第16話 沈黙の光
「っつーわけで、ウワナ様たちはそっちのテント、ウチらはこっちのテントを使うッス」
「ええ? 俺、こんなムサい兄ちゃんと同じテントかよ」
「ああ? てめえ、誰がムサいって?」
「ミツヤ、あんまりワガママ言うもんじゃないよ。とにかく男はあっちのテントだ」
しぶしぶサナエの指すテントへ入っていくミツヤ。先ほどまで灯っていたたき火の火も消え、辺りを照らすのは月明かりだけになっていた。
ネオアトの基地を脱出した五人は、ようやく止んだ追撃に一息つこうとするところだった。並べて停められたラガタンとファルアリトの傍らにテントが二つ立ててある。
「今日は大変だったなあ、ミツヤ」
「うん。ウワナがいなきゃ今もあの牢屋の中だったよ。ありがとう」
ミツヤはテントの中の寝袋にくるまりながら言った。
「とにかくお前らは俺たちが責任を持って北の遺跡まで送り届けてやる。安心しな」
「あのさ、ずっと訊きたかったんだけど、どうして北の遺跡を知ってるんだ?」
「昔、何か儲かりそうな物はねえかと思って潜ったことがある。その時にでけえ機械みたいなものを見つけたんだがな、どうも動かし方が分からなかったんだ。だからいつか鉄くずに換えて売ってやろうと思ってそのままにしておいたんだが……お前は北の遺跡のことをゼネビルのじじいに聞いたんだよな?」
「うん、そうだよ」
「遺跡で見つけたものは誰にも見つからないようにしてたつもりだったんだがな。あのじじい、侮れねえぜ。しかもそれを人にまで喋ってるなんてさ」
言いつつウワナも寝袋に入り、ミツヤの隣に並んだ。
「現在位置も大体分かったし、あとは北の遺跡にいくだけなんだけど」
「場所は俺たちが分かってる。今は安心して眠りな」
「うん」
ミツヤが返事をした時には、既にウワナはいびきをかいて眠り始めていた。
◇
「―――で、フアラはミツヤとどうなんスか?」
「ど、どうなのって?」
「どこまで行ったんスか?」
「どこまで……?」
テントの中、寝袋にくるまって並んで寝転がる三人。
フアラはハナエの質問の意図が理解できないという風に首を傾げる。その様子を見てサナエは、
「こら、やめないかハナエ。フアラが困ってるだろ」
「ご、ごめんッス。つい」
「分かったならいいんだ。それでフアラ、ミツヤのこと、どう思ってんだい」
「べ、別に私は何も」
「いい子だと思うッスよ。そうじゃなかったら空の向こうに連れて行ってあげるなんて言えないッス」
「それにミツヤは絶対あんたに惚れてるよ。目を見れば分かる」
「がーっといってばーっと押し倒すッス。既成事実さえ作ってしまえばこっちのもんッスよ」
「勢いだね。そう、勢いだよ、フアラ」
「……疲れたので、寝ます」
寝袋の中に顔を引っ込めるフアラを見て、サナエとハナエは顔を見合わせて意地悪な笑みを浮かべた。
◇
次の朝、五人は早速北の遺跡へと出発した。出発したのだが。
「……食料が全然足りねえ。そっちはどうだ、ミツヤ」
「こっちも、日用品なんかはトレーラーの方に積んでたから……」
「じゃ、まずは準備だな」
「でも早く行かないとネオアトの連中に」
「バカヤロー、ここからじゃどんなに急いだって一週間はかかる。向こうに着く前に俺たちが飢え死にしちまうよ」
という訳で、五人は最寄りの街へ寄ることになった。
戦車モードのラガタンの後を、ファルアリトが歩いていく。
「ねえフアラ、あのエモトって男に何もされてない?」
フアラは操縦席の後ろにしがみつくように立っていた。
「されてない。何も」
「そう。……あのさ、フアラ」
「どうしたの」
「まだ記憶は戻らないの?」
「どうして?」
「いや、前に俺にさ、空の向こうでは人同士が殺し合ってるって言ったのを覚えてる? エモトも似たようなことを言ってたし、もしかしてフアラ、記憶が戻り始めてるのかなって思って」
黙り込むフアラ。気まずい沈黙がコクピットの中を満たしていく。マズいと思ったミツヤは何か話題を変えようと口を開いた。
「そういやフアラ、食べ物では何が好きなの? 街へ着いたら買おうよ。ウワナ達がどれくらいお金を持ってるのかは知らないけど」
「……ミツヤの言う通り、私の記憶は戻りかけてる」
「え?」
「でも、私がなぜこの機体に乗っていたのか。どうして空の向こうへ帰らなきゃならないのか、それが思い出せない」
「フアラ……」
ミツヤがフアラの方へ顔を向けると、目が合った。フアラの吸い込まれるような瞳に、ミツヤは思わず瞬きした。
「ミツヤがいてくれて良かった。あなたがいなければ、私はあそこで死んでいたもの。こうして逃げることも、きっとできなかった。本当にありがとう」
「お礼を言われることでもないよ。お互い運が良かっただけさ」
少し照れてしまったミツヤは顔を再び正面に向け、先を行くラガタンに視線を戻した。
「ミツヤ、私の方を見て」
「何さ」
フアラは男を操る方法を知っていたのかもしれない。事実、不意に自分の唇を唇で塞がれたミツヤは、目の前の少女になら、何をされても何をしてあげてもいいという気持ちになったのだ。
唇が離れ、ミツヤの顔を押さえていたフアラの両手が離れる。
