第23話 総力戦


 高速でホバーするファルアリトは飛び交う銃弾を潜り抜けながら、なんとか北の遺跡へと辿り着いた。遠くからではよく見えていなかったのだが、遺跡はいたる所が改造され要塞の体を取っていた。そして取り付けられた数十の砲座からは絶え間なく射撃が続けられているのだ。ジクと呼ばれる回収屋連合の機体も数機、壁に取り付いて防衛線を張っている。


「着いたのはいいけど、これ、どうやって中に入るんだ?」


 ミツヤが呟くのも無理はない。遺跡の周りは高い壁が張り巡らされ、入ることが出来なさそうなのだ。と、その時、無線が鳴った。


『おお、来たかミツヤの坊ちゃん』

「この声、レーギンさん?」

『今隔壁を空けるからな。少し待っててくれよ』

「開ける?」


 ミツヤが戸惑っている間に、目の前の壁が左右に開いていく。壁だと思っていたそれは、遺跡へ入るための門だったのだ。


 銃弾の雨の中、ミツヤは恐る恐る門を潜り。足を踏み入れた。


 中は案外建物が少なく、何もない平地と外から見えた数棟の高い建物があるだけだった。その広い平地には十数機の雑多なSFが並べられ、それぞれに修理を受けている。


「あの機体たちは何、ミツヤ?」

「多分、ゼネビルじいさんが声をかけて集めた回収屋軍団の機体だよ。かなりの数だよな……」

『まさしく総力戦ってやつさ』

「レーギンさん!」

『早くハッチを開けて降りて来るんだ。代表がお待ちだよ』


 見れば、レーギンがファルアリトの足元にジープを走らせて来ているところだった。



 レーギンに連れられたミツヤとフアラは、建物の一つへ足を踏み入れた。やはり遺跡と呼ばれるだけあってその材質は劣化していて、通路は所々応急的に修理されている。


 怪我人も廊下に溢れていて、すれ違う人たちは誰もがどこかしらに傷を負っていた。だが、彼らが拠点とするこの建物に不思議な陽気が満ちているのは間違いなかった。それが回収屋という職業の性である。


「それにしても大変だったろう、ミツヤの坊ちゃん」

「まあね。でも、ウワナとかいろんな人が助けてくれたし、なんとかここまで来れたよ」

「君たちがネオアトに捕まった時は慌てたがね」

「え、どうしてレーギンさんが知ってんのさ」

「代表は心配性でね、俺が少し君たちの脱出を手伝わせてもらった。あの時、兵士の数が少し少なすぎただろう?」

「そんなことがあったのか……」

「お陰でこの祭りに参加できた。久々に血が沸くよ。ふふふ」


 あやしく笑うレーギン。その目には活力が満ちている。


「さて、お喋りをしている時間はなかったな」


 レーギンが立ち止まると、その目の前にはそれらしい扉があった。レーギンはその扉をノックすると、


「代表、ミツヤの坊ちゃんとそのお友達をお連れしました」

「来たか、入れ」


 レーギンがドアを開けてくれ、ミツヤとフアラは部屋の中へ入った。そこにはゼネビルがいた。


「待っておったよ、ミツヤの坊ちゃん」


 そう言うとゼネビルはひっきりなしに入って来る無線に応答する手を休め、ミツヤに向き合う。


「じいさん、どうしてネオアトと戦いになんか……」

「もちろんお前を守るため、と言いたいところだが実はそれだけではない。奴ら、儂らの仕事全体にまで手を回してきおったからな。回収した物品は一度ネオアトの検査を通せと言うんじゃ。それに儂らから仕掛けた戦いじゃない。奴らがこの遺跡に手を出してきたからこうして防戦しとるだけじゃ」

「ありったけのSFや銃火器を集めて、ここを要塞化したりはしましたけどね」

「奴らの戦力に対抗するためじゃ。レーギン、余計なことは言わんでいい」

「でも、勝ち目はあるの?」


 ミツヤが訊くと、


「ある。それはお前たちじゃ」

「俺たち?」


 にやりとミツヤに笑いかけるゼネビル。


「そもそもこの遺跡が必要なのはお前たちが空の向こうへ行くためじゃからな。お前たちを打ち上げちまえば、儂らは適当に撤退する」

「じいさん……やっぱり俺たちのために?」

「ネオアトの連中に一泡吹かせるチャンスでもあったからな。ほら、急ぐぞ」

「……ありがとう、ゼネビルじいさん。で、打ち上げロケットってどこにあるの?」

「もう準備はしてある。儂が案内しよう。レーギン!」

「はい?」

「ここは任せる。時間を稼いでくれ」

「了解。回収屋軍団の尻尾の戦いぶり、ご覧ください」

「よし行くぞ、ミツヤの坊ちゃん」

「うん」

「気をつけてな」

「ありがとう、レーギンさん!」

 ゼネビルを先頭に、ミツヤとフアラは部屋を出た。振り返ることはしなかった。



「ラガタン、ファイヤーッ!」


 掛け声とともにハナエがレバーを引くと、ラガタンのミサイルハッチが解放され、そこから数多の弾丸が放出される。が、キラムの駆る黄銅色のラガタンは不規則な軌道を描くミサイルすらも回避してみせるのだ。


