第2話 猫語の真実

 授業も何事もなく無事に終わり、2人は楽しく雑談をしながらさきの家に向かいます。さきが興奮しながら話をするので、まゆは基本聞き役でした。


「でね、くるるの声がまたイケボなの」

「イケボ?」

「アニメの主人公みたいな声!」

「そうなんだ。聞いてみたいな」


 そんな感じで雑談をしていると、あっと言う間に2人はさきの家に辿り着いていました。そのまま家に入った2人はまっすぐさきの部屋に向かいます。部屋に入ると、ちょうどくくるが横になって寝息を立てていました。


「くるる、帰ったよ」

「あ、お帰りー」

「ほら!」


 早速彼が喋ったので、さきはドヤ顔で胸をそらします。けれど、同じ光景を見ていたはずの親友は驚きもせずに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。このリアクションに違和感を覚えたさきは、思わず心の声が口から出ます。


「なんで?」

「え?」

「もっとビックリしてよー!」

「え? だって……」


 さきの自分勝手な要求に、まゆは言葉をつまらせます。部屋に微妙な空気が流れ、沈黙の時間が流れました。さきもどうして友達が望み通りの反応をしないのか分からなかったし、まゆも目の光が消えてガッカリしているみたいです。

 さきもどうしていいか分からず、まゆも頭の中で適切な言葉を探しているみたいでした。この沈黙に先にギブアップしたのはまゆの方です。


「あのね。私にはくるるが猫の鳴き声を喋ったようにしか聞こえなかったの」

「え? じゃあ、くるるの声は私にしか聞こえないの?」

「た、多分」


 さきにはハッキリ聞こえるくるるの声が友達には聞こえない。それならさっきのリアクションにも納得がいきます。この衝撃的な事実を知ったさきは、どうしていいか分からずに体が固まってしまいました。


「くるる、どうして私にだけ言葉が分かるの?」

「それは君が願ったからさ。僕が人間の言葉を喋っている訳じゃない。僕の言葉をさきが理解出来るようになったんだよ」

「私の願い方が悪かったのーっ?」


 くるるからも言質を取って、さきは膝から崩れ落ちます。折角友達に喋る猫を自慢したかったのにその目論見も崩れ去ってしまい、彼女は悲嘆に暮れました。

 この一連のやり取りをハラハラしながら見守っていたまゆは、大体の事情を察してニッコリと笑顔を作ります。


「私には聞こえないけど、さきとくるるは通じ合ってるんだよね?」

「うん。ごめんね。まゆにも聞こえると思ったのに」

「いいよいいよ。さきはすごいなあ。猫語が分かるんだもん」

「え、えへへ……」


 何とか話がうまくまとまって、さきもぎこちなく笑顔を浮かべます。お互いに誤魔化すように笑い合った後は、仕切り直してみんなで仲良く遊びました。ゲームをしたり、部屋のマンガを2人で読んだり。くるるは適当に2人にかまって、適当にゴロゴロしたりしていました。

 辺りが暗くなったところで解散です。さきは家の前でまゆを見送りました。


「今日は何かごめんね」

「ううん、楽しかった。さきもくるると仲良くね」


 こうして2人は別れ、さきも自分の部屋に戻ります。そこではおすましたくるるが座って待っていました。


「さきが帰ってきたら事情を話そうと思っていたのに。相変わらずせっかちだな」

「だって、まゆにも知って欲しかったんだもん!」

「まぁいいか。理解のある友達で良かったな」

「うん。だからまゆ大好きなの。一番の友達だよ」


 いきなり話し相手が出来たのもあって、さきはずっとくるると話をしました。基本的にはさきが一方的に話して、くくるは聞き役です。人間相手でも猫相手でもこのスタンスは変わりませんでした。

 さきは自分の方が猫語を理解していると言う事実が分かって、この事は両親にも話しませんでした。だって、証明するのが難しいですものね。



 翌日の放課後、1人で帰っていたさきはふと目についた公園に立ち寄ります。適当に見てまわっていると、白と茶色の混じった野良猫を見つけました。自分の能力を試したかった彼女は、早速しゃがみこんで手招きをします。


「おいでおいで~。何か話そうよ~」

「……」


 野良猫は警戒してその場から全然動きません。あと一歩でもさきが動いたら一気に逃げ出してしまう事でしょう。この膠着状態の中、彼女は必死に話し続けました。いつか熱意が届くと信じて――。


「怖くないよ~。いじめないよ~。だから何か話そうよ~」

「……」


 ずっと話しかけても、猫は全く表情が変わりません。警戒も解く気配がありませんでした。痺れを切らした彼女が立ち上がると、それを合図に猫は逃げてしまいます。

 この想定外の結果に、さきは大きなショックを受けました。


「え? なんで?」


 何故野良猫が逃げてしまったのか、さきはその理由を考えながら帰宅します。辿り着いた結論の答え合わせをするため、家についた彼女はすぐにくるるを探し始めました。どの部屋を探しても見つからず、結局白黒ハチワレはさきの自室で発見されます。灯台下暗しと言うやつですね。

 自室に入ってあくびをするくるるを目にした彼女は、脱力してその場に座り込みました。


「ここにいたんだぁ」

「ん? 何かあったのか?」


 疲れ切った顔のさきに、くるるはトコトコと近付きました。十分に距離が縮まった所で、彼女はくるるを抱き上げます。いつもの猫吸いの儀式です。ですが、今回は吸う前に無表情の猫の顔をじいっと見つめていました。


「あのね、今日の帰りに野良猫に出会ったんだ」

「なるほど、言いたい事は分かった。つまり」

「言わせてよ! なんであの子には言葉が通じなかったの? お話したかったのに!」


 必死に訴えるさきの気迫に、くるるは圧倒されてしまいます。いつもなら言いたい事を言った後は体臭を嗅ぎに来るのに、今日の彼女はじいっと目をそらしません。

 その真剣な眼差しを受け取った彼は一度まぶたを閉じると、改めてさきの顔を見つめました。


「……まぁ、そうだな。では、本当の事を話そうか」

「うん、話して」


 くるるが言うには、さきと話が出来る猫は自分だけ。他の猫とは話が出来ないのだそうです。ただ、もうその事実をさきはもう体験を通して知っていました。だからこそ、彼女はその先を知りたいと抗議をします。


「なんで私はくるるだけと話が出来るの?」

「それは、僕が君の波長に合わせて思念波を送っているからだね」

「それって、私が流れ星に願ったから?」

「いや、それで君の望みが分かったからだよ。いいきっかけだと思ったんだ」

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