新説・進化論
鐘古こよみ
新説・進化論
その星は静かで、緑に溢れていました。
背の高くて筋っぽい黄色の花が、隣の愛らしい赤色の花に話しかけています。
「今日も良い日和ですな」
「全くです。こうして太陽の光を浴びていると、生きている実感が湧いてきます。今更ながら、これが本当に正しい生き方だったのだと」
爽やかな風が吹いて、二つの花や周辺の草たちをさやさやと揺らしました。
「良い風ですな」
「本当に。周りに遮るものが何もありませんから、突風になることもなし、消えてしまうこともなし、柔らかな丁度いい風です」
どの植物も本当に気持ち良さそうに、風に身を任せていました。
風の他に音を立てるものは、何もありませんでした。
二つの花はしばらく話すことをやめ、自分の考えに耽りました。
陽が落ち、月が出て、世界が青く染まります。
白い直線が地平線の彼方を横切り、また陽が昇りました。
目立たない変化を伴いながら、それは幾度も繰り返されました。
赤色の花が、黄色の花に話しかけました。
「しかし、こうして毎日を過ごしていると、昔の生活がまるで信じられません」
「そうでしょうとも」
「毎日を生き急いでおりました」
「私だってそうです。みんな同じですよ。しかしその慌しさのお陰で、こういう今があるわけです」
「本当に。文明の超高度化なくして、原始的な生の喜びは得られないわけですね」
「やめましょう、難しい話は」
「そうしましょう」
二つの花は穏やかな気持ちで、また黙り込みました。
大地を覆う緑の群れが、端から朱に染まっていきました。
やがて空には群青色が広がり、遥か彼方で燃え上がる星々のきらめきが、宝石の屑を撒いたかのように、いっぱいに散らばりました。
「結局、こうした穏やかな生活のために、我々は努力をしてきたのでしょう」
「ええ、そうとしか思えません」
白い直線を先触れに陽がまた昇り、群生する植物の輪郭を、隅々までくっきりと浮かび上がらせました。
「太陽と土と水。これ以外は何もいらないというのは、素晴らしいことです」
「本当に。無駄な骨折りをすることなく、ただ思索に耽っていられるのですからね」
「思索以外は、はっきり言って、必要がない」
「ええ、それに気付いたのです」
太陽が植物たちの頭上を、ゆっくりと移動していきました。
「結局、この形が一番優れていることは、例の時代で証明されましたね」
黄色い植物は思索に耽っており、すぐには返事をしませんでした。
太陽と月が五回、交替しました。
「例の時代と言いますと、世話役が現れた時代ですか」
赤い花は思索に耽っており、すぐには返事をしませんでした。
月と星々が七回、群青色の空を飾りました。
二つの花は、萎れて地面に落ちました。
「ええ、そうですよ。しかし、今考えてみると、あれは必要でしたかな」
「遠い先々のことまで心配する窮屈な心が、当時は我々にもまだ残っていたのです。英知と技術を結集して最後にあれを創り出したのは、決断を促すためでした」
「そうでしたな。少し計算違いはありましたが、あれはあれで……」
「はて、計算違いと言いますと……」
陽が翳り、雲が出てきたかと思うと、雨が降り始めました。
地上に濃い緑が広がっていきます。
「計算違いとは、こうです。あれには、世話役として進んで我々の世話をするよう、我々を好きになる遺伝子を組み込みましたね」
「ああ、そのことですか。確かにあの遺伝子は、段々と変質していきました。好いてくれるのはいいのですが、食べられたり、飾られたり、搾り取られたり」
「別のものと組み合わされて、ちぐはぐな体にされる方もいたとか……」
「刺激的ではありましたが、いささか疲れましたね」
「そのくせ、我々を弱らせるような真似も」
「一時は絶滅するかと」
「しかし、思えば彼らは、我々と非常に良く似た道を歩んでいたわけです」
「やはり、似せ過ぎたでしょうか」
「子供の成長を見守るようで、私なぞは妙な愛着を持ってしまったものです」
「そうした向きは、意外と多いのだとか」
ポツポツと葉を叩く雨音が、段々激しくなりました。
やがて雲が晴れ、月が満ち足りた顔を覗かせました。
「彼らの文明も、なかなか高度でしたね」
「そうした情報を全て組み込んで、創ったわけですから」
「我々も若かったですね」
「ええ、昔の話です」
新しい陽の光が葉の下に溜まり、朝がやってきました。
「似た道を歩んだ挙句、彼らもとうとう、同じ結論に辿り着いたということは」
「この生きる形の素晴らしさが、証明されたというものです」
二つの花は十種類の風にそよぎ、うっとりと漂いました。
数え切れないほどの太陽と月が、頭上に現われて消えました。
数え切れないほどの星のきらめきが、遠くで生まれて死にました。
ある日。
風でも雨でもない音を立てるものが、この星にやってきました。
見るからに硬い材質で出来た、空飛ぶ大きな乗り物です。
それは植物たちを吹き飛ばしながら、騒々しく着陸しました。
二つの花と周囲の植物達は、落ち着いてその光景を眺めていました。
「おや、あれは……」
「ええ、懐かしい……」
乗り物の一部がパカリと開き、中から何かが出てきました。
二本足で歩き回るそれは、植物たちの創った例の世話役に、ひどく似ていました。
群生する植物の上に降り立ち、彼らは興奮しきった様子で喚きます。
「素晴らしい、空気も水もある。申し分ない環境だ! 神が我々に与えた恵みとしか思えない。すぐに母星へ戻って移住者たちを連れてこよう!」
「しかし、不思議な星ですね。植物はあるのに、他の生物がいる気配はない」
「近辺を探索して、多くのサンプルを持って帰るぞ」
彼らは植物達を引っこ抜き、土を掘り起こし始めました。
二つの花は、その様子を温かい気持ちで見守っていました。
「……そういえば、増え過ぎた世話役達が、いくつかに分かれて他の星へ移住したことがありましたね。彼らはその子孫なのかもしれません」
「それを言うなら我々だって、同じ理由で他の星への移住を奨励していましたよ。彼らはその子孫なのかもしれません」
「古い話ですね」
「古い、とても古い話です」
「慌ただしくなりそうですね」
「たまには良い刺激です。すぐに平穏が訪れるのですから、彼らの選択を見守ろうではありませんか。じき、最も楽な形に気が付くでしょう」
「太陽と土と水さえあれば、あとは何もいらないことに、ですね」
「我々と同じく、彼らもそうなるでしょう」
「超高度な文明のお陰で、体を動かす必要はなくなりますからね」
二つの花は土に還ったり、また咲いたりしながら、二本足生物の行動を優しく見守り続けました。
星は段々と賑やかになり、緑以外の色が増えました。
ある日、二本足生物の一部が、新天地を求めて飛び立ちました。
星には緑が増えました。
空飛ぶ乗り物がやってきて、再び色が溢れました。
一部の者たちが旅立ちました。
緑が増えました。
その星は同じ営みを、今も穏やかに続けているようです。
<了>
新説・進化論 鐘古こよみ @kanekoyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
詳しいことは省きますが/鐘古こよみ
★112 エッセイ・ノンフィクション 連載中 24話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます