登録していない番号からの電話

西しまこ

第1話

 最近目の調子が悪い。白内障だ。年をとるとあちこち悪いところが出てくるものだが、私の場合、目に来た。でも、他は特に悪いところもないから幸福な方だろう。


 しばらく雨が続いていたけれど、今日はいい天気だ。でも、こんな天気の日は眩しくて目を開けていられない。せっかくの天気なのに。こういう症状が白内障の症状らしい。光を過度に眩しく感じるなんて、まるで吸血鬼みたいだ。もっとも、光が眩しいだけではなくて、いろいろなものが見えづらいわけだが。それにそもそも、夜も見えづらい。吸血鬼ならば夜はよく見えるだろう。


 ……どこかでスマホが鳴っている。どこだろう。……あったあった。


 でも、電話に出る前に切れてしまった。どうもスマホは電話に出づらい。つるつるの画面のどこを触れば電話に出られるのかいまだによく分かっていない。ガラケーからスマホになってから、電話に出たり電話をかけたりすることが減ってしまったような気がする。同じようなことが文字のやりとりにも言える。私はLINEがよく分からなくて、結局使っていない。でも、これまでメールでやりとりしていた友達もみんなLINEを使うようになってしまって、なんとなく連絡が減ったと感じる。


 その友達も少しずつ減ってきている。まだ、毎年誰かが死ぬような年齢ではないけれど、それでも気づくと誰かが欠けていっている。そして、連絡帳も都度都度整理していっている。でもそれはなんだかとてつもなく寂しい行為だ。

 窓の外を見たら、あまりに眩しくて目を閉じた。やはり吸血鬼みたいだ。小さい頃、吸血鬼が怖くて、でも吸血鬼に憧れていた。咬まれて血を吸われると吸血鬼になってしまう、という設定がとても怖かったのと同時に吸血鬼はみな美しく悲哀があり気高く、そいういう部分に憧れていたのだ。寿命がとても長いことにも。


 大人になって、そうしてもう老人と言われる年代になって、寿命が長いというのはあまり嬉しいことではないなと思うようになった。吸血鬼のように、若く美しいまま年を重ねることが出来たらそれはいいのかもしれないが、私はそれでも、そんなに長くは生きなくてもいいかなと思う。別に死にたいわけではないが。


 妻が亡くなり娘にも先立たれ、それでも懸命にここまで生きてきた。わたしは白内障以外には病気はないが、妻も娘も重い病気を患った。私はそういうことをずっと消化出来ずにいる。どうして妻だったんだろう? どうして娘だったんだろう? お金も時間も湯水のように消えていった。それでもよかった。生きていてくれるのなら。妻が死んだ後、娘まで同じ病気になり、私は目の前が真っ暗になった。


 またスマホが鳴った。今度はうまく電話に出られるといいなと思う。

 もしかして、妻だといいな。もちろん娘でもいい。

 番号は登録していない番号だ。

「もしもし、あなた? 久しぶり。死んだって思ってた? ふふふ。違うのよ」

「もしもし、お父さん! あたしね、本当は結婚する相手がいたんだよ、知ってた?」

 知っていたよ。花嫁姿を楽しみにしていたんだ。

 眩しい光の中に妻とウエディング姿の娘が見えた気がした。

「もしもし?」




☆☆☆☆☆

「金色の鳩」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651418101263

「銀色の鳩 ――金色の鳩②」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651542989552

「イロハモミジ」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651245970163

「つるし雛」

https://kakuyomu.jp/works/16817330651824532590

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