第1話
どれほどの時が流れただろうか。彼はゆっくりと立ち上がり、宇宙船へと戻った。
そしていつものように機械を操作し、出発した。コックピットから見る広大な宇宙は果てを知らず、無限に続いていた。途中、すれ違う生命と認識できるものは皆無で、稀に人工物らしい残骸に出会う程度だった。
膨大な時間が流れて、船が途方もない距離を進んだ。それでも周りの景色は一切変わることがなかった。しかし、唐突に一つの星から、人口のもとと思しき光が届いた。船はその星に着陸した。
その光の正体は、それほど広くない星にぽつんと建てられた粗末な建物と、その手前に止められた数台の宇宙船だった。どうやら彼のような船乗りたちの為に開かれた休憩所のようだった。停泊している船の操縦者たちは、皆、窓にカーテンを下ろして眠っているのやら思索に耽っているのやら。
彼は建物の中に入った。そこは店のようになっていて、カウンターがあり、ロボットらしいバーテンダーが白いタオルでグラスや食器を拭いていた。私は一番隅のカウンターに腰かけた。
するとバーテンダーが彼の方を見て急になにか知らない言葉を発した。少し間をおいて、さらに聞き取れない言葉を何種類か立て続けに発したようだった。気に留めずにいると、少しの間をおいて今度ははっきりと、「ご注文はなにかございますか」と言葉を口にした。「何か飲み物を一つ」バーテンダーは迷いなく背後の棚から壜とグラスを用意すると、透き通った水色の液体を注ぎ、彼の席まで、なみなみと液体の入ったグラスをスライドさせた。それは寸分の狂いもなく彼の目の前で止まった。
それきりバーテンダーはグラスをタオルで拭いてばかりで、私のことなど見えていないかのようにふるまっていた。カウンターに座る彼は、しばらくグラスに注がれた奇妙な液体を眺めた後、一息に飲み干した。飲んだことのない飲み物だった。爽やかな甘さがあり、舌触りが良かった。
「あなたは新人類のような姿をしているのに彼らの言葉を解さないんですね」
バーテンダーはグラスにもう一杯注ぐ。
「旧人類の言葉なんて、いつぶりにしゃべったかな」
カウンターに座る男は頑なに押し黙ったままだった。
「その飲み物、飲んだことないですかね。なかなかいけるでしょう」
そういって先ほどの壜を取りあげて愛でるように見つめた。しばらくそうしたら、今度はもう一つグラスを用意して自分で飲み始めた。
二人の間に沈黙がおり、仄暗い照明が店内を冷たく照らしていた。時折壜が机に置かれる音や酒が注がれる音がやけに耳に強く届いた。その間、数人の来客があったものの、客は一人またひとりと去っていき、店内は店主と男の二人だけとなった。
「閉店時間は決めていないから好きなだけいるといいよ」
そんな言葉を残して、店主は店の奥へ消えた。
男はグラスに残った酒を呷ると、カウンターに小銭を置いて席を立った。
店を出ると、駐船場の灰色の砂利をゆっくりと踏みしめて辺りを散策した。カフェの近くには泉が湧きだしていて、畑が広がっていた。様々な植物や果物が栽培されており、よく整備されていた。男はこの星を逍遥した。黒い地面は踏みしめるたびにかたくなるようだった。まばらに雑草が生えている他にはめぼしいものはなかった。思いのほか広い星で、一回りして船のところに戻るには一時間ほどを要した。
男は船に乗り込み、着ていた外套を脱いで操縦席で少し目を閉じて静かに息を吐きだした。やがて心を決めたように操縦桿を握ると、小さな船は宇宙へ飛び出した。
宇宙の船乗り 鷹津楓 @thenieceoftime-33
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