「な、な、なんだよ、急に」
現実に引き戻されたミツヤは動揺した。
「空の向こうに行くことが出来れば、私は私を知ることができるはず。絶対送り届けてね、ミツヤ」
「あ、当たり前だろ!」
その時、コクピット内に警告音が鳴り響いた。すぐ近くで着弾のものと思しき土煙が上がり、ファルアリトの機体が揺れる。浮いたフアラの体をミツヤは受け止め、自分の体に押し当てて固定した。
『しまった、追いつかれたか!』
無線越しにウワナの声が飛び込んでくる。周囲を見回したミツヤは、自分たちを囲うように展開する数機のSFを見つけた。ネオアトの機体、『シルモ』だ。
「どうする、逃げる?」
『あの金色の隊長機みたいな奴がいねえ。っつーことは、こいつらは恐らく分隊だ。ここで叩かなきゃ本隊を呼ばれる』
「それじゃ……」
『やるぞ、ミツヤ!』
先行するラガタンが人型に変形し、肩のキャノン砲を撃ち放った。不意を突かれた正面のシルモはその直撃を受けたがすぐに体勢を立て直し、腰の近接ナイフを抜きながらラガタンに襲い掛かった。近接戦闘では質量で劣るラガタンに勝ち目はない。ウワナはバルカンで威嚇射撃をしながら、ホバー走行をして敵から離れる。
一方ファルアリトのコクピット内では、再びロックオンされたことを知らせる警告音が鳴っていた。ミツヤは本能的にその音が示す意味を察し、機体に回避行動を取らせた。同時に右後方のシルモの放った弾丸がファルアリトを掠めていく。
「フアラ、しっかり掴まってて!」
「う、うん!」
ミツヤはフアラの体に力が入ったのを感じた。
ファルアリトに武器はない。だから、今のように長距離から攻撃されればやられっぱなしになってしまう。そう考えたミツヤは機体のバーニアを吹かし加速をかけ、自分を狙い撃ちにした一機のシルモに急接近した。
「くらえッ!」
スピードの乗ったファルアリトの右拳をまともに受けたシルモは、その衝撃を殺し切れずそのまま荒野に倒れ込んだ。が、その隙にファルアリトの背後に潜り込んだ別のシルモが大型ライフルを構える、
『抵抗はやめろ。投降するならば殺しはしない』
「……この距離じゃ、ライフルなんて使えないだろ!」
ミツヤが動く。上体を屈ませたファルアリトは膝の曲げ伸ばしで反動をつけ、急速に反転すると同時に自分にライフルを向けるシルモに突進した。それを見たシルモは手にしたライフルを放つ。弾丸がファルアリトのすぐ傍を掠めていき、コクピットが揺れた。敵が撃ってきたという事実にミツヤは恐怖したが、その時にはシルモが目の前にいた。
「撃って来るなよ!」
ミツヤの叫びは、敵への恐れの裏返しだ。ファルアリトのタックルがシルモにぶつかり、その手に握られたライフルを暴発させた。
「チャンス!」
飛び散った弾丸を装甲で弾きながらファルアリトはシルモを押し倒す。ライフルの爆発で右腕を失ったシルモは呆気なく倒れた。ミツヤはさらに追い打ちをかけようと操縦桿を握り直したが、右からの弾丸が直撃し、逆に体勢を崩された。
「ど、どこから!」
見れば、先ほど殴って倒したシルモである。その大型ライフルから放たれた弾丸が、次々にファルアリトに命中していく。
「く、くそッ!」
コクピットが揺れ、機体の制御が効かなくなる。モニターには回避運動を取るように促す警告が浮かんでいるが、今のミツヤにはフアラとシートにしがみついておくのが精いっぱいだった。
「……私に任せて、ミツヤ」
フアラが正面のモニターを睨む。
「任せってったって……」
言いつつ、ミツヤはあの青い光を思い出していた。敵の動きを止める、あの青い光だ。
案の定フアラはあの時と同じように両手を握り合わせ、祈るように目を閉じた。
「やめろフアラ、また前みたいになると、」
フアラが目を覚まさないかもしれないという恐怖を、ミツヤはもう味わいたくはなかった。しかしそんなミツヤの思いとは裏腹に、モニターにはあの時と同じ青い文字列が並び始めた。
「フアラ―――」
ファルアリトが蒼く発光する。光を浴びた機体が次々と動きを止めていく。ファルアリトを照準に捉えていたシルモが、ラガタンを組み伏せて一方的に打撃を加えていた機体が。
そして全ての機体が停止したとき、ミツヤの膝の上には意識を失ったフアラが倒れていた。
「ちッ!」
唯一機動するファルアリトは軋む機体を無理やり動かし、地面に倒れ込んだラガタンを救出した。そしてそのまま出せる限りの速度でその場を離れた。
『お、おい、ミツヤ、そっちで何をしたんだ! こいつはこの前の……』
何が起こったのか分からないというウワナの声。
「俺だって分からないよ! でもフアラが何かやったんだ」
そのせいで再び彼女は眠りについてしまった。前に同じような状況に陥った時のフアラの衰弱ぶりを考えれば、ファルアリトの青い光は相当にフアラを消耗させるものなのだということくらい、ミツヤには想像がついた。
「俺が弱いせいで……ごめん、フアラ」
自分に凭れるようにしたままぴくりともも動かないフアラに、ミツヤは呟いた。
◇◇◇
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