第3話 シンデレラ、隣国に行く

 真っ青な怪鳥の上、シンデレラは振るい落されないように必死でしがみ付いていた。その横で、隣国の王は口を開いた。


「手荒な真似をしてすまなかったな」

「あ、えっと……」


 シンデレラは、王女の振りをしなければならないのを思い出した。


「へ、平気ですわ」


 普段よりちょっと高めの声で喋ってみた。

 隣国の王は、シンデレラの顔を見つめ、呟いた。


「……思ったより幼い。あいつと同じくらいか」

「何か言いました?」

「ひとり言だよ。お姫様のわりに肝が据わってるな。『白の魔女』の末裔だけある」


 一体何のことだ。と、シンデレラは思ったが、黙っていた。

 隣国の王はそれ以上何も言わなかった。シンデレラもぼろが出ないように口を開きたくなかったので、しばらく無言のまま空の旅が続いた。


「我が国が見えて来たぞ」


 十五分ほど経った頃、隣国の王は再び口を開いた。シンデレラは恐る恐る地上を見た。

 山脈が黒く聳えたつ。その山間に、点々と建物が見えた。街だ。深夜のためほとんどの家の灯りは消えている。

 真っ青な怪鳥は町の上を通り過ぎると、立派な城の広場に着陸した。気のせいか、辺りから甘ったるい香りがする。――舞踏会に参加する時に乗せられた、かぼちゃプリンのカップの馬車に似た香りだ。

 広場では多くの兵士と、召使が整列していた。


「おかえりなさいませ、国王」


 何度も練習したみたいに、みなが同時にそう言って敬礼する。

 隣国の王は怪鳥から降りると、「出迎えご苦労」と、短く部下を労った。そしてシンデレラに手を差し出し、怪鳥から降りるためのフォローをした。わりと紳士らしい。


「ありがとうございますわ」


 シンデレラは、王女っぽくお辞儀をする。

 隣国の王は怪鳥を撫でて労うと、懐から光る石を取り出して食わせた。怪鳥は美味そうに目を細めた。


「今日はもう遅い。城に部屋を用意してある。ゆっくりと休んでくれ」


 シンデレラは女性の召使達に囲われた。


「王女の世話はその者たちがしてくれる。困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」


 そう言い残し、隣国の王は立ち去った。


「こちらです」


 若い召使の女がシンデレラを城の中へと案内してくれた。

 城は厳めしい雰囲気で、要塞のような作りだった。前方の時代の隣国は海を挟んだ向こうの国とも戦闘をしていると聞いたことがあるし、内乱もよく起きていたそうだ。城も戦に特化した作りにしているのだろう。

 城の内部に入ると、甘ったる香りは強まった。思わず腹の虫が鳴った。そう言えば、バイト帰りからずっと何も食べてなかった。

 若い召使の女は、小さく笑った。


「失礼しました」

「……何か食べ物を貰えると嬉しいですわ」

「すぐ、軽食を用意させましょう。あと、お風呂と着替えもご用意できますが」


 ありがたい申し出だ。動きづらいロングドレスなど早く脱ぎ捨てたかったし、水浴びではなくお風呂などめったに入れるものではない。


「ぜひお願いしますわ!」

「では、入浴とお着替えのお手伝いをさせて頂きますね」

「お手伝いって……」

「お背中をお流ししたり、衣類の着脱のお手伝いです」


 裸を見られたら、王女でないのが一発でばれてしまう。そもそも風呂や着替えを手伝われるなんて普通に嫌だ。


「一人で大丈夫です!」

 若い女の召使は眉を寄せ、「せめてお風呂の間、入口で監視させてくださいね」と、言った。


 シンデレラは、これまで寝そべったこともないふかふかしたベッドに横たわりながら、にんまりと笑った。

 腹は満たされ、体は温まり、柔らかい寝床で眠れる。天国だ。攫われた時はどうなることかと思ったが、こんな暮らしを送れるなら、しばらく王女様ごっこをするのも悪くない。


「けど、偽物だってバレたら殺されるのか?」


 帰っても、待っているのは掛け持ちアルバイト生活かもしれない。それでも、死ぬよりはましだ。

 その時、ノックが響いた。あの召使だろうか。シンデレラは入口のドアを開いた。誰もいなかった。

「ん? 気のせい……っ!」

 誰かから羽交い絞めにされ、シンデレラは口を覆われた。女のわりに力が強く、暴れてみるが手はほどけない。


「これが隣国の王女? ふぅん、思ったよりちんちくりんね」


 背後で少女の声がした。


「ま、いいわ。ここで焼き殺すもの」


 彼女の指先に炎が灯った。はじめは小さな炎だったが、徐々に大きくなり、シンデレラは炎に包まれた。めちゃくちゃ熱い! せっかく着替えた服から焦げた臭いがする。このままでは美少年の丸焼きになってしまう。


――シンデレラ……。

 朦朧として来る意識の端で、懐かしい声を聞いた。母親の声だ。

――今から言うのは誰にも内緒の話しよ。あのね、実はお母さんは魔女なの。

 それはすっかりと忘れていた過去の出来事。

――だから貴方も魔法が使えるのよ?

――どんな魔法が使えるんだよ。

――それはね……。


 意識が遠ざかって行く。さっきまでの熱さをもう感じない。


「あたしの炎が消された?! それが『白の魔女』の力ってわけ?」


 羽交い絞めしていた少女の力が緩んだ。シンデレラは咄嗟にもがき、少女の腕から逃れた。

 その時少女の姿が見えた。銀髪をツインテールにした美少女だった。隣国の王に雰囲気んがそっくりだ。


「ふん。いくら魔力が強かったって、あたしはあんたなんか認めないんだからね!」


 少女はそう言い捨てて立ち去った。


「なんだったんだあの女」


 また『白の魔女』という単語が出て来た。それから母の言葉。一体どういうことだ?

 分からないことだらけだが、とにかく今日はもう疲れた。眠ろう。

 ベッドに横たわったところで、若い女の召使が水差しを持って現れた。


「まだ起きてらしたんですね……って、なんですかその恰好!」


 言われて、改めてシンデレラは己の格好を見た。高級そうなシルクのネグリジェが焦げてしまっている。


「実はさっき、女の子に襲われて」

「銀髪で、髪を二つに結んでいる方ですね」

「そ、そうですわ!」

「現国王の妹君のグレーテル様です」

「グレーテル……様」


 召使は大きなため息をついた。


「あの方は少し、国王に固執しておられまして……表向きは国王の后となる貴方の嫉妬したのでしょう」

「手から火が出ていましたわ」

「ええ、あの方と国王は『赤の魔女』の力を持っています。てっきり貴方様はご存じかと思っておりましたが……」

「もちろん知っておりましたわ! まさか義理の妹に焼き殺されそうになるとは思わず、気が動転しておりまして」


 しどろもどろになりながら、シンデレラは言い訳した。


「グレーテル様も普段はあんな方ではないのですが、国民が悪魔の呪いに苦しんでいるので余裕がなくなっているのです」


 悪魔の呪い? シンデレラは頭の中で半数した。魔女といい、さっきから物語の中みたいな話しばかり繰り広げられている。


「お着替えを用意しますので、今夜はお休みになって下さい」


 時計を見ると真夜中の三時だった。

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シンデレラ少年、悪魔の嫁にされかける(仮題) 桜野うさ @sakuranousa

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