビルに手を引かれ、フアラがファルアリトから離れていくのを確認してから、ミツヤはファルアリトをゴルモへ突進させた。
「このおおおおっ!」
『正気かい?』
金属同士がぶつかる激しく鈍い音と共に、再びファルアリトが蹴り飛ばされる。急いで機体を起き上がらせようとするミツヤだったが、今度はエモトの方が早かった。エモトは素早くゴルモの足でファルアリトの胴を踏みつけ起き上がれないようにし、そしてその腹部―――つまりコクピットのある部分にレールガンを突きつけた。
『あんまり退屈させんじゃねえよ、ミツヤ君。お前、それで重力を振り切れるとでも思ってるのか?』
ぞっとするような冷たいエモトの声が、ファルアリトのコクピットに響く。
「く、くそ……」
『なあミツヤ君、君はなんのために空の向こうへ行こうとしているんだ?』
「それは、あんたたちと回収屋軍団の戦いとか、空の上の戦争を止めるため―――」
『は? お前、なんつったよ?』
「え……?」
『あーあ、つまらねえ。正直見損なったぜ。何が戦争を止めるためだよ。お前、バカじゃねえのか。正義の味方気取ってんじゃねえよ。こんな奴をわざわざ生かしてやってたのは間違いだったな』
「な、何を……」
『飽きたっつーんだよ、大義名分を掲げる人間ってのには。残念だがここでお別れだミツヤ君。死ね』
ああ、死ぬ、とミツヤは思った。きっと自分は目の前の銃口に焼かれて死ぬんだ。ヘイジュの無念も晴らせないまま、まだ見ぬ空の向こうの戦争も、回収屋連合の戦いも。ごめん、ゼネビルじいさん、俺、何も出来なかったよ……。
「待って!」
悲痛な叫びに、ミツヤは閉じかけた瞳を開けた。フアラの声だった。
「フアラ……?」
見れば、ファルアリトのコクピットによじ登ったフアラが、ゴルモの構える銃口の前に両手を広げて立っている。
『死ぬなら一緒にってわけかい? 俺は君もファルアリトも同時に消せて万々歳だが……』
「聞いて、ミツヤ。一度しか言わないから」
フアラは瞬き一つせず、ゴルモに体の正面を向けたまま言った。その声にはある種の力があった。
「な、何、フアラ」
「私はミツヤが好き。ミツヤは?」
「俺は、」
突然のフアラの告白に言い淀むミツヤ。その一瞬でミツヤの頭の中を様々なフアラが駆け巡った。初めて会った時の弱ったフアラ、目を覚ましたフアラ、倒れたフアラ、着替えるフアラ、冷たいフアラ、笑うフアラ……。
『水を差すようで悪いが、そろそろとどめを刺させてもらっていいか?』
「……俺は、フアラが……フアラが好きだッ! 大好きだッッ!」
ファルアリトのツインアイが光る。ゴルモのレールガンを払いのけ、立ちあがる。同時にミツヤはコクピットを開けて、そこにしがみついていたフアラを中へ引きいれた。
「ごめんフアラ、俺、大事なことを忘れてたよ。世界がどうなろうと知っちゃこっちゃない。俺はただ、君がそう望むから、君をここへ連れて来たんだ」
ミツヤの腕の中のフアラが顔を上げ、口を開く。
「嫌われても仕方ないと思ってた。でも、ミツヤ、私は貴方に空までついてきて欲しい。そして、そこから先も」
「分かってる。俺もそのつもりだった。君を一人にするもんか。それが俺に出来ることなんだ」
『そのためにはまず俺を倒さなきゃなあ! ミツヤ君!』
「俺は負けない! 負けられないんだ!」
ミツヤとフアラはそれぞれシートに座るとコクピットのハッチを閉めた。刹那、ゴルモのレールガンが放たれる。しかしファルアリトはその亜音速の弾丸を片手で跳ね退けた。
『何をっ?』
「エモト、覚悟!」
『言うじゃねえか!』
エモトはレールガンを捨て、ゴルモの腰部にマウントされた対SF戦用の棍棒を引き抜くと、ファルアリトに向かって構えた。しかしファルアリトはそんなことお構いなしに突っ込んでくる。
「うおおおおおっっ!」
『馬鹿の一つ覚えってんだよ!』
棍棒を振り抜くゴルモ。しかしその棍棒はファルアリトの左手でガードされた。
『何?』
「終わりだッ!」
ファルアリトの右手が、ゴルモの胸部を砕いた。そしてゴルモはそのまま地面に叩きつけられ、沈黙した。
一瞬呆然となったエモトだったが、すぐに笑いを浮かべると、
「くっくっく……人の個人的な感情が、時には世界すらも動かすことがある。合理性を越えたところに人間ってものの本質はあるんだ、ミツヤ君。お前の感情で、飛べるところまで飛んでみやがれ。俺はお前に懸けたぜ……!」
