シンデレラ少年、悪魔の嫁にされかける(仮題)
桜野うさ
第1話 ある日、バイト帰りにパーティーの招待状が
昔々あるところにシンデレラと言う美少年が住んでおりました。彼の家はド貧乏でしたが、雨にも負けず風にも負けず、毎日健気に働いておりました。
しかし働けど働けど暮らしは楽になりませんでした。いじわるな父親と兄のせいです。
これはそんな彼に玉の輿のチャンスが訪れた時のお話。
シンデレラは、掛け持ちしまくっているアルバイトをすべて終えて帰宅した。
「ふぅ。今日もよく働いたぜ」
シンデレラはお菓子でいっぱいの紙袋を家の床に置いた。仕事中に近所のおばちゃんたちがくれたものだ。シンデレラは見た目がよく、働き者だったので、近所のおばちゃんたちから可愛がられていた。
「まだ夜まで時間があるな。内職でもするかな」
そこへ父親が恐る恐る帰って来た。帰宅したばかりのシンデレラと鉢合わせ、気まずい顔をしていた。
「今日は仕事休みだったよな? どこ行ってたんだよ親父」
「えっ! べ、べべべ別に~? ちょっと散歩してただけ~」
しどろもどろになっている父親のズボンのポケットからはみ出た新聞を見つけ、シンデレラはそれを奪い取った。
「あっ……」
どう見ても競馬情報の載った記事に、赤いペンで二重丸やら三角やらの印が付けられていた。
「ご、ごめんなさーい。本当はお馬さんしか居ない動物園に行ってました~」
「……で?」
「持ってたお金全部使っちゃった☆」
「またかよ!」
「本当は増やすつもりだったんだよ~」
「死ね!」
シンデレラは父親を殴った。力の限り殴った。ちょっと血が出た。構わず馬乗りになり、ぼこぼこにした。過剰労働によりたまったストレスは、このようにDVでもして晴らすほかないのだ。
「助けてアナトールぅ。シンデレラが苛めるよぉ」
「うるせぇ! 灰になれくそ親父!」
父親に呼ばれ、奥の部屋からアナトールがのっそりと顔を出した。
「なんだ、騒がしいな」
アナトールはシンデレラの兄だ。
「あのね、そのね、お馬さんのところに行ったらシンデレラに死ねって言われたんだよう」
父親は中年男性にあるまじき幼女ぶりを発揮し、アナトールに泣きついた。
「また競馬に行ったのか。我が家は貧乏だと言うのにけしからん親父だ」
「言ってやれ言ってやれ」
「シンデレラ、お前もけしからんぞ」
「はぁ? 俺は悪くねぇだろ」
「お前の声のせいで王女たんの演説CDが聴こえなかっただろうがぁぁぁ!!」
わけのわからない理由でキレられ、シンデレラは目をしばたかせた。
「なにそれ。てかおうじょたん?」
「王女たんこと王女様は、我らが国民のアイドルじゃまいか!」
王女は美しいことで有名で、アイドル的な人気があるらしかった。シンデレラは毎日忙しい上に、こういう話に興味がないので詳しくは知らない。
「てかCDってなんだよ」
「王女たんの演説を録音したものだ。監視が厳しくてなかなか録音できんのだが、王女タンファンには猛者も多くてな。そいつらが録って来た物をオークションで入手したでござるの巻」
「……ほう、オークションねぇ」
「金さえ払えばどんな商品でも思いのままですぞ」
アナトールは自信満々に言ってのけた。
「ニートのてめーがどうやって金を用意したんだ?」
「アナトールは株やっててちゃんと稼いでるんだよ」
父親はアナトールの背後から援護射撃を放った。
「ふっふっふ。まぁ足らない分は生活費から賄ったので購入余裕でした」
「お前もか!」
シンデレラは兄を殴った。力の限り殴った。ちょっと血が出た。構わず馬乗りになり、ぼこぼこにした。過剰労働によりたまったストレスは、このようにDVでもして晴らすほかないのだ。
「お前らの生活費は、全部俺がバイトと内職で稼いでんだよ! 知ってる?」
「は、はいぃぃ!!」
「やめたげてよぉ、アナトールが可哀想じゃないかぁ」
「あんまりふざけてっとてめーらの臓器全部売んぞ」
ひとしきり暴れたシンデレラは、満足すると手を止めた。
「疲れたからもう寝る! 明日も朝からバイトなんだよ」
「あ、あの……晩御飯は?」
父親はおずおずと尋ねた。
「ねぇよ! てめーらのせいで食材買う金も残ってないっつーの!」
「腹が減ったでござる」
「王女様CDでも食っとけ!」
シンデレラはそう言い捨てると、梯子を使って屋根裏にある自室に向かった。
藁にぼろ布を被せただけの粗末なベッドの上でシンデレラは寝転がった。
「くっそー、あいつらマジ死ねよ。もしくは稼いで来いよ。あの浪費家コンビのせいで稼いでもキリがねぇ。楽して稼ぐ方法とかねぇかなー。てーとやっぱ売春?」
シンデレラはベッドから起き上がると、窓ガラスに自分の顔を写した。はちみつ色のふわふわの髪、ちょっぴりミステリアスな灰色の瞳、十四歳という年齢のためにまだ幼さは残っているが、これからが楽しみな美少年が写っていた。
「自分で言うのもなんだが俺って結構いけてるよな。旦那に放置されて寂しいマダムを大量に釣れるかも!」
喜んだものの、一瞬で虚しくなる。何でこんなことばっかり考えて日々を過ごさにゃなんねーんだ。ぶつくさ言いながら、シンデレラは再びベッドに寝転がった。
首からぶら下げているロケットペンダントの蓋を開け、中の写真を見つめた。写真に写っているのは、シンデレラによく似た美しい女性だった。
「どーしてあんなクソ駄目男二人残していっちまったんだよ……おふくろ」
切ない気持ちが込み上げて来る。
――ごめんね、シンデレラ。母さんはお勤めがあるから一緒にはいられないの。
十年前、母は言った。
――お勤めってなんだよ、俺たちと一緒に暮らすより大事なことなのか?