「な、なんで当たらないんスか!?」


 ハナエが困惑する間に、キラムの後ろに控えていたシルモにミサイルが直撃し、爆散する。


「俺たちの呼吸を合わせるんだよ! そうすりゃ勝てる!」


 ウワナはキラムの銃撃を躱す挙動を取らせながら怒鳴った。


 人型モードのラガタンは元々ウワナが全て操縦するシステムになっていた。しかし改修に伴って火器類の操作が複雑になり、操縦者と砲手を別々にする必要が出てきた。そうして今は操縦をウワナが、武器の使用はハナエとサナエがという分担が行われているのだが、慣れない操作方法のせいで思うように性能が発揮できないのが現状である。その感覚の不一致を、ウワナは敏感に感じ取っていた。


『そう焦りなさんな、ウワナの大将よ! 全体を見りゃ俺たちが押してるぜ!』


 レキルの放ったバズーカがまた一機シルモを撃墜した。周囲を囲むほどにいたシルモの軍勢も今やキラムの一機を残すのみである。


「敵もさるもの、という訳か……!」


 コクピットで一人呟くキラムだった。が、その感慨は隙を生む。その隙を見逃さず、ラガタンとヴァシルは動いた。


『行くぜ、レキル!』

『おうよ!』


 二機はホバーの土煙を上げながら左右に展開すると、キラムのシルモを挟み込むようにしてそれを狙撃した。が、キラムは元々攻撃されるのが分かっていたように旋回してそれを避け、そして射撃の反動で直線的な挙動になっていたヴァシルにライフルを直撃させた。


『ぐっ……!』


 レキルの呻き声をラガタンの無線が拾う。ヴァシルの銀色の機体が煙を上げながら後ろへ流れていくのを、ウワナは見た。


「野郎ッ!」


 シルモとラガタンが目まぐるしく立場を入れ替えながら撃ち合う。だがラガタンの主砲やバルカンは当たらず、シルモのライフルは直撃させられる。一方的なやられ方にウワナは歯ぎしりした。


「サナエ、なんとかならねえか!」

「悔しいけどあいつ、まるで未来が見えてるみたいに避けやがるんだよ!」

「くそっ……! ハナエ、ミサイルは?」

「駄目ッス! 排熱が上手くいってなくて……!」

「弾はあと何発分あるんだっ!?」

「二発が限界ッス!」

「チッ、楽な戦いはさせてくれねえってことかよ!」


 ウワナがイライラに任せてコンソールパネルを叩いた時、無線が鳴った。


『大将、ヴァシルのバズーカを使いな……!』

「レキル! 無事なのか?」

『当たり前だろ……! 受け取れ、ウワナ!』


 シルモのライフルを潜り抜けながらラガタンが駆ける。その右手を伸ばしたところに、ヴァシルの投げたバズーカが来た。


 掴む。


 同時にハナエが叫んだ。


「冷却、完了したッス!」

「地面に撃て! 煙幕代わりだ!」

「了解ッス! ……ファイヤーッ!」


 ラガタンから放たれたミサイルが渇いた地面に突き刺さり爆発する。その爆発はラガタンとキラムのシルモの間に激しい土煙を上げた。


「まずは退くぞ!」

「逃げるのかい、ウワナ様?」

「悔しいが罠を張る。そこで奴を迎え撃つんだ!」


 加速するラガタン。そして煙が晴れた時、シルモの視界にはラガタンの姿はなくなっていた。


「逃げられたか……。しかし、それを許す俺ではない……!」


 キラムは地面にラガタンの足跡を見つけた。早速それを追おうとシルモに加速を掛けた時、ライフルの残弾が無くなっているのに気が付いた。


「無駄弾を使わされたか? 侮れない相手だ!」


 キラムはライフルを捨て、更に加速していった。ヴァシルのコクピットから這い出たレキルはそれを眺めながら、呟く。


「死ぬなよ、ウワナ……!」


 荒野の風が強まっていく。と、その時、頭上を巨大な何かが飛んでいくのをレキルは見た。


「なんだ、ありゃあ?」

 


◇◇◇

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