第18話 ネオアトの逃亡者

 次の朝、五人はフアラの看病をするハナエとサナエ、そして買い物をしに街へ行くウワナとミツヤに分かれて行動することにした。


「それじゃ、俺たち行って来るから」

「フアラのこと頼んだよ、ハナエさんにサナエさん」

「任せるッス。そっちこそ、ネオアトに見つからないように気を付けるッスよ」

「ま、ミツヤがヘマしなきゃ大丈夫だろうよ」

「なにをーっ!」

「冗談だっつーの。いちいち真に受けてんじゃねえ。そんじゃま、行くとしようぜミツヤ」


 ウワナはハナエとサナエに背中を向けたまま手を振り街へと歩き始めた。ミツヤも慌ててそれを追いかける。


「で、立ち直ったのかよ、お前」

「こっちの気が滅入っちゃうからね、ずっとああしていたら。別に俺が傍にいたからってフアラが目を覚ますのが早くなるわけじゃないもんな」


 それを聞いたウワナはミツヤの背中を叩いた。


「へへ。まあ、考えすぎずに行こうぜ、兄弟。今俺たちがすべきことは食料の買い出し、それに限る」


 二人がそうやって街の方へと消えたのを見届けたハナエが呟く。


「……さて、ウチらも仕事に取り掛かるッスかね」

「そうだね。せめて問題なく動くくらいには修理しときたいもんだ」


 ハナエとサナエはそんなことを話しながら振り返り、ボロボロになって佇むラガタンとファルアリトの方へと歩き出した。



 サドセの街は、リーアほどではないにせよ、それなりの規模の市場を持っている。だが、サドセの街が他の街と違うのは、その性質だ。かつて百年前は惑星アスの中心地であったこの街には、ネオアトの介入も跳ねのけるほどの自治がある。しかし、それだけに怪しげな企業や犯罪者の温床になっているのもまた事実だ。


 そんな街にお尋ね者であるミツヤ達が辿り着いたのは幸運だったかもしれない。しかし、何事にも例外があるということを忘れてはいけない。


「うーん、もう少し安くしてもらわなきゃ買わないぜ」

「仕方ない、じゃあこのくらいでどうだ」

「分かった。その金額でいこう」


 ウワナは露店の店主に紙幣を手渡し、袋詰めになった缶詰を受け取った。そしてそのまま店を去ろうとした瞬間、


「こいつもおまけで貰っといてやる」


 と、店先に吊り下げられていた魚の干物を素早く掴むと、そのまま走り出そうとした。


「ちょっと、お客さん!」


 店主は立ち上がりウワナの襟を掴もうとしたが、ウワナは機敏にそれを躱し人ごみの中に駆け込む。


 大事な商品を盗まれた店主は一つため息をつくと、


「お前たち、少し痛めつけてやれ」


 店主の呼びかけに答えるように露店の後ろから現れる人影。大柄な店主よりもさらに一回り大きく、筋骨隆々である。それがウワナを追って人ごみに紛れていった。



 街の入り口のところでウワナと別れたミツヤは、市場の中でもジャンク屋が集まっているような通りを歩いていた。


 彼はファルアリトやラガタンの修理に使えそうなものはないかと見て回っていたのだが、手に入ったのは少しのコーティング剤だけで、他はろくなものが無かった。


「兄ちゃん、安くしとくよ」


 いかにもくたびれた風な男が、通りを歩くミツヤに声をかける。


「安くしとくったって、大したもん置いてないじゃん」


 ミツヤが店の軒先に並べられた商品を眺めて言うと、店主は顔をしかめた。


「最近は回収屋から商品が回って来なくてよ。どうやらネオアトの検閲を受けてるらしいんだが」

「ネオアトの?」

「なんでも空から降って来た鉄くずから危険な成分が見つかったんだとよ。お陰で俺たちジャンク屋も商売にならないんだ」

「ふうん、そうなんだな」


 店主に曖昧に答えながら、ミツヤは、もしかしてフアラのような人が降って来たんじゃないかと考えていた。エモトの言うことが本当なら、空から鉄くずが降って来るのは空の向こうでやってる戦争が原因だし、自分たちでさえこんなにしつこく追われているのだから、もしファルアリトのように鉄くずにならずに地上に辿り着くSFが増えたのならそれだけ生きて地上に辿り着く人も増えることになる。それを回収屋に触らせないようにネオアトがデマを流してるって考えれば辻褄も合う。我ながら頭のいい考えだ、とミツヤは思った。


