第22話 北の遺跡


「ウワナ、あとどれくらいかかるんだ?」

『まあそう慌てるなよ。もうすぐだから』


 戦車モードのラガタンを先頭に、北の遺跡を目指し出発してから数日。乗り心地が良いとは言えないファルアリトのコクピットに揺られ続けて、ミツヤやフアラも少しうんざりしてきていた。


「本当に連れてってくれてるんだよな?」

『ったりめーよ! 約束は守る男だぜ、俺はよ』

『そうッスよ! ウチらのウワナ様はやると言ったことはやるッスから!』

『まさかあんた、あたしたちを疑ってるんじゃないだろうね?』

「そういうわけじゃないけどさ、乗りっぱなしで疲れてきてるんだよ」

『男だろう、我慢しなよミツヤ』

「ラガタンの座席は結構高級品じゃないか」

『ミツヤ、言い訳はカッコ悪いッスよ』

「はいはい」

『ちょっとお前ら、静かにしろ』


 他愛ない会話の中に滑り込んでくるウワナの緊張した声。


「どうしたの?」

『聞こえねえかよ、こいつぁ銃声だ』

「……?」


 ウワナに言われて耳を澄ましたミツヤは遠くで何かが爆発するような音を聞いた。それも一つではない。


「ミツヤ、これって……」


 フアラも音に気付いたようだ。


「戦闘なのか?」

『多分そうだろうな。嫌な予感がしやがるぜ。急ぐぞ!』


 ラガタンのエンジン音が上がり、荒れ地を懸けていく。緩やかな坂を上っていくと、ようやく視界が開けた。


「な、なんだあれ……!」


 思わず呟いたミツヤの眼下に広がっていたのは、風化した背の高い建造物が立ち並ぶ広大な廃墟と、その廃墟を攻撃するSF部隊とそれを迎撃するSFの散漫な群れ、そして廃墟から絶え間なく上がる対空砲火だった。


「防衛戦があっているの……?」

「防衛戦?」


 フアラの声にミツヤが反応したとき、再びウワナの声が無線で飛び込んできた。


『おい見ろミツヤ、塔の頂上の旗をよ!』

「旗……?」


 廃墟の一番高いところには、見覚えのある旗が立てられていた。回収屋軍団の旗だ。


「なんであの旗が……?」


 ミツヤはその理由を考えたがどうも思い当たる節が無い。そこへ流れ弾が飛んできて、慌てて機体をしゃがませた。


『とにかくあれが北の遺跡だ。あそこに空の向こうへ行く施設があるんなら、とっとと行っちまおうぜ。気合い入ってるか?』

「ああ!」

『いい返事だ!』


 ラガタンが遺跡へ向けて荒野を駆け下りていき、ファルアリトもそれに続く。


 コクピットに座るウワナは、奇妙に高揚している自分に気が付いた。


「ウワナ様、目の前にネオアトの機体だよ!」

「ぶっ放しちまいな、サナエ!」

「ラジャ!」


 轟音を轟かせ、戦車モードのラガタンの主砲が火を噴く。サナエの正確な射撃は進路上のシルモを直撃し、その半身を吹き飛ばした。


「ひゃっほう!」


 歓声を上げるウワナ達。モニターには、ラガタンを取り囲むように展開を始めるシルモの小隊が映った。


「周りにもネオアトが集まって来やがったな?」

「ラガタンの新兵器、お見舞いしてやるッスよ!」

「よっしゃあ、見せつけてやれ!」

「ラジャ! ラガタン、ファイヤーッ!」


 ハナエが操縦桿脇のレバーを引くと、ラガタンの側面に新設された数十のハッチから全方位に向けてミサイルが発射された。ミサイルは白い帆を惹きながら縦横無尽に飛び回り、ネオアトのSFにぶつかっていく。爆発で火を上げるシルモたち。