ひしゃげたコクピットの中でエモトは一人、満足げな表情を浮かべた。
◇
打ち上げロケットは、ゴテゴテしていて丸っこい、ダルマのような形をしていた。
『またネオアトの連中が空から攻めてくると敵わん。急ぐぞ、ミツヤの坊ちゃん』
「うん」
『準備が出来たら言ってくれ。打ち上げのカウントを始める』
そのダルマのようなロケットの外側に、ファルアリトは直立した状態で固定されていた。ロケットの操作系はすべてファルアリトのコクピットに接続され、打ち上げ後の操縦がそのコクピットから出来るようにされている。
ミツヤはコクピットの外側の縁に腰かけ、戦場を眺めていた。絶え間なく続く砲撃がネオアトのシルモを爆発させたり、逆にシルモの狙撃で砲座が撃破されたりしている。煙があちこちで上がり、焦げ臭いにおいが鼻につく。
「…………」
フアラと出会ってからのことを思い出す。ラガタンとの戦い、ファルアリトの青い光、ネオアトの秘密基地、ヘイジュの死……。
「色々あったよな……」
ミツヤが呟いた時、コクピットのハッチが開いてフアラが顔を出した。フアラはワンピースから、初めて出会った時のパイロットスーツに着替えていた。そのボディラインに思わずミツヤは目を逸らした。
「どうしたの、ミツヤ」
「……いや、ちょっと思い出すことがあってさ」
「ここまで来れたの、ミツヤのお陰だよ。ありがと」
「俺もフアラに助けられた。お互い様だよ」
ミツヤは立ちあがると、コクピットの中へ入った。
「ねえ、ミツヤ」
「何?」
「これ、着て」
フアラがミツヤに放り投げたのは、妙な生地で作られたぶかぶかの服とヘルメットだった。
「これは?」
「宇宙でも生きてられる服。着てないと、息が出来なくて死んじゃう」
「えっ、そうなの? こんなものどこから……」
「ファルアリトの非常パック。さ、急いで」
二人掛かりで宇宙服を着替える作業が始まる。
「あのさ、フアラ」
「どうしたの」
「約束してほしいんだ。死なないって」
フアラはミツヤの宇宙服のジッパーを締める手を少し止めて、一瞬間をおいてから答えた。
「……うん。分かった」
「約束だよ」
「うん、約束。着替え、終わったよ。ヘルメットは被ってて」
「うん」
ミツヤはフアラに言われた通りにヘルメットをかぶり、バイザーを下ろす。息苦しいな、とミツヤは思った。
「大丈夫。すぐに慣れるから」
「え?」
「苦しいって思ったんじゃない?」
言いつつフアラはファルアリトのシート、補助でないシートに座った。彼女はいつの間にかヘルメットを被っていた。
「フアラ、操縦は俺が……」
「アトモスフィールド突破時の操作なんて、ミツヤはしたことないでしょ」
「そりゃそうだけどさ」
「ここから先は、私に任せて」
フアラの瞳の強い意志を認めたミツヤは、おとなしく後部の補助シートに腰かける。ちょうどその時無線が鳴った。
『そろそろ準備は出来たか?』
「できたよ、ゼネビルじいさん」
『しばしのお別れだな、ミツヤの坊ちゃん。それではカウントを始める』
「お世話になりました、ゼネビルさん」
『なあに、儂は大したことはしとらんよ。回収屋軍団の底力と、ミツヤの坊ちゃんの意地じゃ。気を付けていくんじゃぞ』
ゼネビルがカウントを始める。徐々にロケットの振動が激しくなっていくと共にその噴煙が辺りに立ち上り、そして、ロケットは打ち上がった。
加速しながら上昇していくロケットの姿は、戦場のどこからでも視認できた。もちろん、ウワナ達にも。
「ウワナ様、あれ!」
「あん?」
ハナエの声にウワナがキラムを殴る手を止めて顔を上げれば、白い煙を吐きながら垂直に飛翔するロケットが見えた。
「行ったか、ミツヤ!」
清々しく言うウワナは顔中痣だらけだった。
「約束は果たせたッスね!」
沸く三人。そんな三人を尻目に、ウワナに馬乗りにされ顔を腫らしたキラムが呟く。
「エモト隊長……手を抜きましたね……!」
回収屋軍団の構成員も、ネオアトの兵士も、戦場中の全ての人間が飛翔するロケットに目を奪われた。いつの間にか、戦闘は収まっていた。
◇◇◇
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