シンデレラの言葉に母は涙を浮かべると、彼を強く抱きしめた。
――貴方たちが平和に暮らすために、必要なことなの。お願い。わかって……
あんなことを言われてしまえば、それ以上何も言えなかった。
「やめやめ! 余計な事考えても腹減るだけしさっさ寝よーっと」
ペンダントを閉じ、目を瞑る。やがて眠気が襲って来た。
「シンデレラー」
か遠いところで父親が自分を呼ぶ声がする。うるさい。ゆっくりと寝かせてくれ。
「シーンーデーレーラー!」
梯子を登りながら、父親はさらに大きな声を出した。
「何だよ親父」
「こ、これ見てシンデレラ!」
父親は、シンデレラに向かって真っ白な封筒を振った。
「お城からパーティの招待状が届いたんだよ! 王女様の誕生日祝いに舞踏会を開く
んだって。これで豪華なご飯が食べられるね!」
「へー、王族やるじゃん」
感心するシンデレラに、アナトールが梯子の下から言う。
「しかし、舞踏会の招待状は二枚しかないでござる」
「何で? こういうパーティーは国民全員が参加権あったよな?」
「ふっ、ニートで引き篭もりの俺は、国民として認知されてないのさ」
「ネガティブ要素で威張るなよ。んじゃ兄貴は留守番な」
「いや、俺は行く。王女たんに会いたい」
「引き篭もってるお前が悪いんだろ!」
「やだやだやぁぁだぁぁ! 王女たんに会いたい会いたい会いたぁぁぁぁい!」
アナトールは年甲斐もなくごね捲った。ひと回り以上年の離れた兄貴のな醜態を見せられるのはたまったもんじゃない。
「二人で行ってきなよ。お父さんがお留守番してるから。パーティなんて絶対楽しいよ? すっごくすっごくワクワクするじゃない。ルーレットとかあるんだよ? 赤と黒の奴ね。あああ、大丈夫だよ、お城主宰のギャンブルは本当のお金を使わないからね。ね、ね、楽しそうでしょ?」
「親父…… 行きたそうだな。俺、人多いとこ苦手だしパーティとか別に良いよ。あ、そん代わり飯いっぱい持って帰って来てくれよな。台所の棚の三番目の引き出しにタッパー入ってるから。肉、とにかく肉持ってきて。後保存がききそうな奴と、高そうな奴な」
「任せろ。うちにあるタッパーを総動員させるでござる」
「もたもたしてたら飯無くなるかもしんねぇ! 早く行って来い!」
「お土産楽しみにしててね!」
二人は喜び勇んでお城のパーティーに向かった。
「パーティーか……」
そこには自分とは無縁のキラキラな世界が広がっていることだろう。
「ま、仕方ねぇな。今回は縁がなかったってことで」
明日に備え、二人が帰宅するまで少しでも寝ておこうと、シンデレラは再びベッドに横になった。
その時……。
「ついに見つけたわ! その顔にピーンと来ちゃった☆」
いきなり派手な格好の女のどアップが目の前に現れ、シンデレラは飛び起きた。女と額がぶつかった。ちょっと血が出た。
「いったぁ~い。もぉ、いきなりレディに頭突きをくらわすなんて、いきのいい男子なんだから!」
派手な格好の女は、ぶりっ子みたいな声で叫んだ。
女は魔法少女を彷彿とさせる格好だった。ピンク色でミニスカートのワンピースに、フリルがどっさりついている。手にはマジカルステッキっぽいものを持っていた。ただし着ている本人は少女ではない。恐らくシンデレラの倍以上お姉さんだ。
「コスプレイヤー?」
「違う違ぁう。私は本物の魔女なのだぁ」
「魔女とかいるわけねぇだろ」
「それが実在するのでしたぁ☆自分の知ってる狭い世界だけを真実と思っちゃ、だ・め・ニャ」
魔女は語尾が定まっていなかった。設定を固めて来ていないようだ。
「……で、魔女が俺にどんな用だよ」
「お城の舞踏会に招待に来たのでしたぁ☆」
ばちこーんと、魔女はウィンクを決めた。その途端、背後でお花の花火が上がった。この演出は魔法らしい。
「招待状は二枚しか届いてねぇし、俺は留守番だろ」
「特別ご招待枠だから、招待状は一切関係なし! 本当は舞踏会に行きたいんでしょ?」
