短編エピソード⑬ 心の色彩欠落症といろめがね

 「ふむ。お嬢ちゃんの心の状態はまさに虚無ってところだね。全くの灰色の世界だ。いいから、何も考えずにここに書いてある住所に行きな! 行かなきや、あの世の口が開くよ!」


 怪しげな裏路地で出会った、怪しげな老婆。

 ひっそりと店を構えていた占い師に声を掛けられ、いつの間にか座り鑑定をされていた。


 ――私は死に場所を探していたのか? 人目を避けるようにフラフラと、こんな場所まで来ていたようだ。


 世界から色が消え果て、手酷い失恋に傷付いた私の心は崩れる寸前だった。


 私は老婆に言われるまま、アキバの駅がかろうじて見える雑居ビルの3階へとやって来た。

 表札には「心の色彩研究所」と書かれている。


 ――もう、どうにでもなれ。


 私がドアを押すとカランと鈴の音が響いた。


「いま、先生をお呼びしますね。こちらにお座りになってお待ち下さい」


 受付にいた背の高い女性が書類の記入方法を説明してくれた後に、小部屋へと案内してくれた。


 ――和装のメイドさんだ。珍しい。


 メイドと入れ替わるように茶髪の若い男が出てきた。白衣に袖を通しているから、この男が先生なのだろう……。


「医師のパレット天城です」


 ――名前からしてふざけている。


「おばば様から連絡を貰っていますよ。ちょっと目を見せてもらっていいですか?」


 私は抵抗する気力もなく、白衣の男のするがままに診察らしきものを受けた。


「事前に聞いた通りですね。じゃあ、こちらで目薬を処方しますね」


 言われるがまま、私は立ち上がると処置室と書かれた扉を通る。

 薄暗い部屋の中に先程のメイドと、カラフルな小瓶の置かれた机があった。

 小瓶の中の液体が怪しく光を発している。


「椅子に座って。まずは鎮静色の青と緑を処方しますね」

 男はそう言うと2色の小瓶を持ち、私の両目に一滴ずつ点眼した。

 肩の力が抜けるような感覚と共に、気分が落ち着いていくのが分かった。


「次に淡いピンク色で気持ちを晴れやかに。そしてオレンジ色で明るさと活力をあげよう。さぁ、どうかな?」


 処置室を出て窓の外を見ると、私の視界に鮮やかな色が戻っていた。

 それと共に心も晴れやかになっているのを感じた。


「一体これはどういう事ですか?」

「この目薬で貴女の心に色を差したんですよ。辛くなったら、またいつでも来てください。」


 そう言うと白衣の男は爽やかな笑顔を見せた。


○△□○△□○△□


「天城先生、そんなに沢山のサングラスをどうしたんですか?」


 助手の里美君が首を傾げている。

 今日はゴシック・ロリータのメイド姿だ。別にメイド姿が制服ではないし、強制もしていない。服装は自由で良いと伝えただけだ。


 ここアキバの街にはいろいろな存在が住んでいる。人が入り込めない裏路地にも棲み着いている住人がいる。里見君もそういった住人の一人だ。


「これは色目薬の代わりに使ってもらおうと思ってね。装着者の精神状態に反応して濃度が変わる優れものですよ」


 へぇ~と手に取って眺める里見君。


「まだ固定の色は着いていないのですね。それに度も入っていないみたい」


 里見君は眼鏡を掛けてみると、こちらを見ながらクイッと右手で位置を調整した。眼鏡キャラが良くやるアノ仕草だ。


「眼鏡もよく似合うよ」

「お世辞でも嬉しいですわ」


 里見君が頬を染める。

 ゴスロリのメイドが恥じらう姿もまた珍しいものだ。


「この前の彼女みたいな、突然色彩欠落症になった人は色目薬を処方しないと駄目だけど、慢性的な症状にはこういうのも良いかなと思ってね」


『色彩欠落症』


 近年増えている奇病で、ストレスの種類によって視界の中から色が欠落するという病。心因反応のひとつと考えられている。

 単色だけ欠落することもあれば、白黒の世界になってしまう事もある。

 己の世界から色が消えてしまう、いわば絶望の世界。放置したまま悪化すれば自ら死を招く病だ。

 とある殺人鬼の視界は黒地に白線の世界だった。


「裏路地の職人さんに手伝ってもらってね。上手く調整できるといいんだけど……」


 私は他者の視界が共有出来る異能持ちだ。症状に合せて調合した色目薬を投与する事が出来る。この色薬いろぐすりも裏路地の職人さん達と一緒に研究開発した逸品だ。


 この研究所には、いろいろな伝手で紹介された患者さんがやってくる。


――コンコン。


 誰がドアをノックした。


「ほら、また新しい患者さんがいらっしゃいましたよ。里見君、お出迎えをしてください」



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アキバの探偵事務所には閑古鳥が鳴く かざみまゆみ @srveleta

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