第2話 いきなり王女と結婚なんて、何か裏がある

城の大広間では、王女が壇上の上でにこやかに参加者をねぎらっていた。


「みんなぁ! 今日は私の生誕祭に来てくれてありがとーー!」


 王女の長く伸ばされた黒髪はよく手入れされていて、一切の傷みがない。肌は雪の様に白く、瞳は綺麗な赤だった。白を基調としたドレスがよく似合っている。


「こんなにもたくさんの国民に来ていただき、嬉しくて泣いちゃいそうです」


 舞踏会の参加者は、ほとんどが大広場に散らばって食べ物やダンスやカジノを楽しんでいたが、一部は壇上の前に押し寄せていた。彼らはみな、手に真っ白なペンライトを持っている。そこだけ異様な熱気に包まれていた。


「王女たん可愛い! 泣いて!」

「バーンして!」

「一生見てたい!」

「なでなでしたい!」

「クーデターしたーい!」


 最後の発言をした者は衛兵に連れて行かれた。


「言葉のあやなんですー!」


 などと弁明していたが手遅れだ。

 アナトールも最前列でペンライトを振っていた。その隣でシンデレラの父親は、タッパーを手にため息をついた。


「やっぱりシンデレラも連れて来てあげたかったなぁ」

「親父、何かを成し遂げるには犠牲は付き物だ」

「もー、アナトールのせいでしょー!」


 その後もしばらく王女が壇上で喋り、アナトールは夢中になっていた。


「せめて美味しいご飯を持って帰ってあげるね、シンデレラ」


 父親はそっと人垣から離れると、シンデレラのために料理を探し始めた。


「えーっと、肉、肉、肉、高そうなの、お野菜も入れないとね。成長期だし!」


 せっせとタッパーに料理を詰めて行く。


「それでは、引き続きパーティーをお楽しみ下さい」


 王女は締めの言葉を紡ぎ、一礼した後、お連れの男性と共に帰って行った。


「ああ! 待ってくれ王女タン!」


 アナトールは王女を追いかけた。


「うぇっ?! どこに行くのアナトール! ちょ、ちょっと! 父さんを置いてかないでよ~」


 父親は半泣きになりながら、慌てて息子を追いかけた。



 王女の自室。


「ふぅ……」


 王女は椅子に深く腰掛け、眉間に皺を寄せた。


「ついに約束の日が来たわね」


 壇上にいた時とは打って変わって、王女は神妙な声で御付きの男性に言った。


「舞踏会の参加者も魔女のめがねに敵わなかった。リミットは12時の鐘が鳴り終わるまで…もう15分もないじゃない」


「諦めてはなりません。魔女は独自に貴方の婚約者を探しております。あやつはふざけておりますが、実力は確かです」


 御付きの男性――エミールは窓からバルコニーを見やった。そしてニヤリと、笑みを浮かべる。


「どうやら見つけたようだな」


 エミールは、ばーんと窓を開け放った。

 窓から部屋につっ込んで来たのは、箒にまたがった魔女だった。


「お急ぎ便で婚約者持って来たぞ~~」


 魔女は手に持った何かを雑な感じで王女に放り投げた。何か――シンデレラは、床に叩きつけられ、短い悲鳴を上げた。


「ひとをゴミのように!」

「王女の部屋はクッションが敷いてあるから、大して痛くないニャ~」

「は? 王女って…」


 シンデレラは顔を上げ、きょとんとしている女性を見て、再び短い悲鳴を上げた。シンデレラはろくに勉強をして来なかったが、流石に自国の王女の顔は知っている。


「ほ、本物だ!」


 シンデレラは絶句した。が、王女も彼を見て不思議そうな顔をしていた。


「その子が私の婚約者…? って、女の子じゃないの。流行の百合ってやつ?」


 王女に言われ、シンデレラは改めて自分の格好を見た。光沢のある淡い水色のひらひらロングドレスだ。ふんわりとしたスカートには女の子の夢が詰まっていそうだが、あいにく自分は男である。


「なんじゃこの格好は!」

「あ、なんか服のチョイスをミスってたニャ~。シンデレラといえばこれかなって思い込んじゃってたザウルス」


 魔女はてへぺろこつーんとした。まったく悪びれた様子はなかった。


「こんなキモい格好嫌すぎる…」

「てかシンデレラも自分で着替えたんだから気づこうよ」

「それはそうだな。俺も気が動転してたわ」


 エミールはつかつかとシンデレラの前に歩み出た。


「ようこそ、城へ。わたくしはエミールだ」

「俺はシンデレラだ。ある仕事引き受けたら大金が貰えるって聞いたんだが……」


 エミールはいきなりシンデレラの手を握った。


「突然だが、頼む! 結婚してくれ!」


 中年男性からいきなりプロポーズされ、シンデレラはドン引きした。


「今はこんな格好してるけど、俺にそんな趣味は無いっていうか」

「いや違う! 君に結婚して貰いたいのは王女様だ」

「王女様と?! いくらなんでも無理だろ、貧乏アルバイターと一国の王女様じゃ釣り合わねぇよ」

「君を選んだのは魔女だ。気にするな」


 エミールはシンデレラの肩をポンと叩いた。


「二人の結婚式は明日にでも挙げるとして、早速隣国に伝令を送るぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ返事してねぇのにそんな」

