最終話「獣ふたり」

 アリメル湖近くに紙が落ちていた。微かな風が吹けば飛んでいきそうな薄い手紙。


 それを証明するように風が吹いた。空を揺蕩うそれを、アンジェは手を伸ばし掴んだ。差出人を確認する。ギルフォードからだった。


 あの復讐から半年が経っていた。中に入っている文章を確認する。


 ギルフォードは先週,、シルフィーと別れたらしい。彼女の浮気が原因、という理由で。それなりに一緒に暮らしたのは彼なりの優しさだろうか。

 臣下も国民も戸惑いを隠せず、シルフィーが主に糾弾された。一方でギルフォードの態度に関しても疑問視する声が上がっている。


 そして別れた翌日、シルフィーは国から出て行ったようだ。


「殺せばよかったのに」


 ボソッと呟きながら、ギルフォードらしいとも思う。

 二度も婚約者から裏切られた哀れな王子は、それなりに信頼を落としながらも毅然とした態度で生活を送っているらしい。

 アンジェに対する贖罪として自分の首を絞めているようだ。メンタルも度胸も強いのは立派だが、正直嬉しくもなんともない。


「駄目な男ね……本当」


 そういう変にカッコつけな部分が好きだったが。

 次に、アンジェの処理についてが書いてあった。アンジェは、ギルフォードとラスティの手によって討伐された、という話になっている。父が持つ瞳が証拠となった。


 その後、父とビルから話を聞き出し、アンジェがアリメル湖にいることを突き止めた彼は、湖を不可侵領域にした。


『自然保護の観点からここの地に人が踏み入れるのは厳禁とする。危険な魔物がいる場合だけ兵士を派遣する』 


 つまり、アンジェたちが問題を起こさなければ何者も立ち入れない、ということだ。

 なるほどと得心する。だからこの半年、平和だったのだ。これで絶対に安全ということではないが、それなりの平穏は約束されているだろう。


 そして最後にレイクアッド家について。

 父は功績が認められ爵位が回復し、母と、そしてビルたちと協力しながら信用を取り戻そうと努力している。

 

 娘を獣人に殺され、騙され、己の手で仇を取った立派な公爵、と世間では言われているらしい。賞賛されているようで何よりだ。


「そっか。そっかぁ……」


 憎い相手の顔には泥を塗った。迷惑をかけた者たちには何も償えてないかもしれないが、自分の復讐はこれで終わりだ。


 迷惑をかけ、馬鹿にし続けた者たちに頭を下げに行けばいいだろうか。

 いやそんなことをしても無意味だ。

 彼ら、彼女らは、アンジェが頭を下げることなど望んでない。


 なるべく不幸になっていることを望んている。

 知らずに死んでくれていることを、望んでいる。


 だから、これでいいのだ。二度と王都に行くこともない。アンジェはもう死んでいる人間だ。

 これからは。


「アンジェー!! アンジェ先生!」

「ん? どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ! さっさと今日の晩飯手に入れようぜ!」

「……釣りね。今日こそあなたより獲るわ。ゼクス」

「お、上等。魔法は無しだからな!」


 半獣の少年が釣り竿を突き出す。自分用に作ってくれた竿を手に取り、アンジェはフッと笑う。


「ゼクス」

「ん?」

「私、ここで一緒に過ごしてもいい?」

「……当たり前じゃん」

「嫌な女よ?」

「知ってる。だからだよ。せめて俺くらいは、哀れなあんたみたいな悪女受け入れてもいいだろ?」


 どうだ、と胸を張る。

 アンジェはゼクスを抱きしめた。


 さようなら、私の家族。私の愛した人。

 これからは、獣ふたりで生きてみます。


 心にそう誓いながら、アンジェは手に持った手紙を強く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狼と化した呪われし令嬢は、月下で復讐を果たす リンセ@サスペンスアクション執筆中 @RINSE_23

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