「わーっはっはっは! 見たか! これが俺たちのラガタンだ!」


 ウワナが高笑いしたとき、どこからか無線が割り込んできた。


『……のSF、どこのもの……そちらのSFは、どこのものだ……』

「ああ? 人に物を尋ねる時はまず自分から名乗れって習わなかったか?」

『……回収屋軍団の代表に大した口の利き方じゃねえか、ウワナよ』

「代表? まさかあんた」

「ゼネビルじいさん!?」


 ファルアリトのコクピット内で、ミツヤは驚きの声を上げた。


『元気そうじゃな、ミツヤ。儂も元気じゃ。わはははは』

「そ、そりゃよかった。けどじいさん、ここで何してんの?」

『ミツヤの坊ちゃんがあんまり遅いからよ、ネオアトの連中が妙なちょっかい出さんように見張っててやったのさ。そしたら案の定、奴さん北の遺跡まで攻めてきやがった』

「でも、前に俺と会った時は組織の代表として協力はできないとかなんとか言ってなかったっけ?」

『バカヤロウ、回収屋連合なんてのは元々儂とお前のじいさんとで作った組織だ。ぶっ壊しちまうのも儂の勝手さ。お前のためなら尚更よ。それに猫をかぶってられん事情も出来たしな。戦場が儂を呼んでおるのだ』

「そ、そう、よく分かんないけどありがとう! で、打ち上げロケットは見つかったの?」

『見つかったぞ。あとはお前たちが来るだけじゃ』

「ちきしょう、そいつは俺が見つけたもんなんだぜ?」

『ご苦労だったなウワナよ。お陰で発掘もスムーズじゃった。お前がミツヤの坊ちゃんを連れて来たのは予想外だったが、この礼はいつかさせてもらうぞ』

「倍返しだからな! それ以下は認めねえ!」

『とにかくそういう訳じゃ。早く遺跡へ入って来い、待っておるぞ!』


 そこでゼネビルからの無線は途切れた。


『よし、もう遺跡はすぐそこだ。もうひと踏ん張りだぜ、ミツヤ!』

「ああ!」


 左右から迫るシルモを撃ち落としながらミツヤは返事する。だがその時、ライフルの直撃を受けたラガタンが土煙を上げながら横に滑った。


「ウワナ!」


 ミツヤが呼びかけるが、それに割り込むように無線が入って来る。


『……こちらはネオアト機械化部隊「グラビリー」副隊長のキラムだ。その機体を空の向こうへ上がらせるわけにはいかん』


 気が付けば周りをネオアトのシルモに囲まれていた。その中に一機だけ黄銅色の機体がある。先ほどラガタンを狙撃したキラムの機体だ。


「くそ、やるしかねえか……!」


 ミツヤが操縦桿を握り直した瞬間、ファルアリトの右側に立っていたシルモが爆発した。張りつめた空気の中に走る動揺。


『待たせたな、ウワナの大将!』


 右後方からホバー走行で迫る銀色の機体、ファルアリトのモニターに拡大されたそれは、かつてウワナと共にファルアリトを襲ったヴァシルというSFだった。


「レキル……来やがったか!」


 横倒しになったラガタンのコクピットで、ウワナは口の端に笑いを浮かべるとラガタンを人型に変形させ、機体を跳ね起こした。


「サナエ、ハナエ……行くぞ!」

「あったり前ッス、こんなところじゃ死ねないッスよ!」

「あたしらのラガタンを撃ち抜こうだなんてナメられたもんだね! あたしが本物の射撃を見せてやるよ!」


 ウワナの声にハナエとサナエが答える。それに同調するように人型になったラガタンは加速し、ヴァシルと共にファルアリトを守るような位置に回り込んだ。


「ウワナ、無事なの?」

『ったりめーよ、俺がこんなところでくたばるタマか?』

「……いいや、違うね!」

『そうだろうよ。さ、行きな、ミツヤ。フアラを空の向こうまで届けて来い!』

「分かった、約束だ。死ぬなよウワナ!」

『そいつも約束だぜ!』


 ミツヤはダルありとのバーニアを一杯に吹かし、遺跡へ向かって加速した。


『行かせるか!』


 そのファルアリトをキラムは追おうとしたが、その前方にウワナの駆るラガタンが回り込むのが早かった。


『行かせねえよ。男と男の約束だからな』

『ふん、それが命取りにならなければいいがな』

『あの金色じゃねえのが残念だが、お前で我慢しといてやる』

『その威勢がいつまで持つかな?』


 向かい合った二機は息を合わせたように同時に離れ、お互いに手持ちの火器を撃ち合った。爆煙が上がっていく。


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