「一介の市民が王女様と結婚できるんだぞ。断る理由がどこにある」

「けど会ったばっかだし…」

「王女様ほど美しい女性はそういまい。それに一生遊んで暮らせる金も用意する。またとないチャンスだろう? さぁ、今すぐに結婚すると言うんだ」


 これが本当ならば売春より家族の臓器売買よりずっと安全で楽して稼げる。このチャンスを逃す手はない。しかしこんな美味い話、裏があるに決まってる。


「王女様くらい美人なら結婚相手なんかいくらでもいるはずだろ。何でそんなに結婚を焦ってるんだ?」


 エミールと王女は顔を見合わせた。


「事情を説明してあげましょう」


 王女は静かな声でそう言った。


「今から言うことは国家機密だ。他言無用でお願いする」


 エミールの真剣な様子に、シンデレラはごくりと唾を飲み込んだ。


「……三日前、隣国から宣戦布告されたのだ。和平の条件は王女を国王の花嫁として差し出すこと。王女を隣国へ嫁がせるのを回避するために、先に結婚させることにしたのだ」


「予想以上に重い事情だった!」


 隣国といえば、前王を殺して国王にのし上がった男が治める国である。前王時代の隣国は貧しく、国民は過酷な生活を強いられていたらしい。だが今の王になってからは安定した生活が送れているそうだ。

 その働きぶりとイケメンぶり、木こりの息子から国王に出世したというドラマ性から、隣国の王は国内外でかなりの人気を誇っていた。――というのが、近所のおばちゃん情報だ。

 隣国の国王はおばちゃんのファンも多く、この国でもこっそりとグッズが流通している。シンデレラにこの話を教えてくれたおばちゃんたちは国王うちわを持っていた。


「そういう理由なら隣国の王と結婚した方がいいんじゃねーの? 戦争とか嫌だし。それに隣国の王っていい男だって話だし、王族同士なら立場的にもつり合い取れてるし、王女様的にも悪くねぇ話だと思うが……」


 王女は真っ赤な瞳でシンデレラを見つめた。


「……あの男は、別の者と私を結婚させるつもりなのです」

「それって誰だよ」


 何か言いかけた王女の声は、男の声によりかき消された。


「ここにいたのか王女タン!」


 王女の自室の入り口から入って来たのは、アナトールだった。


「何やつ!」


 エミールは腰に刺した護身用の剣に手をやった。


「やっと追いついたよぉ……もう、アナトールったらいきなりどっか行っちゃうんだからぁ!」


 シンデレラの父親も部屋に入って来た。料理のたっぷり詰め込まれたタッパーも持ったままだ。


「仲間を連れて来るとは、不審者め……!」


 エミールは剣を抜いた。


「不審者じゃなくて、俺の兄貴と父親だ」


 気まずそうにシンデレラは答えた。


「シンデレラ! 何でこんなところにいるの?!……って、何その格好!」


 普段と違う華やかな服装の息子を目にし、父親は目を丸くした。


「弟がソッチの道に行ってしまうとは。まぁ、俺も親父もその辺り寛容だから、存分に己を解放するでござる」

「誤解だ! この服は手違いで、俺がここにいるのは……」


 王女は「私から説明します」と、言って、弁明しようとするシンデレラを遮った。

 ひとしきり説明を聞いた父親とアナトールは、納得するどころかさらに驚いた様子を見せた。


「ええっ! シンデレラ、王女様と結婚するの?!」

「みんなのアイドル王女タンが弟の嫁になってしまうとは……しかし、すると王女タンは俺の妹に?! ふむ、それはそれでありでござるな!」

「勝手に話を進めるなよ! この縁談、絶対に何か裏があるぜ。王女様、さっき言いかけた話の続きを聞かせてくれよ」

「わかりました。……と言いたいところですが、遅かったようですね」


 王女がそう言い終わるか終わらないかのところで、城の鐘が鳴った。12時を告げる音だった。

 その瞬間、窓から突風が入って来た。王女の自室に居た者たちは飛ばされそうになる。

 シンデレラは窓の外を見た。ただの風ではない。雪のように真っ白な羽根を持つ怪鳥が起こした羽ばたきだ。怪鳥の上に、体格のいい銀髪の男が乗っていた。男は高級そうな衣服を身につけている。真っ白なマントが風にはためいていた。

