第20話 蒼空から来た男の過去


 夕食自体は特に何のハプニングもなく終わった。ウワナが調理したモノが想像を絶する味だったことを覗いては。


 そして食後、ミツヤはヘイジュに言われた通りに格納庫から繋がる彼の部屋へと向かった。フアラのあの冷たい瞳を思い出しながら……。


 ミツヤが部屋のドアをノックすると返事があった。開ける。


「来たかミツヤ君。さ、座ると良い」


 ヘイジュの部屋はごちゃごちゃとした物置のような様相だった。細かい機械部品などが散乱した作業机の他にもう一つ机があり、ヘイジュはその前に座っていた。ミツヤはヘイジュに勧められるままにヘイジュの向かい側の椅子に座った。


「ヘイジュ、話って何?」

「ああ。君はフアラさんが空の向こうから来たのを知っているね」

「うん。フアラがそう言ってたからね」

「それで君は彼女を元の場所へ帰してやりたいわけだ」


 ミツヤはヘイジュの言葉に頷き、答える。


「そうだよ。空の向こうに何があるかなんて、俺は知らないけどね」

「だが現在、空の向こうとこの惑星は交流を絶って久しい。ネオアトって言うのはその交流を絶った状態をキープするために働く組織だ。だから、空の向こうから来たフアラさんやファルアリトを手に入れた君たちはネオアトに追われているんだ。それはいいね?」

「ああ、お陰で色々大変な目に遭ったよ」


 作業着の胸ポケットから煙草を取り出したヘイジュはそれを口に咥え、火を付けた。煙が上がっていく。


「君は空の向こうに何があるのかは知らないと言ったね?」

「ああ」

「空の向こうにもここと同じように人が住んでいる。それもたくさんね。しかし百年前に、宇宙で生活していた彼らは戦争を始めた。それをきっかけに宇宙とこの星とはお互いにかかわりを持たない不干渉の姿勢を取った。そうして今の体制が出来上がったわけさ」

「似た話を、ネオアトのエモトって男に聞いたよ」


 それを聞いたヘイジュは意外そうな顔をする。


「へえ。ネオアトにも柔軟な人間がいるものだね。凝り固まった体制側の連中だと思っていたが、どうやらそれだけじゃないらしい」

「……なあ、あんたが俺にしたかった話って、これで全部か?」

「まさか。ここからが本題さ」


 ヘイジュは机の端から灰皿を引き寄せ、その上へ煙草を押し付けた。


「さっき僕は空の向こうにも人々の生活があると言ったね? つまり、親や子供、友人、家族があるわけだ」

「ああ、まあ……」


 そう言えばフアラは家族の話なんかしないな、とミツヤは思った。元々あまり口数の多くない娘ではあるのだけれど。


「フアラさんはあの青い機体に乗って空から落ちて来たそうだが……実は僕も宇宙から来たんだ」

「宇宙……空の向こうのこと、だったよな? ヘイジュもそうなの?」

「そうさ。君はフアラさんと一緒に空へ上がるんだろ?」

「俺はそのつもりだけど」

「今のままでは僕のようなちょっとしたアクシデントでアスのアトモスフィールドを突破して来た人間は、ネオアトに捕らわれるか一生どこかへ隠れ住むかで永遠に宇宙へは戻れない。だから君たちにはなんとしても宇宙でやってる戦争を止めて貰わなきゃならない。そうすれば……」

「ここと空の向こうを隔てておく理由がなくなる訳か」

「賢いね、ミツヤ君」

「でも、戦争って言うのはたくさんの人間同士が殺し合うことだろ? 俺一人で止められるとは到底思えないけどな」

「だからさ、そのためにファルアリトがあるんだろ?」

「え?」

「あの機体は戦争を止めたいと願う人間が集まって作った希望なんだよ。フアラさんとシステムはそのためにあるんだ」


 ミツヤの脳裏に浮かんだのは、敵の動きを止めるファルアリトのあの青い光だった。そして意識を失くしたフアラ……。


「でも」


 思わずミツヤは呟く。


「なんだい、ミツヤ君」

「でもそんなことしたら、フアラが危ないんじゃない?」

「当り前さ。いくら機体の装甲を固めても、動かす人間は生身だからね」

「じゃあ俺は……」


 わざわざフアラを死なせに行くのか? そう言う言葉は浮かんだものの、ミツヤはそれを口にすることは出来なかった。


「これを見てくれないか、ミツヤ君」


 言葉に詰まったミツヤに構わずに、ヘイジュは一枚の薄い板を取り出した。


「これは?」

「ホログラムシートといってね。裏のスイッチを押してごらん」


 ヘイジュから板を渡されたミツヤは言われた通りにスイッチを押した。すると板の上に立体的な人の姿が現れた。幼い子供を抱えた女性の肩に、男性が手を追いている映像だ。


「……まさかこの男の人って」

「そう、僕さ。空の向こうに家族がいるんだ。今はどうしているのか知らないけれど……僕のような人間がいるっていうことをさ、一応覚えておいてくれ」


 それだけを言ってしまうとヘイジュは立ち上がり、部屋を出て行こうとドアに手を掛けたところで、何かを思い出したように立ち止まった。


「そうだ、ファルアリトの生態認証には既に君も登録されている。これも意味深だね」


 ドアを開け、今度こそヘイジュは部屋を出て行った。残されたのはミツヤとホログラム板だけだ。立体映像の中のヘイジュは今ほど老けてはおらず、その方に抱かれた女性と子どもの笑顔は幸せそうだった。


 しばらくしてミツヤがヘイジュの部屋を出ると、ドアの前でフアラが待っていた。


「フアラ……」

「待ってた」

「あのさ、訊きたいことがあるんだけど」

「ミツヤは私を空の向こうへ連れて行ってくれるんでしょ」


 有無を言わせないフアラの声色にミツヤは何を言いたかったのか分からなくなった。


「ね、早くここを出て北の遺跡へ行きましょう」

「それでフアラは良いの?」


 ん、と言葉に詰まるフアラ。


「……聞かないで欲しいことなの」

「信用されてないんだな、俺って」


 突き放すようなミツヤの言い方にフアラは慌てる。


「待って、ミツヤ。そういうことじゃない」

「別にいいよ。君を空の向こうに連れていくっていうのは約束だからね。出来る限りのことはするさ。でも俺は、君を殺す手伝いみたいなことは、したくはないんだけどね……」


 ミツヤはフアラの方を振り返りもしないでその脇を通り抜けていった。その背中を追うに追えず、立ち尽くすしかないフアラだった。


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