第2話
まあでも、だからと言って、今の時代に明るいものがないと僕は思わない。
例えば今の時代は本当に娯楽が増えた。インターネットがあるし、スマホがあるし、動画があるし、SNSがある。昔なんてつまんないと思うよ。テレビとラジオと新聞しかない。もちろんその時代の人にはそれがロマンだということはわかる。でも今からしたらそれじゃ足りないじゃんね。
現代では、有名歌手の曲がインスタントに聴けるし、無名の人でもいい曲を上げてるし、有名人の私生活は近いし、毎年何千タイトルものゲームが発売されるし、お気に入りのチャンネルはいつでもどこでも観ることができる。絵描きはSNSに無料で絵を公開しているし、アニメもゲームも漫画も映画も小説もなにもかも、興味があるものがまったく多すぎて、高速でスクロールして、それぞれ二倍速にでもしないと消化しきれない。
楽しむものが増えた。それはいいことでしょう。
だけど、だからいい時代になった、と胸を張って言うことがなんとなく憚られてしまうのは、やっぱりその先に希望が見えないからなのかな。
虚しくってね。
学生時代あんなにアニメが好きだった君が、それにまったく興味を示さなくなったのは、たぶんそれが原因。何を観たって、何に興味を持ったからって、だからなんなんだっていう。虚しくってね。嫌になっちゃうよね。
ネガティブすぎる、と誰かには言われてしまうと思うけど、ありもしない希望をあたかもあるかのように振る舞って、昔みたいにがむしゃらでやろうとするから空回ってしまうのではないのかな。死ぬしかない――なんて悟り世代の言うことをポジティブに受けとることはできないだろう。でも子供は将来のことに関しては専門家だ。たぶん彼らの言ってることは正しいよ。
だから、でもまあ、だからこそ逆にポジティブに受け止めてやろうじゃない。
死ぬしかない、それはその通りだ。これから生きてたって社会が劇的に好転することはもうないだろう。将来に希望はなく、考えれば暗いばかりだろう。死ぬしかないって思うぐらいだよ。
だからもう、将来のこと考えるのやめようぜ。
だって結論は「死ぬしかない」だもん。考えるだけ無駄よ。それよりも今あるもののことを考えよう。今のこの手にはなにがある?
手元にはスマホがあって、その中には一生かけても消化しきれないほどの娯楽がある。画面の上の方には時計と天気予報と職場の関係者からの通知と、ゲームのスタミナが貯まったよっていう情報が提示されている。
やれやれって思う。
やれやれって思って、スマホから目を上げて、目を瞑ってみる。
そしてちょっと深呼吸してみると、自分の呼吸の音が聞こえるだろう。
ちょっと前に流行った、マインドフルネスって考え方を知ってるかい?
すごく簡単に言えば、この世には自分の呼吸だけがあって、この世はただそれだけで、この世のすべてのことに良いも悪いもない、っていう考え方なんだけど。まあうさんくさく聞こえつつも、一理はあると思うのよ。
将来は暗い――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
このまま生きててもなにもいいことない――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
嫌なことばっかりだ――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
嫌な奴ばっかりだ――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
辛いことばっかりだ――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
死にたいと思う――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
明日も仕事に行かなければならない――でもそれは悪いことではない(もちろん良いことでもない)
良いも悪いもないこの世に、生きてる自分だけがいる。
目を開ければ、何でもないこの世の景色が映る。
君がもし道路にいるなら、葉の落ちた街路樹が映り、くたびれた郵便ポストが映り、選挙ポスターの貼ってある自動販売機が映り、信号が映り、横断歩道、四回建ての商業ビル、そしてそれを見てる君の目だけがこの世にはある。そこがもし道路じゃなくたって、どこだって同じことさ。良いも悪いもないこの世界で、君だけがいる。僕は今、君のことを考えながらこの文章を書いているけれど、それだって良いことでも悪いことでもない。君がこの世界にいる、っていうだけのお話なんだ。
どうだい、
だからと言ってなんにも変わらないだろ?
だからと言って君が救われた訳じゃないし、嫌なこと、辛いことがこの世からなくなった訳じゃない。もがいたって、がむしゃらにやったって無我夢中で走ったって、なんにも変わらないんだ。虚しくってね、どうしたって暗いものが付きまとう、今はそういう時代。
だから、もう諦めようぜ。
諦めて、ゆっくり歩いてみてはどうだろう。
そのときのコツは、自分の意思でいつでも止まることができるようにすること。そんなことしたら、後ろから来る誰かに追い抜かれるかもしれない。前から来るいけ好かない奴を威嚇できないかもしれない。だけど、自分の意思で止まることができないっていうのは、なにか得体の知れないものに無理矢理歩かされている、ってことなんだ。
僕は君に、自分の意思で歩いていてほしい。
無理にその仕事を辞めろとは言わないし、イライラすんなとか、頑張って生きろなんてことは、君のことを知っている僕にはとても口にすることができない。
だからせめて、自分の意思だけは見失わないでほしい。いつでも歩いているのは自分の足で、この世界を見ているのは自分の目。良いも悪いもないこの世界を決めるのは、自分自身。そういう風に思っていてほしい。そうすれば、少なくとも娯楽は多いこの時代を、少しは楽しめるようになるのではないのかな。
働き方も、生き方も、少しは変わるかも。
変わったらいいと思う、君にとって少しでも辛くない方に。
まったく余計なお世話なんだけども。
最後に――
確かにこの時代には、将来に対する希望は見つからないけれど。
それでも君がいて、生きてる。
それだけでこの時代は明るいと思うよ、ほんとに。
少なくとも僕は、そう感じている。
黒い職場で働く友人に、直接はとても言えないのでここで代わりに きつね月 @ywrkywrk
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