第17話 明日に備えて眠っちまう


「……困ったッスねえ」


 傷だらけになったラガタンを眺めながら、ハナエは一人ため息をつく。


 ネオアトとの戦闘から数時間、ミツヤ達五人はなんとかサドセの街近郊の岩場まで辿り着いていた。日は沈み、辺りはすっかり暗くなっている。


「またネオアトに見つかったりしちゃ、今度こそおしまいだね」


 ハナエの後ろに立つサナエは、簡易テントの方を見ながら言った。フアラが眠っているテントだ。


「ミツヤ君、落ち込んでたッスね」

「大切な彼女があんなふうじゃ、落ち込みたくもなるさ」

「フアラに付きっきりなんスよね? いつ目を覚ますッスかねえ?」

「分からないよ。ミツヤが言うには一日二日らしいけど、どうだか。それに、フアラが目を覚ましても機体がこんなじゃ先にも進めないじゃないか」

「ここまでひどくやられちゃ、さすがのウチも手の施しようがないッスよ」

「サドセの街に修理してくれるような人間がいりゃあ良いけどね」

「おいおい、なに辛気臭えツラしてんだよ」


 二人が振り返れば、そこにはウワナが立っていた。


「ウワナ様……」


 サナエが呟くと、


「あの青い機体を空の向こうまで打ち上げられりゃこっちの勝ちなんだからよ、機体が動きさえすりゃいい。とにかく今はフアラが目を覚ますのを、腹ごしらえでもしながら待とうじゃねえか」

