第4話 謎の黄色い猫

「宇宙連合ではこれから地球をどのように扱うかを話し合っているんだ。その会議に必要なデータを僕達が集めているんだよ」

「もしかして、怖い事になっちゃう?」

「それは話し合いの結果次第だけど、多分大丈夫だよ」


 くるるは優しい言葉でさきを安心させます。話の続きですが、全ての宇宙猫にはテレパシー能力があり、人と共存しているのだとか。テレパシーで機械を動かす事も出来るため、地球には仲間の宇宙猫だけで宇宙船に乗ってやって来たのだそうです。

 ここまで熱心に聞いていたさきは、宇宙船のところで首を傾げました。


「宇宙船で来たの? でも今まで発見されてないよ」

「ああ、流れ星のいくつかは本当は宇宙船なんだ」

「えっ? そうだったんだ!」

「そもそも隕石に偽装しているし、大気圏突入中に見えない処理をするからね。だから気付かれる事はないんだ」


 同じ宇宙船で地球にやってきた宇宙猫は、くるるを含めて全10匹。一緒に来た仲間も調査を終えていて、彼を残して全員故郷に帰っています。昔の話をするくるるの顔はどこか寂しげでした。

 今にも涙を流しそうな白黒ハチワレを見て、さきはたずねます。


「くるるも帰りたいの?」

「いや、もう帰れないし……。それに、今はさきがいるからいいんだ」


 病気が治ったと言ってもそこは自己判断。正式な診断をしないと完治したかどうかは分かりません。それに、この病気にかかった事で体質が変わってしまい、地球でしか暮らせなくなってしまったのかも知れないのです。そのため、くくるは一生この星で暮らす覚悟をしていました。

 目の前の小さな猫の大きな決意を知ったさきは、くるるを力いっぱい抱きしめます。


「大丈夫だよ! 私がずっと一緒にいるからね! 絶対寂しくさせないから!」

「有難う、さき。やっぱり君は僕の天使だよ」


 こうして、さきは全ての事情を理解して、一層くるると仲良くなったのでした。



 それからは特に何がが起こる事もなく、平穏に時間は過ぎていきます。さきが飼い猫と会話が出来ると言う事を知っているのは友達のまゆだけだし、その彼女も秘密は絶対に喋りませんでした。さきはまゆにも宇宙猫の事は話していません。なので、くるるの秘密を知っているのはさきだけです。

 何も変わらない日々の中、時間はゆっくりと過ぎていきました。


 ある日、さきが学校から自室に戻ると、見慣れない黄色い猫が窓枠に座っていました。地球には様々な猫がいますが、全身黄色い体毛の猫なんて聞いた事がありません。突然見慣れない猫を目にした事で彼女は固まってしまいます。

 部屋の主が帰ってきた事に気付いた黄色猫もまた、すぐに窓から飛び降りてしまいました。


「ちょ、まっ」


 飛び降りた猫が気になったさきが窓から覗き込むと、走り去っていく姿が見えました。無事に着地して逃げていったようです。一連の騒動が終わった後、背後から声が聞こえてきました。


「お帰り、さき」

「あの猫っ」

「ああ、あいつも僕達の仲間なんだ」


 くるるいわく、あの猫も宇宙猫なのだそう。黄色い猫だと目立ってしまうと心配すると、普段は普通の猫のような毛の色になっていると言う説明を受けました。


「中にはいるんだよ。色を変えられる猫が」

「でも何しに来てたの? やっぱりくるる帰っちゃうの?」

「帰らないよ! ずっといるから!」


 くるるは、泣きそうな表情を浮かべるさきを強い言葉で安心させます。彼の事情を知ってからと言うもの、いつか帰る日が来るかも知れないとさきはずっと怯えていたのです。

 くくるが否定したので、さきは改めて彼の顔を見ました。


「じゃあ、なんであの猫はこの部屋に来たの?」

「元気にしているかの確認をしに来たんだ。この家で厄介になっている事を誰にも教えてなかったから」

「そっか。じゃあもうこれで来ないよね?」

「ああ、多分」


 少し歯切れの悪い返事でしたが、さきはその言葉を信じます。その後は特に何も起こらず、平穏に一日は過ぎていきました。


 翌日、朝学校に向かう時や下校時に、さきの視界の隅に黄色猫が映るようになります。真正面から堂々と現れるのではなく、まるで尾行する探偵のように建物や柱の陰に隠れてちょいちょい彼女を監視するように見ているのです。

 隠れるのがしっかり上手ければ、さきも気にしなかったのかも知れません。でも黄色猫は気配を消すのも物理的に隠れるのも中途半端だったのです。体毛が黄色いから余計に目立つと言うのもあるのでしょう。


 道を歩いていると確実につけて来るので、さきは段々イライラしてきました。そこで作戦を考えます。思いついたのは『だるまさんがころんだ作戦』でした。これは文字通り、道を歩いている途中でだるまさんが転んだをすると言うものです。


「だーるーまさんが~」


 相手が地球の猫なら、この時点でさきの作戦に気付いたかも知れません。けれど、相手は地球の事をよく知らない宇宙猫です。彼女はこの時点で成功を確信していました。


「ころんだッ!」


 叫ぶと同時に、さきは勢いよく振り返ります。すると、歩きかけていた黄色猫がピタリと止まりました。不意を突かれて硬直してしまったようです。

 右前足を上げたまま固まった猫に、彼女は少しキツめに話しかけました。


「どうしてずっとついてくるの? 用があるなら堂々と目の前に来てよ!」

「……」


 話しかけた事で呪縛が解けたのか、黄色猫はすぐに向きを変えて走り去ってしまいます。結局話し合う事は出来ず、さきはガックリと肩を落とすのでした。


「何なの、一体……」


 失意のままさきが帰宅すると、そのタイミングで雨が降ってきました。自室に戻った彼女は、窓の外を眺めながらため息をつきます。

 いつもと違う雰囲気が気になったくるるは、音もなくさきに近付きました。


「どうしたんだ?」

「あの黄色いのがずっと私をつけてきてんの。ちょっと不気味でさ」


 窓の外をずっと眺め、質問者の方に顔も向けずにさきは独り言のように答えます。小雨の優しい音が部屋を満たす中、事情を知ったくるるは声のトーンをわずかに落としました。


「そうか。仲間が済まない。でも向こうが接触を望んでいないなら、どうか気にしないで欲しい。あいつもさきに危害は加えないはずだ」

「気にするなって無理だよ! だって外に出たらいつの間にかいるんだよ?」


 さきはストーカー黄色猫に精神的にかなり参っているようです。感情を高ぶらせて叫んだのは室内のくるるに向けただけでなく、今も近くにいるかも知れない黄色猫にも聞こえるようにと言う意図も含まれていたのでしょう。彼女がずっと外の景色を見ていたのも、黄色猫が近くにいないか気になっていたからのようです。

 くるるはさきを神経質にしてしまった事に責任を感じ、黄色猫に付け回さないように忠告する事を確約しました。


「僕が話をつけてくるよ。だから安心して」

「分かった。くるるを信じる」

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