そりゃ舞踏会には出たい。社交ダンスにも男女の出会いにも興味はないが、おいしいご飯を腹いっぱい食べられるのは魅力的だ。その場で腹いっぱい食べつつ、タッパーで持って帰って来れば二度おいしい。いや、ちまちま三日くらいかけて食べるので何度もおいしいのだ。
「まぁ、行けるなら行きたいけど……」
「だったら早く馬車に乗るザウルス☆」
「あんた怪しすぎ、ついていけるか」
「これを見ても同じことが言えるかニャ?」
自称魔女は、指をパチンと鳴らした。
空間の裂け目が開き、中から小袋が現れた。小袋はパッと見でも高そうなのがわかる作りだ。魔女はそれをシンデレラに手渡し、中を見るように促した。
「こ、これは……!」
小袋いっぱいに砂金が入っていた。シンデレラはかつて、砂金掘りのアルバイトもしていたので、見間違えるはずがなかった。
「ある用事を引き受けてくれるなら一生遊んで暮らせる金額を用意するとのお達しよん☆それは前金なのだぁ」
「これだけあれば、家族三人で二年は暮らせる…!」
肉も肉も肉も果物も食べ放題だ。いつもビラ配りのアルバイトをしているだけの高級レストランにもついに入れるかもしれない。想像するだけでよだれが垂れる。
「城まで来てくれたらそれはやるニャ。さぁどうする? 金に困ってるんだろ?」
魔女はシンデレラから小袋を取り返すと、小袋で彼の頬っぺたをぺちぺち叩いた。怪しい誘いだが、下手に売春をしたり父や兄の臓器を売るよりリスクが低そうだ。
「わかった、行ってやる。だが危険だと思ったらこの話から降りるからな」
「おっけーベイベー! さっそく馬車に乗って行くなのです~!」
魔女はシンデレラの部屋の窓を開けると、そこから飛び降りた。ここは二階だ。あわててシンデレラが窓の外を見ると、魔女は箒にまたがり空を飛んでいた。
「貴方も飛び降りるニャ」
「けど……」
「へいへいピッチャービビってる!」
「ビビッてねぇし!」
シンデレラはやけくそで飛び降りた。
魔女はシンデレラをキャッチすると、そのまま箒で地上まで飛び、地面にそっと降ろした。
「これが馬車なのだ!」
魔女は近くに止めてある乗り物を指して言った。確かに馬車っぽいが、ひとが乗る部分が円錐台になっていて珍妙な感じだ。しかも馬車といいながら、乗り物を引いているのはカピパラだった。
「え…こいつらが馬車をひくのか?」
「そうだっちゃ。カッピーとパラパラだよん♪仲良くしてやってね!」
カッピーとパラパラは魔女の声を無視し、地面の草を食んでいた。馬車を引かされるなど、文字通り、カピパラには荷が重そうである。
シンデレラは魔女に薦めらるまま馬車に乗った。
「うへぇ、椅子がなんかベタベタしてる…。しかもあまったるい匂いすんだけど」
「この馬車はー、さっき食べたカボチャプリンのカップ使って作ったのでしたぁ。つまりこれはエコカー。魔女はエコにも気を配ってるニャ」
「せめて馬車にリサイクルする前に洗っとけよ。いや、そもそもカピパラが引いてるなら馬車って呼んでいいのか?」
「細けぇこたあいいんだよ。さ、レッツラゴー!」
シンデレラが文句を言っている内に、馬車もといカピ車は進みだした。
「えっ、はやっ」
時速六十キロ出た。
「舞踏会に出るためのお衣装はそこに置いているのだ。さ、着替えるのだぁ」
「そういうのは魔法でシャララ~ンとやってくれないのか…」
「普通にできることに魔法を使いたくないニャ。エコなのニャ」
背景を派手に演出することには魔法を使うくせに、自分勝手な魔法使いだ。
「……あっち向いてろよ」
シンデレラは椅子から服を拾い上げ、照れくさそうに言った。
「お姉さんは餓鬼の裸に興味ないから気にしなくていいザウルス」
「俺が気になるっての!」
「思春期ボーイは手間がかかるっちゃね~。んじゃ、私は自前の箒で行くから」
魔女は馬車の扉を開け放つと、無駄に格好いいアクションで夜空に飛び出した。
「魔法で着替えさせた方が楽だったんじゃね?」
魔女の行動に首を傾げつつ、シンデレラは着替え始めた。
「うへぇ、服もなんかベタベタしてる…」
しかも、やはり甘ったるい匂いがした。
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