「でも、きっと追手はすぐに来るッスよ? 今日はあの青い光に助けられたッスけど、次はどうなるか分からないッス」


 そう言うハナエの顔には不安げな表情がありありと浮かんでいる。ウワナはそんなハナエの頭を片手でぽんぽん撫でながら、


「なあに、心配するこたあねえ。いざとなりゃ俺がなんとかするからよ」

「さすがウワナ様、何か作戦があるんだね?」

「いや、無い。全く無い。でもサナエ、そんな時こそ悩んでちゃいけねえ。今の俺たちに出来ることをするだけだ。結局それ以上のことなんて、出来やしねえんだ」

「今のあたしたちに出来ることかい?」

「それはな、明日に備えて眠っちまうことだよ」



 テントの中で横たわったままのフアラを前に、ミツヤは自分を責めていた。


 自分にもう少し技量があれば、フアラをこんな目に合わせなくても済んだのに。そんないでミツヤの頭の中はいっぱいだった。


 フアラは普段から白い顔をさらに青白くさせて、しかし落ち着いたように眠っている。


「ごめん、フアラ。俺のせいで……」


 もう何度目になるか分からない言葉を口にした時、テントの入り口が開けられた。ウワナだった。


「おいミツヤ、お前まだこんなとこにいやがったのか」

「ウワナ」

「いつまでそうするつもりなんだ。そろそろハナエかサナエと交代してお前も眠れ」

「フアラがこんなことになったのは、俺が弱いせいだから」

「だからなんだってんだよ。お前がそうしてりゃフアラは目を覚ますのか? 違うだろ」

「でも、俺のせいなんだ。フアラがあの青い光を使って、眠ったままになっちゃったのは」

「てめえ……」


 ウワナは自分に背を向けたまま目も合わせようとしないミツヤを引き起こし、無理やり自分の方を向かせた。


「なんだよ、乱暴だな」

「おめえの腐った根性、叩き直してやるよ」


 ウワナは引きつったような笑みを浮かべるとほぼ同時にミツヤの頬を殴った。衝撃でミツヤはテントの地面に叩きつけられる。


「な、なにすんだよ!」

「ちょっと痛い目に合わせてやんだよ。そしたらお前もフアラなんて気にしてる場合じゃなくなるだろ」

「はあ?」


 再びミツヤの襟首を掴もうとしたウワナの右手をすり抜け、ミツヤはテントから逃げ出そうとした。しかし背後からウワナに捕まえられる。


「逃げようったってそうはいかないぜ……! よく考えりゃ俺はお前に一度も勝ってねえんだ」

「今俺たちが喧嘩したって意味無いだろ!」

「意味? そんなものが必要かよ!」


 ぶん、と大振りになったウワナのパンチをミツヤは身を屈めて躱し、そのまま振り向き様にウワナの腹を蹴り飛ばした。が、ウワナは二三歩後ずさっただけで踏みとどまる。


「いい蹴りしてんじゃねえか、ええ?」


 頭の奥で火花が弾け、平衡感覚を失う。ウワナに殴られたのだ。


「痛いだろ!」

「当たり前じゃねえか……っ!」


 今度はミツヤがウワナを殴りつける番だった。ミツヤの右拳がウワナの顎に直撃する。足元がおぼつかなくなったのを見逃さず、ミツヤはウワナに体当たりし、その長身を倒した。そしてそのまま馬乗りになろうとしたミツヤだったが、そのせいで、それを待っていたように放たれたウワナの蹴りを鳩尾にまともに受けることになった。


「うぐっ」


 胃液が口の中に逆流する。そのまま尻餅をついたミツヤは、口から血を流して襲い掛かろうとするウワナを目の端に捉え、跳ねるように立ちあがった。その頭がちょうどウワナの顔面にぶつかる。


「このガキ!」


 頭突きを喰らった顔を押さえて怒鳴るウワナ。


「ガキと思ってるから!」


 ミツヤは今更自分が鼻血を流していることに気が付いた。気が付きながらも、ウワナのがら空きになったボディに蹴り込む。が、その前にウワナの左手がミツヤの襟首を掴み、投げていた。再び地面に叩きつけられるミツヤ。


「これが年上の意地ってやつよ!」

「舐めやがって、この!」



「……なんか、フアラのテントの方、騒がしいッスね?」

「ウワナ様がミツヤを呼んでくるって言ってそれっきりだけど……」

「まさか、面倒なことになってるんじゃないッスよね」

「そうだと良いけど……様子を見て来るかい?」


 二人はラガタンのチェックを止め、ウワナが向かったはずのテントの入り口を捲ってみた。するとそこには、静かに眠るフアラの横で取っ組み合ってもつれあうウワナとミツヤの姿があった。


「ちょっと二人とも、何やってんだい!」

「フアラが眠ってるんスよ!」


 ハナエはミツヤを、サナエはウワナをそれぞれ引きはがす。二人とも顔中が腫れていて、体のあちこちに痣が出来ていた。


「だってよ、こいつがいつまでも落ち込んでやがるからよ、ちょっと喝を入れてやろうとしただけなんだよ、俺は」

「イライラして俺を殴っただけじゃないのかよ」

「なんだとこのガキ、もう一戦やろうってのか!」

「望むところだ!」


 と、再び取っ組み合おうとした二人の脳天に、ハナエとサナエのそれぞれの拳骨が落ちる。ウワナとミツヤは同じように頭を押さえてうずくまった。


「と、とにかくこれで少しは頭が冷えただろうがよ、ミツヤ。いつまでも自分を責めてんじゃねえ。お前も俺たちも精一杯やって、その結果こうなっちまっただけだ。お前がいつまでもそんなだと、フアラだって目を覚ました時に嫌な気持ちになるだろ」

「ん……それは、確かに、そうかもしれないけど……」

「とにかく今日はもう寝ろ。ハナエ、サナエ、あとは任せる」


 そう言ってウワナはふらつく足取りでテントを出て行った。


「……さ、ミツヤ、手当てしてあげよう。こっちにおいで」

「ウワナがあんなふうなのに俺だけ手当てして貰っちゃ、カッコ悪いよ」


 ミツヤは救急箱を取り出したサナエの脇を潜り抜け、ウワナと同じようにふらつきながらテントを出て行った。


 その様子を見てハナエは、


「どうして男ってあんな風なんスかね?」

「仕方ないよ、性ってやつさ」


 サナエはフアラに毛布を掛けてやりながら、言った。フアラの瞳は固く閉ざされて、規則的に胸が上下しているほかは、何も動きはなかった。


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