第19話 地下工場



「ううん、この配線さえどうにかなれば動力系は何とかなりそうなんスけど」


 ラガタンの背中にあるエンジン部から顔を上げたハナエは、煤に汚れていた。気温が高いせいで顔にはいくつもの汗の粒が浮かび、作業着も胸の辺りまではだけさせている。


「そろそろお昼時だよ。休憩にしようじゃないか」

「もうそんな時間ッスか? じゃあ降りてくるッス」


 器用にラガタンの装甲から装甲へ飛び移り、サナエのいる地上まで降りてくるハナエ。


「ウワナ様たち、遅いねえ」

「そろそろ帰ってきてもいい頃なんスけど。フアラの具合はどうッスか?」

「まだ目を覚まさないよ。変わった様子もないけど、もう丸一日眠ったままだから……心配だね」

「ミツヤが言うには、あの青い光を使ったせいらしいんスよね。謎の多いマシーンッスよ、あれは」


 そう言ってハナエは片膝立ちで佇むファルアリトを見上げた。


「ラガタンの方はどうだい?」

「結構ヤバいッス。ネオアトのSFと戦闘になったら、今度こそスクラップッスね」

「困ったねえ。北の遺跡まではもう少し距離もあるし……」


 ミツヤとウワナが帰って来たのはその時だった。


「うおおーい、ハナエ、サナエ、飯買ってきたぞ」

「ウワナ様!」


 ウワナの声に同時に反応する二人。しかし、すぐに見知らぬ男が一人ついてきていることに気が付いた。


「誰ッス、そのおっさん?」

「ヘイジュっていうんだ。修理屋らしいから、機体を直してもらおうと思ってさ」


 訝しげな表情でヘイジュを眺めるハナエに、ミツヤが言う。


「そういうことなんだよ。よろしく頼むね、お嬢さん」

「怪しいッスねえ。腕は確かなんスか?」

「そりゃもちろんさ。信用してくれ」


 ヘイジュはここぞとばかりに胸を張る。


「胡散臭いねえ。ミツヤ、何でったってこんな男を拾ってきたんだい」

「成り行きだよ。機体が元通りになれば儲けものだろ」

「で、ヘイジュだっけ? 早速修理に取り掛かって欲しいんだけどよ……」


 再びヘイジュの方へ向き直ったウワナは、そのヘイジュの様子を見て口を噤んだ。顔を病的に青くさせ、目を見開く様子が明らかに異常だったのだ。


「な、なんなんスかこのおっさん」

「やられ具合にビビってるのかねえ?」


 全員の視線がヘイジュに集まり、そしてヘイジュが口を開く。


「……あの青い機体、君たちが作ったのか?」

「まさか。空から落ちて来たのを俺が拾ったんだ」

「拾った?」

「ああ、そうだよ」


 驚いたようにミツヤを見るヘイジュ。少しの沈黙が辺りに流れた後、突然彼は笑い出した。


「おいおいおっさん、ついに気でも狂っちまったってのか?」

「いやいや、まさかこんなところでこの機体に出会うなんて、思いもしなかったのさ。なるほどね。道理でネオアトの連中が殺気立ってるわけだ。こいつがある限り宇宙とアスのパワーバランスは不安定なままだもんな。くくく。君たちもネオアトのお尋ね者ってところなんだろう?」

「そ、そうだが、なんで分かったんだ?」


 顔に笑いを浮かべたまま、ヘイジュは芝居がかった様子で四人の前に両手を広げて見せた。


「君たち、この機体をどうするつもりかな?」

「空の向こうに送り出すんだ。フアラ……この機体に乗ってた子がそれを望んでいるから」

「ミツヤとか言ったね、君。この機体を空の向こうなんかにやってしまうと、最悪世界が滅茶苦茶になるよ。それでもいいのかい?」

「ネオアトのエモトって男にも似たようなことを訊かれたけど……見えない未来のことに縛られてちゃ何も出来やしないんだ。だから俺は、せめてフアラの願いはかなえてあげたい」

