揺られる二律背反

店員さんが、そろそろラストオーダーになります。 と声をかける頃には、教授も酔いが覚めて来たらしく、学くんは私が連れていくから恋ヶ崎くんは恋くんに任せるよ。


なんて軽快に言いながら1万円を僕に押付け、そそくさと運転代行を呼び帰宅して行ってしまった。


僕たちがいい雰囲気だと思って変に気を使ったのだろうが、どうしろと言うんだこの状況……


せっかく貰った1万円だし、仕方ないのでタクシーに電話する。

そんな僕の背中に人との距離感を分かってない愛ちゃんが抱きついてくる。


「だえ《だれ》と浮気電話してゆん《してるん》ですか!私の方が恋くんの事好きらと《すきだと》分からせてあげます!」


携帯を奪おうとする愛ちゃんをどうどう、と押し宥める。


「タクシー呼ぶんだよ。どこも行かないからそんな怒んないで、ね? 」


きっと彼女と付き合ったらとても愛されるんだろうな、だからこそ僕の前以外でお酒は飲んで欲しくない。

恋を自覚してからそんな独占欲がふつふつと沸いてくる。


付き合ってないとか、距離感がおかしいとかそんなことする気にならないくらい、僕は愛ちゃんに夢中になる、だけど忘れちゃいけないんだ。


最近平和だからといって忘れるべきではないんだ、治すべき硬化症を、愛すべき姉を。


僕はきっとこの押しとどめるのが苦しいくらいの君への愛を、全うする日は来ないだろう。

愛ちゃんから向けられる、わかりやすい好意に答えられる日はきっと来ない。


多分だけど愛ちゃんも僕もお互い愛が重そうだから、恋愛なんてしてしまったら研究に手が付か無くなるのは目に見えている。

しかもこの状況、姉の手前そんなことに現を抜かしていられない。


だけど、姉を救ったら必ず告白するんだ。

二兎を追う者は一兎をも得ずと言うけれど、努力は必ず実るはずだ。



――タクシーの中ですやすや眠る愛ちゃんはどうやらホテルに泊まって居るらしく、タクシーが政治家が泊まるような、荘厳な大きいホテルの前に横付けした。


部屋番号も分からず本人も揺すっても起きない為仕方ないので、タクシーの運転手に部屋まで送るので待っててください、と伝え愛ちゃんを背負ってフロントに向かう。


「すみません、恋ヶ崎愛の付き添いのものなんですが、本人が寝てしまってて、部屋番号お伺いしたいのと、鍵は外出時預けたりするタイプかお聞きしたくて」


少し苦笑いしながらお伺いを立てると、フロントのお姉さんが背中を少しのぞき込む。


「後ろの方ですね、確認は取れましたのでお教え致しますね。部屋番号は1022号室になります、鍵はカードキーになっておりまして、一旦お渡ししますのでお帰りの際にご返却お願いします」


にこやかにカードキーを差し出してくれて、ありがとうございます、と一言告げると1022号室へ向かう――


部屋に入ると、殺風景な部屋に愛ちゃんを寝かせる。

あまり部屋を見るのも良くないし、服ぬがしてあげるのもどう考えても良くないなぁ、なんて一瞬悩む。


「出来れば今日のこと覚えててくれると嬉しいな、もっと君のこと教えて欲しいんだ。おやすみ、愛ちゃん」


ちょっとのわがままを織り交ぜて、おやすみを告げて部屋を出る。

後ろからおやすみなさい、と聞こえた気がするがきっと僕の願望が生み出した幻聴だ。


フロントにカードキーを返却し、カフェまで併設してる広々とした優雅な空間を真っ直ぐ出口まで突き抜ける。


さっきは愛ちゃんでいっぱいだったから周りを見る余裕すらなかった自分が、ほんとに恋してるんだなと思うとかなり気恥しい。


誰にともなく照れ隠しのように少し急ぎ足でタクシーに乗り込んで、お待たせしましたと頭を下げ住所を告げる。


「ラブラブですねぇお兄さん」

運転手にまで茶化されるぐらいだ、きっと相当甘い空間を生み出してたんだなぁと追い打ちをかけられ思考が掻き乱される。


こんな恥ずかしい思い真っ平御免だなんて思う反面、ずっとこの幸せが続かないかななんて。

二律背反な僕はこれからを楽しみにタクシーに揺られる。


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レンアイサイクル 藍詠ニア @Lene_tia

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