短編小説「希望」

門掛 夕希-kadokake yu ki

塾生募集 兼 面倒事募集

 

 城跡のある【まち】は坂の町とも言い換えられる。ふもとには生活の起点となる商店や飲食店が並び、傾斜の大小異なる多くの坂が流通の手助けとなるように伸び、またその坂の両脇には住宅が坂を装飾するように並んでいた。



 町民はそこの住宅一帯を指して「鼓町こまち」と呼んだ。住宅といっても瓦屋根を構える昔ながらの民家がほとんどである。中には江戸川乱歩の世界観をならったような擬洋風建築ぎようふうけんちくの民家なども幾つかあるが、隣接する民家に挟まれている姿を近くで見るといささか肩身が狭いようにも見え、思いのほか目立たない。



 ふもとから「鼓町こまち」を見上げると、擬洋風建築ぎようふうけんちくの漆喰が民家の瓦屋根の中で混じり合うことのない指し色の役割を担い、〝この坂の主人は私だ〟と見る者に凛とした姿にて雄弁に語っている。民家の瓦屋根はというと、初陣前の甲冑のように美しく照り城跡ではなく、坂を守護しているようである。



 門馬もんま 正兎まさとの事務所兼自宅はその「鼓町」の中でも特に雄弁であった。外壁や屋根は銅板葺どうばんぶきであり、緑青色の痣のような模様が至る所に散っている。ガラス窓を数えると三階建ての豪邸ではあるが、建物自体はさほど大きいようには見えない。屋根の傾斜が緩やかなのが見る者にそう感じさせるのかもしれない。



 坂に面している玄関横には、真新しいスチール製の看板が立てかけてあり、「塾生募集」という文字が赤字で書いてある。看板の下地が白色なのでどことなく〝立入禁止〟の看板のようにも見えそうでもあるが、「塾生募集」の下に「兼 面倒事募集」と続いているため、そんな不安は不要である。



 玄関に入ると下駄箱の上に大仰な額縁が立て掛けてあり、「安瀬あんぜ塾 訓戒」という題名と共に、勉強への取り組み姿勢や、備品の整理整頓、塾長である安瀬あんぜ けんへの礼節など小難しく記載されている。つまり、ごくごく一般的な商業塾の規則表である。



 一階の大広間を夜間のみ安瀬塾に貸し出すことを決めたタイミングで、二階が正兎の事務所、三階が正兎の居住区とざっくりとした区分けがされたが、正兎は今時奇特きとくな男児であった。つまりは整理整頓が苦手なのである。塾生を迎え入れる準備のため清掃をする賢を見守りながら、「賢ちゃんへ仕事を与えることによって、部屋の貸し賃を払ってない後ろめたさを解消させているんだよ」と、左の口角を少し上げる嫌な笑い方を添えて話していたこともあった。



 正午過ぎに正兎は自室のベットからゆっくりと起きだし、端に積んである衣類の山から、まだ着れそうなものを抜き取り身に纏うことにした。少し毛先が癖毛気味な黒髪は前髪が目にかかる程長いが、後ろ髪は奇麗に刈りあげられている。寝起きであることを差し引いたとしても、顎の髭は濃く伸びており、年齢は三十代前半であるが前述の風貌が手伝い、不詳ふしょうな印象を相手に与える。もっとも現代においては正兎の職業自体が不詳であり、依頼人の受ける印象はそれほど悪くない。なんとなくミュージシャンみたいな格好になった。正兎は鏡を見ると無意識に一瞬顔をそれらしく作ってしまった。そんな気持ちの高ぶりが少しおかしい。



 事前に予約をもらった時間の五分前に依頼人である女性が一階のチャイムを鳴らした。正兎が急いで一階に降り玄関を開けると、紺のワンピースと紺のワイドパンツに身を包ませ、白いヒールを履いたショートカットの色白い夫人が少し眉間に皺を寄せ、「こちら門馬正兎さんの……」「木村様。お待ちしておりました。どうぞ中へお入りください」正兎は依頼人の言葉を制し、満面の笑みを作り深々としたお辞儀をした。



 正兎は初訪問となる依頼人の心情をよく理解していた。ご近所や親戚に知られたくない面倒事から、解決策が見つからない面倒事、共通して依頼人の表情には作り慣れた不安の顔がいつも張り付けて、門馬邸の玄関のチャイムを鳴らす。異性となると尚更だ。そんな依頼人たちへ正兎は誠心誠意の笑顔と元気をもって応えることにしている。少しでも表情を和らげてあげるためだ。



 しかし、計算違いがあったとすれば、それは今現在の正兎の姿だった。依頼人である女性の眉間の皺はしばらく取れることはなかった。



 正兎を先頭に中央階段を通り、二階へ上がると客間としている一室へ女性を案内した。使い込まれた長椅子を依頼人に勧め座らせると、机を挟んで奥の長椅子に正兎も座った。そして、挨拶と簡単な依頼内容の確認を行った。



 「将来、マスコミなどにバレることの無いようくれぐれもよろしくお願いいたします。今の情報社会どのようなほころびから大きな火種になるかわかりませんので」女性は正兎に強く念押しした。この念押しは正兎の服装からくる頼りなさが生んでいるのだろう。



「当方は大まかなくくりでは探偵屋ではございますが、テレビドラマの様なイメージはお捨てください。大部分は人探しを生業にしております。特殊な案件ですが、確かな実績がございます。奥様のご親戚は必ず見つけ出し、ご子息の年齢が適齢期になる二年後、必ず文書を作成させます。どのような手を使っても」



 正兎は過剰なくらい最後の言葉に力を入れ女性に語った。胡散臭い職種の男が、おかしな服装でドラマじみたセリフを吐く。しかし、違和感だらけだからこそ、リアルティのある生の言葉として女性に届いた。

 


 女性が事務所を後にしてしばらくすると、百八十センチはある筋肉質の男が白のポロシャツにベージュのチノパン姿で二階の客間にやってきた。奇麗に切りそろえられた短髪も手伝い、柔道家の休日のようなちである。「正兎さん、客のふりをして依頼人の元旦那に会ったけどかなりのイケメンでしたよ」男の報告を聞き、正兎は作業をしていたパソコンから手を止めた。



 「賢ちゃんお疲れ様。……念のため依頼の会話を盗聴してて正解だったね。この盗聴が将来何かの役に立つかもしれない」「事前に聞いてた住所も【此の町】からかなりの距離のある場所でしたものね。世間体を気にしてきっとここまで来て……来たんでしょうね」賢は一瞬、依頼人である女性に同情し(来てしまった)と、話してしまいそうになった。



「そうだ、彼女この鼓町をヒールで歩って来たんだよ。ここら近くなんて特に道幅も狭く、タクシーだって難癖付けて行ってくれない。よくめげずこの場所まで来れたと感心したよ。彼女が帰る際に気づいたんだが、右足を引きずって帰って行ったんだ。きっとあれは来るときに捻挫でもしたんだよ」正兎は左手で口を隠し、笑い声を抑えるようなしぐさをした。



 「でも、それだけ息子の輝きを信じてるってことだ。彼女の息子が羨ましい」正兎は口元にあてた左手に囁いた。



 「……母方の遠縁の親戚はどうやって探しますか?」賢が話題を変えた。「それは俺の方で探しとくよ。でも探して見つけるだけ。コンタクトは一切取らない。住所と名前がわかれば俺の代筆でいいだろうし。それに返送用の封筒はあの依頼人の住所にしとけば、俺らの仕事の体裁も整う。どんな結果が届こうとも依頼はこなしたと見てくれるだろう」



 依頼人には決して見せない、賢にだけ見せる嫌な笑顔を正兎は作った。



 ―—―六年後、そこにはテレビに映る人気若手俳優の姿があった。映画の宣伝のため出演したと思われるバラエティー番組で質問攻めにあっており、その中の一つの質問に対して、



「ミスターコンには親戚が勝手に応募したんです」と若手俳優は白い肌を輝かせ答えていた。

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短編小説「希望」 門掛 夕希-kadokake yu ki @Matricaria0822

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