第21話 離別
◇
機体の整備も終わりいよいよ出発するだけとなった翌朝、一行は格納庫に集まっていた。
「おっさん、ありがとよ。何とかこれでミツヤ達を北の遺跡まで送ってやれそうだ」
「君の所のハナエさんが頑張ってくれたからだよ。良い腕をしている。弟子に欲しいくらいだ」
「悪いがそれは出来ねえ相談だな。ハナエは俺の大切な妹分、あんたみたいな怪しい奴に渡すわけにゃいかねえ。そうだろ、ハナエ」
「そうっすよ。残念ながら中年はタイプじゃないッスから」
「ははは、フラれてしまったな。……ミツヤ君とフアラさんは?」
「もう機体に乗ってるぜ。俺らもそろそろ行かなきゃな。サナエがエンジンを起こして待ってる」
「はいッス!」
「君たちのラガタンは出来がいい。もうネオアトの機体に後れを取ることもないだろう。でも、くれぐれも無茶はするな。気を付けていくんだよ」
「こそこそするのは性に合わねえが、ミツヤとの約束を守れねえのはもっと気に食わねえ。ま、なんとかやってみるさ」
「それじゃあ縁があったらまた会おう、ウワナ君。君がくれた魚は美味かったぞ」
「へっ、飢え死にすんじゃねえぞ、おっさん!」
ウワナはハナエを連れてラガタンのコクピットへ続くリフトを昇っていく。それを見届けると、ヘイジュはファルアリトの方へ視線を移した。
◇
「ねえフアラ、空の向こうへ行って、それでどうするつもりなの?」
ファルアリトのシートに座ったミツヤは、後ろを振り返りながら言った。そこにはフアラが座るための簡易的な座席が取り付けられていた。
「ミツヤはあの人から何を聞かされたの?」
「この機体が結構大事なものなんだって話さ。それで、フアラは?」
「分からない。まだぼんやりとしか思い出せていないから。でも、宇宙へ行けば……」
「俺を連れてはいけないって言いだしたのは、空の向こうが危ないって思い出したからだろ?」
「…………」
「フアラが空の向こうで何をしようと俺はついていくぜ。君を一人で危ないところへ行かせるわけにはいかないもんな」
言ってて恥ずかしくなるような台詞だと思って、ミツヤは後部座席のフアラから顔をそむけた。その時、無線が鳴った。
『あー、聞こえるかな? ミツヤ君にフアラさん』
「ヘイジュのおっさんかよ。これ、どうやってるんだ?」
『僕も通信設備くらい持ってるさ。一応ファルアリトの改良点を説明してあげようと思ってね』
「いや、いいよ。改修作業は俺も手伝ってるし、大体分かってるから」
ミツヤはモニターで足元を拡大してみた。無線機を持ったヘイジュがこちらを見上げている。
『分かっているなら別にいいんだ。じゃあ最後に、僕からプレゼントをあげよう。後ろを向いてくれ』
「後ろ?」
言いつつファルアリトを後ろに向かせるミツヤ。背後の壁にはSFサイズの銃が立てかけられていた。
『それを持っていくといい。餞別だよ。最新型のエネルギー銃だ』
「……分かった」
『どうした? 元気が無いな』
「こういうの持っちゃうとさ、なんか戦いに行くんだなって思えてさ……」
『フアラさんを守るにはそうするしかないんだ。君だって力の無さを悔やんだんじゃないか』
「ま、そりゃそうなんだろうけどね」
『昨夜は、済まなかったな。君のような子どもに何かを背負わせようとするのは卑怯な大人のすることだ。忘れてくれ』
「おいおい、覚えといてくれって言ったり忘れてくれって言ったり、俺にどうしろって?」
『一つだけ言わせてもらえるなら、君は君の―――』
ヘイジュの言葉を遮るような爆発音。
天井が崩れ、大穴が開く。崩れた天井が大粒の瓦礫となって降りかかる。当然、ファルアリトの足元に立っていた生身のヘイジュにも。
「……ヘイジュ?」
ミツヤは呟いたが、彼はヘイジュが瓦礫に潰されていく瞬間をモニター越しに見ていた。
『目標の生死、確認できません』
『この規模だ。死んだだろう』
見上げれば、天井に空いた穴からネオアトのシルモが二機、顔を覗かせていた。
『ミツヤ! どうなったんだ! ヘイジュは!』
「あ……」
ウワナの怒鳴り声もミツヤの耳には届かない。彼の頭の中ではヘイジュが粘土細工のように潰れていく瞬間が繰り返されているだけだった。
「ミツヤ、ミツヤ!」
フアラがミツヤの体を揺すっても反応はない。ただ、その顔から血の気が引いていくのが見えるだけだ。
『空の向こうの技術らしきものは、全て破壊しろ』
『了解』
バーニアを吹かしながら、シルモが穴から降りて来る。
『野郎、許さねえ!』
シルモを倒そうと動くラガタンだったが、しかしそれよりもミツヤのアクションが早かった。
「うわあああああっっ!」
絶叫と共に背後のエネルギーガンを構え引き金を引く。撃ち出された超高熱の粒子の弾丸はシルモのコクピットごとパイロットを焼ききった。
『なっ……?』
当たらなかったもう一機のシルモが動揺した挙動を見せる。が、すぐにファルアリトのエネルギー弾でぐずぐずに溶かされた。
「っふ……」
ミツヤは体中から汗が噴き出るのを感じた。人を殺した。シルモが二機、コクピット部分にぽっかり穴を空けて鎮座している。格納庫が静かになっていく。
◇
死んだ者の墓を作り弔うという習慣は、地上も宇宙も同じだった。
ヘイジュの工場から脱出したミツヤ達は北の遺跡へ向かう途中、見晴らしのいい小高い丘にヘイジュの墓を作った。遺体を回収するわけにはいかなかったから、代わりに彼の工具を埋めた。
「ミツヤ、大丈夫……?」
ヘイジュの墓の前を動こうとしないミツヤに、フアラが声をかける。
「……人って死ぬんだよな」
「?」
「空の向こうではもっとたくさん人が死んでる。ヘイジュが言ってたのは、そういうのを止められる能力をファルアリトと君が持ってるってことで……」
自分の方を振り返ったミツヤの顔のあまりの青さにフアラは息を呑んだ。
「俺も二人殺した。殺したんだ」
「私たちはもう止まれない。ね、ミツヤ」
「分かってる。行けるところまで行ってやるさ」
ミツヤは立ち上がり、ウワナ達が待つ丘の麓へ降り始めた。
その姿を見て、ふと、フアラは自分の決意が揺らいでいることに気が付いた。何を今さら、と口の中で呟いて、フアラはミツヤを追いかけた。
◇◇◇
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