第3話 そらねこ くるる

 つまり、流れ星に願った結果で会話が出来るようになった訳ではありません。流れ星に願うほどの強い思いを抱いている事をくるるが知ったから、特殊な力を使ってさきとだけ話せるようになったと言う事だったのです。


「話そうと思ったらいつでも話せたんだ。驚かせてごめん」

「いや、いいよ。そっかあ。くるるは特別な猫だったんだ。だからいつも猫に逃げられる私なんかに懐いてくれたんだね。有難う」


 さきはくくるにペコッと軽く頭を下げます。そう、彼女は猫が好きなのにいつも避けられていたのです。そこに現れたのがくるるでした。

 2年前、道端でよろよろと歩いていた白黒ハチワレに気付いたさきは優しく微笑んで手招きをします。この行為に気付いたボロボロ猫は彼女に近付いていき、その手をチロチロと舐めました。それをきっかけに、ハチワレの野良猫はさきの家族になったのです。


 避けられる体質なのにやってきたくるるに対して、さきは改めて疑問を覚えます。


「でもどうしてくるるは私に懐いてくれたの? 人の言葉が分かるから?」

「いや、僕が君を気に入ったのは、君の優しさを感じたからなんだ」

「本当? 嬉しい!」


 突然褒められて、さきのテンションは上ります。頬が紅潮して、くるるを思いっきり高く掲げました。なすがままの白黒ハチワレは彼女を見下ろします。その顔は微笑んでいるようにも見えました。


「ねぇ、猫ってみんな人の気持ちが分かるの? 分かっちゃうの?」

「さあ? この星の猫の事については分からないな」

「え?」


 そのポツリと漏らした一言を、さきは聞き逃しませんでした。くるるもまたそれを失言だと思っていないのか、その表情に変化はありません。彼女の好奇心はその先の情報を求めます。


「くるるって地球の猫じゃないの?」

「ああ、僕は別の星の出身だ。君達の言葉で言えば宇宙猫だよ」

「宇宙猫? あ、宇宙人の猫版って事か!」

「古代においてはそらねこって呼ばれてたけど、好きに呼んでいいよ」


 いきなり自分が掲げている猫の正体が明かされて、さきはちょっと理解が追いつきません。他の星に猫がいると言うのは百歩譲って理解は出来ます。ただ、その猫がどうやって地球に来たのか、何か目的があるのか? 

 色々な謎が次から次に彼女の頭に浮かんできました。さきの頭の中が宇宙のイメージで満たされていきます。


「じゃあさ、世界にはくるるみたいなのがいっぱいいるの? どうやって地球にやってきたの? 私の前にやってきたのは何故? それから、えーと……」

「落ち着いて。順番に話すから。僕も話さなきゃいけないと思ってたんだ」


 くるるはゆっくりと床に降ろされました。そうして後ろ足で顔を搔いた後、じっと見つめるさきに向き合います。彼女もまた正座をして、真剣に話を聞くモードに入りました。


「僕は、この星を調査するためにやってきたんだ。地球にも猫がいて、人との生活に馴染んでいる。地球人に怪しまれずに調査をするのに、僕達が一番適任だったんだ」


 くるるいわく、この星には同じ目的でやってきた仲間が結構たくさんいるのだとか。調査の理由は、この星が宇宙に対して危険かどうかを検証するため。データが出揃ったら、宇宙のそれぞれの星の人々で構成された宇宙連合が今後の対応を決めるのだそうです。


「宇宙には宇宙人がたくさんいるの?」

「ああ、生き物がいる星の数も地球の国の数より多いんだ。みんなで話し合って平和に暮らしているんだよ」

「へぇ~。じゃあなんでくるるはあの時あそこにいたの?」

「それは、僕が病気になったからなんだ……」


 くるるは少しうつむいて、声のトーンも落とします。調査も終わろうとしたそのタイミングで、彼は地球由来の病気になってしまいました。未知の病気を故郷に持って帰る訳にはいきません。それで、帰還の便に乗る事が出来ずに置いて行かれたと言うのが地球に残った真相なのでした。

 症状は時間をかけて治まったものの、故郷に帰れなくなったくるるは野良猫生活を強いられる事になってしまったのです。


「あの時、僕は途方に暮れていたんだ。その時にさき、君に出会ったんだよ。僕には君が救いの天使に見えたんだ」

「ええ~っ。嬉しい!」


 この言葉にさきは両手を上げて大喜び。その流れでくるるをぎゅっと強く抱きしめました。このリアクションになすがままの白黒ハチワレは、またしても無表情になって彼女が飽きるまで好きにさせます。

 抱きしめついでに猫吸いをして満足したさきは、そこでくるるを開放しました。


「ねぇ、さっき宇宙連合とか言ってたけど、くるるってもしかしてエラい猫なの?」

「ただの調査員だよ。適材適所で選ばれただけさ」

「その話、もっと聞かせて!」


 さきが前のめりになって目を輝かせながら顔を近付けてきたので、くるるもこのリクエストに応えざるを得ません。そもそも自分から始めた話です。最初から何も秘密にするつもりはありませんでした。

 くるるはさきの目を見つめながら、知っている事を全て話し始めます。


「宇宙にはこの星より進んだ精神レベルの星が多いんだ。僕もそう言う星に生まれて、ちゃんと本来の名前もある。でも、今の僕の名前はくるるだ。君のつけた名前、とても気に入っているよ」

「有難う。照れちゃうなもー」


 猫はお世辞を言いません。常に自分に正直です。それは宇宙猫のくるるも同じでした。だからこそ、その本音がさきの心を心地良くくすぐるのです。褒められて気分が良くなった彼女は、目の前の宇宙猫をワシワシと撫でまくりました。


「かわいいよう。くるるは本当にかわいいなあ」

「話、続けてもいい?」

「うん。どんどん話して!」


 その後、くるるは自分の生まれた星の事、どう言う風にして育ったか、調査員になったきっかけ、宇宙連合の事、地球はどう思われているかなどの話をします。

 故郷の星の環境は自然が豊かで、日本の田舎みたいな感じなのだとか。幼い頃は家族と一緒に暮らしていて、物心がつくと外に出て人と共に生きる猫も多いのだそうです。必要な知識は直接脳にダウンロード出来るので、学校は特に必要がないのだとか。


「えー。羨ましい!」

「地球もいつかそうなるかもだよ」

「今すぐそうなって欲しいー!」


 さきは進んだ他星の生活を羨ましがりました。けれど、それは寝坊しても怒られない程度の認識です。子供にとって無理やり起こされるのはそれほどストレスなのでしょう。あ、それは大人も同じですね。

 くるるが調査員になったのは適正があったから。自分に出来る事で社会に貢献したいと思っていた彼は、あっさり採用されて地球に赴く事になったのです。

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