「ほう、この機体の主はフアラというんだね。……成程。面白いな。うまくいけば僕にもメリットがある。よし、分かった。このヘイジュが責任を持って君たちの機体を修理しよう。ただここじゃ目立ちすぎる。近くに僕の工房があるから、そこまで動かすことは出来るかい?」

「速度は出せないッスけど、動かすだけなら問題ないッス」

「そうか。それじゃ移動は可能だな。ところでフアラって子は誰だい?」

「それが、気を失ったまま目を覚まさなくて」

「なんだってミツヤ君。それは大変だ。暗くなったらすぐに移動しよう。その子には温かいベッドと休養が必要だ」



 ヘイジュの工場はサドセの街の裏通り、その地下にあった。ミツヤ達は日が沈むのを待ってから、すぐに移動を始めた。ネオアトに見つからないために、その移動はかなり慎重なものになった。


 なんとか無事に工場に辿りついた一行はすぐに機体の整備を始めた。ヘイジュは自称するだけあって確かに腕は良く、ハナエやミツヤにテキパキと指示を出し、工場に入ってから三日が経とうとする頃には既にラガタンとファルアリトは新品同様の輝きを取り戻していた。


「ミツヤ君、あの子をどうするつもりだい?」

「え?」


 ヘイジュのミツヤへの唐突な問いかけは、ちょうどリフトに乗ってファルアリトの塗装をやっている時だった。機体の頭部に跨るヘイジュをミツヤは見上げた。


「昨日やっと目を覚ましてくれたけど、まさかいつまでもあんな目に合わせ続けるつもりじゃないだろうね」

「そりゃそうだけど……」


 ミツヤはペンキを塗る手を止め、死んだように眠るフアラの姿を思い出していた。そのフアラは今厨房でサナエたちと一緒に食事の用意をしている。

「そもそもなぜあんな状態に陥ってしまうのか、君は考えたことがあるかい?」

「いいや」

「システムの起動に人間の脳の限界以上の情報処理が必要だからだ。一時的に脳に及ぼされる過負荷によって、フアラは昏睡状態に陥る」

「頭を使い過ぎて倒れちゃうってこと?」

「簡単に言えばそうなるな。だが、そんなことを繰り返していては最終的にどうなるか、分からない君じゃあるまい?」

「フアラが目を覚まさなくなる?」

「その通りさ」

「……やっぱり、俺に力が足りないから」


 肩を落とすミツヤ。


「そうがっかりするんじゃあない、ミツヤ君。そもそもこの機体は戦闘用のSFではないからな」

「目的が他にあるのか?」

「そういうことだ。その目的というのはだな……」

「それ以上、喋らないで」


 ミツヤとヘイジュの間に飛び込んでくる恐ろしく冷えた声。見れば、フアラがミツヤ達を見上げていた。


「フアラ、どうしたの」

「その男の言うことを聞いちゃダメ、ミツヤ」

「フアラさん、謎の多い女に惹かれる男がいるのも確かだけど、それ以上に信頼ってヤツも大事なんじゃないのかい?」

「あなた、何者なの?」


 ヘイジュへ向けられるフアラの声は鋭い。


「大方予想は付いているんだろう? 僕だってこんなところでコスモ原理主義でもネスト大連合でもない宇宙の人間と出会うなんて思いもしなかったさ。アスの人間の手を借りようという君の発想は正しいが、せめて君の目的くらいは教えてやればいいじゃないか」

「ちょっと待ってくれよ、フアラは記憶を失って……」

「ミツヤは宇宙へは連れて行かない」


 ミツヤの声を遮るように言葉を重ねるフアラ。


「あの戦争の犠牲は私だけで良いもの」

「犠牲? フアラ、何の話だよ……」

「それも一つの選択肢だが、本当にミツヤ君を大切に思うのなら、彼の気持ちにも気づいてやれ」

「…………」


 目つきを鋭くさせたままフアラは黙ってしまう。それを見てヘイジュはため息をついた。


「まあいいさ。ミツヤ君、後で僕の部屋へ来るといい。男同士の話をしよう」


 と、そこへサナエが入って来た。


「夕飯の用意が出来たよ。大分仕上がったんだろ? 食事にしたらどうだい」

「というわけだ。頂こうじゃないかミツヤ君、それにフアラさん」


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