 怪鳥はバルコニーに男を降ろした。男は片目だけが王女と同じくルビーのように真っ赤な色をしていた。もう片方の瞳は琥珀色をしている。絵画から飛び出してきたような美男子だった。


「王女よ、約束通りお前貰いに来た」


 男はただ者ではない風格を身に纏っていた。おそらく彼が隣国の王だろう。


「私と共に来るのだ」


 隣国の王はそう言って、シンデレラの手を引いた。


「へ?」


 驚きのあまり無抵抗だったシンデレラは、いともたやすく横抱きにされた。お姫様抱っこである。隣国の王はそのまま怪鳥に乗ると、シンデレラを連れて行った。

 シンデレラの父親は、息子の名前を何度も叫んだが、すでに空の彼方へ消えた後だった。


「今のって隣国の王だよね? シンデレラを王女様と間違えたってこと?」

「あ、恐らくそうだろうな」


 エミールは重々しい口調で言った。


「うわーんどうしよー! シンデレラが王女様じゃないってわかったら、殺されちゃうかも……」

「安心して欲しいニャ! シンデレラには私の守護魔法と特別魔法をたっぷりかけておいたのだ☆」


 魔女はマジカルステッキをくりんと回し、ウィンクをして見せた。


「準備がいいな、サマンサ」


 エミールは魔女を褒めた。


「シンデレラを婚約者と紹介したら、隣国の王が危害を加える可能性は十分にあったからね」

「隣国の王はどうして王女様に固執しているんだろ……」


 シンデレラの父親は首をひねった。


「王女タンがきゃわわだからだ」

「綺麗な女性は他にもいっぱいいるよ。僕の奥さんとか」

「私の能力が関係しているのです」


 王女は答えた。


「王女、それ以上は一市民に話していい内容ではありませんよ」


 エミールは諫めだが、王女は首を横に振った。


「ここまで見られた以上、もう秘密にはできないでしょう。それに彼らは家族を連れ去られました。何も知らせずに帰すことなんてできません。私はこの国の王女ですから」


 エミールは黙りこくった。それを合図に、王女は静かに語り始めた。


「遥か昔、この地には悪魔が蔓延っていました。悪魔は人間たちを殺戮し、彼らが手にしているわずかな物をすべて略奪して行きました」

「ああ、それって神話だよね?」

「親父、ギャンブルにしか興味が無いと思っていたが、意外と教養があったんだな」

「……いや、その、神話を題材にした賭けTRPGにはまっていたことがあってね、その時知ったんだよ」

「やっぱりそういうあれでござるか……」

「話を続けてもいいでしょうか」


 王女に言われ、シンデレラの父親とアナトールは「どうぞどうぞ」と譲った。


「民には神話として伝わってますが、これは実際に起きた歴史です」

「じ、じゃあ……どうして今は悪魔がいないんですか?」


 シンデレラの父親は、冷や汗を浮かべながら尋ねた。


「悪魔の封印に成功したからですよ」


 王女の赤い瞳が、シャンデリアを反射してきらりと輝いた。


「私たち人間は、一方的にやれらるだけでは終わりませんでした。非力な人間の中から、魔力を持つもの……魔女が生まれたのです」


 サマンサはピースサインを決めて自己アピールをした。


「魔女は下級の悪魔たちを殺し、殺しきれない上級の悪魔たちは、すべてある無人島に封印しました。おかげで、世界に平和が訪れました。私たち王族は、強力な封印の力を持った『深紅の魔女』の末裔。そして、最も『深紅の魔女』の力を受け継いだ私を、悪魔の花嫁にするためにあの男はやって来たのです」


 王女は真っ赤な瞳を窓の外に向けた。


「でも、さっき悪魔は封印されたって……」


 シンデレラの父親は、疑問を口にした。


「封印は永遠には持ちません。十年前と同じように、綻びができてしまったのです。そして、無人島に近い隣国は悪魔たちの被害を受けている。……隣国の王は、私を悪魔に花嫁として捧げれば国を助けるとでも言われたのでしょうね」


 思ったより壮大な話だった……とばかりに、シンデレラの父親とアナトールは黙りこくった。


「悪魔の花嫁にされると、意のままに操られてしまうのです。つまり王女の持つ封印解除の力が利用され、悪魔が完全復活してしまうということです」


 エミールは王女の説明を引き継いだ。


「僕の息子がとんでもないことに巻き込まれちゃった……」

「王女が悪魔の手に落ちれば、お前の息子どころか全人類がとんでもないことに巻き込まれるのだ」


 エミールは慰めのつもりでシンデレラの父親に声をかけた。


「そ・れ・に、あの思春期ボーイは人類の希望になるかもしれないニャ」

「どういうことだ」


 アナトールは魔女の言葉に訝し気な視線を向けた。


「彼にはピンと来ちゃったのだ!」


 魔女は意味深に言ってのけた。

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