「で、兄ちゃん、何か買ってくれるかい?」

「残念、もう持ち合わせがないんだ」


 ミツヤは男に背を向け、店から離れようとした。その時だった。


「うおぉーい! ミツヤあ!」


 人ごみを押しのけながら必死の形相で駆けて来る男が一人。ウワナだ。


「ウワナ? 何を……」

「つべこべ言ってる暇はねえ! とっととずらかるぞ!」


 ようやくミツヤはウワナを追う二人の大柄な男たちに気が付いた。このままでは捕まってしまうと、ウワナと並んで走り出すミツヤ。


「あの男たち、なんなんだよ!」

「ちょっと食い物貰っただけなのに、大げさに騒がれてんだよ」

「貰ったって?」

「くすねたという言い方も出来るけど」

「はあ?」

「食わなきゃ死ぬだろうが。 ちょっとくらい貰ったってバチは当たらねえよ」

「あんな男に捕まっちゃどのみち殺されるよ!」

「ったく、うるせえなあ……おっと、こっちだ!」


 ウワナはミツヤの腕を引くと、路地裏の物陰に飛び込んだ。後ろから追ってきた男たちはミツヤ達の隠れた物陰の前で立ち止まると、きょろきょろと辺りを見回し、そしてまた違う方へ走っていった。


「ふう、撒いたようだな」


 ウワナが物陰から顔を出し、辺りを窺う。それに続いてミツヤも顔を出した。


「あのさ、物陰に隠れてやり過ごすのは男らしいやり方なの?」

「仕方ねえじゃねえか。俺だって隠れたくて隠れたわけじゃねえ」

「余計なことするからこんなことになるんだよ」

「な、何を! このガキ!」

「まあまあ二人とも、ケンカなんかしなさんなよ」


 突然間に割って入った見知らぬ声に、臨戦態勢に入っていた二人は同時に振り返った。薄暗い路地のさらに奥、そこには薄汚れた作業着を着た男がうずくまっていた。


「ああ? 誰だよおっさん」

「しっ。静かにしてくれ。追われてるんだ」

「追われてる? 誰にだよ」

「ネオアトさ」

「ネオアトだって?」

「おい貴様たち、そこで何をしている」


 威圧的な声に振り向くと、ネオアトの兵士だった。ライフル銃を両手で抱えている。


「いやあ、別に何も」


 咄嗟にミツヤが言うとウワナもそれに合わせるように、


「ちょっと小銭を落としちまいましてね。へへへ」


 幸運にもこの時、ミツヤとウワナの陰になって作業着の男はネオアトの兵士からは見えていなかった。


「困っているのなら手伝ってやろう。どれ」

「いえいえ結構、お手を煩わせるまでもありません」


 ミツヤが兵士を押しとどめ、そのまま路地裏から離れるよう促す。


「む、そうか。今後は怪しまれるようなことはしない方がいいぞ」


 怪訝な顔をしながらも、銃を抱えた兵士はその場を去っていった。


「……ちっ、なんで俺があんな奴にぺこぺこしなきゃなんねえんだよ!」


 不機嫌そうに地面を蹴るウワナ。


「俺たちだってネオアトに追われてるんだ。気づかれなかっただけ良かったじゃん、ウワナ」

「そりゃそうかもしれねえけどよ」

「すまないね君たち。助かったよ」


 暗がりから出て来た男は、無精髭を生やしていた。


「あんた一体何者だよ。なんでネオアトに追われてた?」

「僕は修理屋だ。名前をヘイジュという。宇宙側の技術に詳しいのが売りなんだが……」

「宇宙って?」

「ん、ああ、空の向こうのことさ」

「へえ、そうなんだ。……ああ、そうだったね」


 納得したように頷くミツヤ。そう言えばフアラも同じ言葉を言っていたと思いだす。


「で、僕はその技術を作業用のマシンやらSFやらに応用してたんだが、それがネオアトの連中には気に入らなかったらしい。もう半年も逃亡生活さ」

「へえ、大変だな」

「そうさ。大変さ。ところで背の高い君。君の持ってるその魚、美味そうじゃないか」

「あん?」


 ウワナが眉を顰めた時にはヘイジュと名乗った男に干物を奪われていた。


「お、おいおっさん!」


 止めに入ろうとするウワナだったが時すでに遅く、ヘイジュは瞬く間に魚の干物を平らげた。


「いや美味かった。すまんね、もう三日も何も食ってなかったんだ。ここに居たのも腹が減って動けなかったからだし……」

「うるせえ! 男なら言い訳なんざしてんじゃねえ! てめえ、俺がどんな思いでそれを手に入れたと思ってやがる!」


 ウワナはヘイジュの襟首を掴み持ち上げる。


「ま、待て、落ち着いてくれ。すまないとは思っている」

「俺たちの飯がすまないですまされるもんかい!」

「ちょっと待ってウワナ」

「なんだミツヤ、てめえ、この怪しいおっさんの味方をするのかよ」

「そうじゃないけどさ、ここは取引ってやつだよ。なあおっさん。あんた、修理屋なんだよな」

「あ、ああ、そうだが」

「それじゃさ、俺たちのSFを修理してくれない? それでチャラにしといてやるよ」

「成程な、そいつはいい考えだぜミツヤ。おい、どうなんだ!」


 ヘイジュの体を揺さぶるウワナ。ヘイジュは悲鳴を上げながら、


「わ、分かった分かった。一食の恩は返させてもらうよ」


◇◇◇

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