第24話 ラガタン大破


「準備してあるって言ってたけど、どこに置いてあるのさ、ロケット」


 ゼネビルを先頭に階段を駆けおりていく途中、ミツヤは尋ねた。


「この遺跡は元々、空の向こうと行き来をするための施設として使われておったらしい。思ったより空き地が広かったじゃろ?」

「うん」

「そこにロケットは設置してある。急ごう」


 気づけばもう階段を降り終えていて、外に通じる通路へ出ていた。先陣を切って駆けていくゼネビルは老いを感じさせない。


「ミツヤの坊ちゃんは機体を運んで来い。ここで待つ」

「分かった。フアラは?」

「私もミツヤに着いて行く」


 ミツヤとともに出口へ走り出そうとするフアラを、ゼネビルが止める。


「お嬢ちゃんは儂とここで待つんじゃ。いくら強固な壁で囲まれているとはいえ、流れ弾が飛んで来んとは限らんからな」

「……分かった」


 渋々といった風に立ち止まるフアラ。


「それじゃ俺、ちょっと行って来るよ」


 再びミツヤは走り出し、薄暗い通路を外へと駆けて行った。それを見届けてから、ゼネビルが口を開く。


「さて、と……こうして話すのは初めてじゃな、ええと、フアラさん」


 フアラはゼネビルを不審そうな目で見上げる。


「そう怖い顔をしなさんな。口説いとるわけじゃない」


 そんなフアラに笑いかけるゼネビルだったが、フアラの表情は相変わらず硬いままだ。


「ちょっと質問したいことがあってな。あんたを空の向こうへ打ち上げてやる代わりだと思って答えて欲しい」

「……分かりました」


 フアラが頷くのを待って、ゼネビルが話し出す。


「では一つ目じゃ。空の向こうでは何が起きとる?」

「戦争です。人工居住区であるネストに住む人々が手を組んだネスト大連合と、惑星アスを神聖なものとして崇めるコスモ原理主義との」

「二つ目。あんたはなぜこの星へ降りて来た?」

「星……ゼネビルさん、その呼称をどこで覚えました?」

「惑星と言った方がよかったかな? 百年前の宇宙観くらいは儂も知っておるよ。さあ、質問に答えてくれ」

「私とファルアリトは戦争を止めるために生み出されました。私は私たちの能力が最大限効果的に発揮できる場所へ運ばれる途中で撃墜され、そのままアスのアトモスフィールドを突破し地上へ落ちてきました」

「ふむ……つまり儂ら回収屋が回収しとる鉄くずはそのアトモスフィールドとやらを越えて来たものなんじゃな?」

「そうでしょうね。アトモスフィールドは空の向こうの技術が地上へ伝わらないように、侵入物を焼き切る目的で作られたものですから」

「……宇宙での戦争は、あの青い機体のような人型のSFが主力なのかな?」

「はい、そうです」

「そうなると儂らの回収しとるものは元々……いや、これ以上は訊くまい。最後に一つだけ聞かせて欲しい」

「なんでしょう」

「ミツヤの坊ちゃんは儂が奴の祖父から預かった子じゃ。じゃから、親代わりとして確かめておきたいことがある。フアラさん、あいつをどうするつもりなんじゃ?」

「それは、」


 フアラは一度言葉を切り、考えるように俯いてから再び顔を上げ、言った。


「それは、ミツヤがどうするかは、ミツヤが決めることです」



 一方のミツヤは、戦場と遺跡を隔てる門のすぐ脇に停めてあったファルアリトに飛び乗り、計器に灯を入れているところだった。


「もうすぐだぜ、もうすぐお前とお前のご主人様を空の向こうへ帰してやれるからな……」


 そうすれば目の前の戦いも、空の向こうであってるという戦争も終わる。ヘイジュの無念だって晴らせるだろう。ミツヤは気持ちの高まりを感じた。


 エンジンが起動し、モニターが点灯する。ミツヤが手慣れた動作でファルアリトを立ち上がらせたとき、コクピット内に警告音が鳴った。


「何だ?」


 見慣れない頭上のモニターを見上げると、そこには大きな音を上げながら四枚の羽根を回転させて滞空する奇妙な人工物があった。その人工物は丸い胴体と細長い尻尾のような部分に分かれていて、羽は胴体の真上に取り付けられている。かつての技術で造られたその飛翔体は、ヘリコプターという名で呼ばれていた。


 ミツヤが呆気にとられていると、ようやく回収屋軍団の砲座が空中の人工物へ弾幕を張り始めた。すると物体は左右に動き、弾丸を避けるように動いたのだ。


「人の作ったものが、ああも自由に空を飛ぶなんて……!」


 意志をもって飛ぶ人工物を見たのは、ミツヤにとって初めての経験だった。それが自分の乗る15メートルの機体よりも大きいな体を持っているのだから尚更だ。


『久しぶりだな、ミツヤ君』

「この声……!?」


 ファルアリトのコクピットに突如滑り込んできた男の声。それは、エモトのものだった。


『覚えていてくれたのかい? 嬉しいぜ。待ってろ、今そっちに行くからな』

「こっちに……?」


 まさかと思って再び頭上を見上げてみれば、空飛ぶ人工物の腹の部分が割れ、中からあの金色のシルモ―――ゴルモが落下して来るところだった。


「!」


 激しい音を立ててファルアリトの目の前に着地するエモトのゴルモ。それがゆらりと顔を上げ、ファルアリトを見据える。


「エモト!」

『さて、どうだ? お前は重力を振り切って空へ上がれるのか?』

「やるしかない……!」


 ヘリが後退していくのが、頭上のモニターに映る。


『せいぜいあがいて見せろよ、ミツヤ君!』

「ナメるなよ!」


 ミツヤがゴルモを狙い撃つ。しかしエモトは発射されたエネルギー弾を簡単に躱すと、自分の方を向き始めた砲座を携行レールガンの連射で次々と潰した。その背後ではエネルギー弾が直撃した隔壁の一部が炎を上げている。


