第5話 穏やかな日々とくるるの夢

 くるるの力強い発言を聞いて、やっとさきはいつもの笑顔を取り戻しました。雨はいつの間にか止んでおり、空には一番星が輝いています。涼しい風が部屋の中に入ってきました。

 若干の寒さを感じたさきが窓を閉めようとしたところで、彼がそれを止めます。


「今から行ってくるよ。だから窓はその後で閉めて」

「えっ、ここから飛び降りるの? 2階だよ?」

「問題ない!」


 くるるはすぐにジャンプをして、一瞬で窓の外に飛び出しました。驚いたさきが目で追うと、彼は普通に着地します。くるるは心配そうに見つめる彼女の方に一瞬だけ顔を向けると、改めて走り去っていきました。

 一連のアクションがほんの数秒で行われたため、さきは何が起こったのかすぐには理解が追いつきません。ただ、同じ宇宙猫の彼ならきっと何とかしてくれるに違いないと信じて、ゆっくりと窓を閉めたのでした。


 外に出たくるるはと言うと、その足で黄色猫を探し始めます。宇宙猫はテレパシーが使えるので、走りながら必死に呼びかけました。


「おーい! 近くにいるんだろー! お前は一体何がしたいんだー!」


 商店街、住宅街、公園、土手、海岸沿い、峠――仲間がいそうな場所を探しながら、くるるは街中を彷徨います。やがて、この熱意が届いたのか、お目当ての黄色猫がふらりと彼の前に現れました。


「何やってんだ。まぁこっちも呼び出す手間が省けたけど……」

「さきにつきまとうのは止めてくれ。気が滅入っていたぞ」

「ああ、あの地球人か。少し悪い事をしたかな」


 黄色猫は自分の行為がやりすぎていた事を少し反省します。2匹は歩調を合わせると、ちょうど近くにあった公園に向かいました。そこの無人のベンチに揃って飛び移ると、話を再開させます。

 田舎の静かな夜は、大事な話をするのにちょうどいい環境でした。黄色猫は月の光を浴びて静かに発光します。その体毛には蓄光機能もあるようでした。


「今宵はいい夜だな。月の光が綺麗だ」

「故郷を思い出すか?」

「ああ……」


 くるるに促されて、黄色猫は目を細めます。この猫の故郷もまた、自然が豊かな環境なのでしょう。舞鷹市は大気の状態が良くなくて星はそんなに多くは見られないものの、月はハッキリクッキリ美しい光を地上に降り注がせていました。

 幻想的な景色の中、黄色猫は隣に座る白黒ハチワレをじいっと力強く見つめます。


「なぁ、俺達の調査ももうすぐ終わる。お前も」

「お疲れさん。良かったな」

「早速はぐらかすなよ。お前、いつまでここにいる気だ?」


 どうやら、黄色猫はくるるを自分達の帰還便に誘っているようです。この星に骨を埋める覚悟の白黒ハチワレは、この誘いを秒で断りました。


「僕は帰らない。て言うか帰れないだろ? こんな汚染された身体じゃ……」

「その病気のワクチンはもう出来てるんだ。心配しなくていい」


 黄色猫の話によると、くるるが感染した病気は既に完璧に対策がなされたようです。流石は高度な宇宙の科学力ですね。これで彼が故郷に帰れない理由はなくなりました。それでもくるるは首を縦には振りません。

 最初の説得に失敗した黄色猫はガバリと起き上がり、くるるを見下ろしながら次の説得に入ります。


「この星はもうリセットが決まったんだぞ! このままじゃ」


 黄色猫は、宇宙連合が最終手段を決定していると言うとんでもない爆弾を投下しました。これが事実なら、地球に残るくるるも無事では済みません。黄色猫はこれで話を聞いてくれると思っていたのでしょう。その顔はドヤ顔中のドヤ顔でした。

 けれど、くるるの決意は変わりません。彼はにらみ返すように黄色猫を見つめます。


「まだ終わりじゃない。僕がこうして平和に暮らせているのがその証拠だ。地球人はまだ堕ちきってなんかない」

「……分かった。伝えておくよ。お前はそのためにここに残るんだな」


 宇宙連合が地球の生命リセットを決定しても、地球に宇宙猫が1匹でもいたら実行はされません。くるるがこの星に残るのは、地球人を守るためでもあったようです。

 実は、黄色猫はくるるを説得をするために調査員猫の代表でこの街にやってきていました。実際に会って話をしてみて、説得は無理だと理解した彼はまぶしく光る月を見上げます。


「お前の決意が実を結ぶといいな」

「有難う。君達の無事の帰還を祈ってるよ」

「俺もお前の幸せを祈ってるぜ」


 こうして、話を終えた2匹の宇宙猫は静かに別れました。闇に消えていく黄色猫をくるるは黙って見送ります。きっとあの猫はその足でこの星を去るのでしょう。黄色猫が見えなくなり、くるるは改めて月を見上げたのでした。


「こう言う時、地球の猫なら鳴き声を上げるのかな」


 月光を浴びて気持ちに整理をつけた白黒ハチワレも、さきの待つ家に戻ります。静かな夜は何事もなく平穏に更けていき、透明な風が街路樹を優しく揺らしました。

 家についたくるるは、玄関前でさきにテレパシーを飛ばします。それをキャッチした彼女はすぐに鍵を開けて愛猫を出迎えました。


「お帰り! もうちょっとで寝るとこだったよ」

「遅くなってごめん」

「早く入って。話は部屋でね」


 さきはくるるを抱き上げると、そのまま自室に戻ります。就寝時間だったので、2人は一緒にベッドに入りました。そこで、くるるは何があったかを話し始めます。


「あいつは僕を自分の帰還便に乗るよう誘って来たんだ。だから断ってきた」

「良かったの?」

「ああ、いいんだ。僕はこの星で暮らすって決めたから」


 くるるの言葉に安心したさきは深い眠りに落ちました。彼女の寝息を聞きながら、くるるもひとあくびをして眠りにつきます。いつもと変わらないような静かな夜は、この部屋を優しく抱きしめるようにゆっくりと時間を刻んでいくのでした。



 それからどれだけの時間が過ぎた事でしょう。相変わらずこの星は穏やかな日常を送り続けています。もちろん地域によっては紛争があったり、環境破壊があったり、動植物の数が減り続けていたりもしています。それに、決して全ての国が平和と言う訳ではありません。

 けれど、あの夜に黄色猫が警告した宇宙連合による地球の生命リセットはまだ実行されてはいません。今朝もさきは元気に学校に登校して、くるるは部屋の窓からそれを穏やかに見守っています。


 いつか地球人が宇宙の人々に同じ仲間として認められる時が来たら、メッセンジャーの宇宙猫が招待状を持って地球の偉い人の前に現れる事でしょう。そう言う日が来る事をくるるは夢見ています。

 穏やかな昼下がり、主のいないさきの部屋で彼は今日も昼寝を楽しむのでした。



(おしまい)

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そらねこ くるる にゃべ♪ @nyabech2016

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