『空へ上がるための最後の壁だ。俺を越えて見せろ!』



 荒野を走っていたキラムは、前方に鎮座するラガタンを見つけ機体を停止させた。


「明らかな罠だな……」


 動きの激しい戦場にあって静止している機体というのは不自然である。罠、と考えるのが妥当であった。


「さて、のってやってもいいが……」


 と、機体を前へ動かした時、妙な重圧を感じてキラムはその足を止めた。足元を移すモニターを拡大してみれば、そこには岩などに巧妙に隠された爆薬が仕込まれていた。


「ふふ……安直だな。即席の地雷という訳か」


 黄銅色の機体をジャンプさせ、罠のある地点を飛び越えるキラム。


『ウワナ様、バレちゃったッスよ!』

「大丈夫だハナエ。これもまだ読み通りさ。お前は安全なところに隠れていろ」


 ハナエの無線に応答するウワナは、ラガタンのコクピットで息を殺していた。時を待ちながら。


 そしてとうとうシルモは沈黙するラガタンの目の前へと迫る。


「所詮、浅知恵。不意打ちでも狙っているのだろうが、それは俺には効かんよ」

『こなくそーッ!』


 突然ラガタンが跳ね起き、シルモに掴みかかる。が、やはりというべきかラキムはその攻撃をやすやすと躱した。


「ふん、他愛ない!」

『かかったのはお前の方だぜ!』

「何?」

「分かってるよ……ウワナ様!」


 シルモとラガタンの格闘を数百メートル離れた地点から見ていたサナエは照準器を覗き込み、照準器と一体化したレバーを引いた。ラガタンのものを取り外してヴァシルのバズーカ砲と連動させたそれが作動し、サナエのすぐ真横でバズーカが火を噴く。衝撃でサナエの体は震えた。


 ひゅん、と風を切って飛来するバズーカの弾頭。それはシルモに直撃するコースを描き―――、


「甘いと言った!」


 キラムは無理やりに機体をしゃがませ、弾丸を回避した。


「どこからの狙撃か知らんが……ぬおっ!?」

『こっちが本命だぜ!』


 その時になってようやくキラムは、弾丸が自分を誘導するための牽制だったのだと気が付いた。が、すでに遅い。死角を突かれた黄銅色のシルモはラガタンに組み付かれる。


「くっ!」


 無理に弾丸を避けたせいで足腰に不具合を起こしたシルモは、ラガタンに押されるままになった。


「な、なぜ……!」

『三人が息を合わせたんだよッ! 負けるもんか!』


 ウワナはラガタンごとシルモを即席の地雷原に押し倒す。直後、爆発が二機を包んだ。


「ウワナ様ッ!」


 バズーカの排煙で煤けたサナエと、地雷の爆発を岩陰でやり過ごしたハナエが同時に叫ぶ。だがすぐにラガタンは起き上がった。二人はそれぞれ安堵の声を漏らす。しかし、それに続くようにシルモも立ち上がったのだ。ラガタンもシルモも爆発の影響で装甲は焼け焦げ、露わになった回路部からは火花を散らしている。


「へへ……どうやらお前も相当な負けず嫌いらしいな……!」


 ラガタンのモニターはもう半分がブラックアウトしていた。ウワナも額から血を流している。しかしその目は死んではいなかった。


「貴様たちなどに、我々ネオアトが敗北するわけにはいかんのだ!」


 モニターの割れたコクピットの中でキラムが叫び、そしてシルモは右腕を軋ませながらラガタンに殴りかかる。が、その右腕はラガタンにぶつかった瞬間胴体からちぎれ、地面に落下した。シルモの前に仁王立ちするラガタン。


「お前に男として言っておくことがある」

「なんだ!」

「男ならなっ……!」


 ぐぐぐっ、とラガタンが右腕を振り上げた。


「負けた時くらい、潔くしやがれッ!」


 ウワナの気合いと一緒に振り下ろされた右腕はシルモの頭部を破壊しながら、シルモを地面に叩きつけた。同時に衝撃に耐えきれなかったラガタンも各部から煙を上げ、二機は沈黙した。


「ウワナ様!」


 ハナエとサナエは同時にラガタンへ駆けだす。二人がそろって動かなくなったラガタンの足元に辿り着いたとき、ちょうどウワナがコクピットから顔を出した。ウワナは二人を見ると口元に笑いを浮かべ、


「ほらな、俺はやる時はやる男だろ?」

「あたしは分かってたよ、ウワナ様」

「ウチもッス!」

「はっはっは。そうかそうか」


 わははははは、と三人が大笑いしていると、シルモのコクピットが開き中からキラムが現れた。


「く、くそ……三対一とは卑怯な……!」

「何を? まだ負けを認めねえのか!」

「当たり前だ! まだ負けたわけじゃない!」

「野郎、根性叩き直してやるよ!」


 そう言うとウワナはラガタンのコクピットから飛び出し、そのままシルモのコクピットに飛び移るとキラムに殴りかかった。


「野蛮な!」


 ひらりと身を躱し、キラムは反撃する。しかしウワナもそれを避け、キラムに組みかかる。そして二人はもつれあいながらシルモのコクピットから転げ落ちた。


「ウワナ様!」


 慌てて駆け寄るサナエたちだったが、ウワナの怒声が聞こえて足を止めた。


「この野郎、負けを認めやがれ!」

「嫌だ、負けてない!」


 子どものように言い合って殴り合うラキムとウワナを、ハナエとサナエは呆れたように眺めていた。



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