クレイグ先生
クレイグ先生は
開けてくれるものは、いつでも女である。
はいると女はすぐ消えてしまう。そうして取っ付きの客間──はじめは客間とは思わなかった。べつだん装飾もなにもない。窓が二つあって、書物がたくさん並んでいるだけである。クレイグ先生はたいていそこに陣取っている。自分のはいって来るのを見ると、やあと言って手を出す。握手をしろという
この手の所有者は自分の質問を受けてくれる先生である。はじめて
先生はアイルランドの人で言葉がすこぶる
その顔がまた決して尋常じゃない。西洋人だから鼻は高いけれども、段があって、肉が厚すぎる。そこは自分によく似ているのだが、こんな鼻は一見したところがすっきりした
先生の
先生の得意なのは詩であった。詩を読むときには顔から肩の
先生は自分を小供のように考えていた。君こういうことを知ってるか、ああいうことが分ってるかなどと愚にも付かない事をたびたび質問された。かと思うと、突然えらい問題を提出して急に同輩扱いに飛び移ることがある。いつか自分の前でワトソンの詩を読んで、これはシェレーに似たところがあると言う人と、まったく違っていると言う人とあるが、君はどう思うと聞かれた。どう思うたって、自分には西洋の詩が、まず目に訴えて、しかるのち耳を通過しなければまるで分らないのである。そこで
ある時窓から首を出して、
けれどもこんな事があった。自分のいる下宿がはなはだ
書生に置いてもらう件は、まるでどこかへ飛んで行ってしまった。自分はただ成行きに任せてへえへえと言って聞いていた。なんでもその時はシェレーが
先生は疎忽しいから、自分の本などをよく置き違える。そうしてそれが見当たらないと、大いに焦き込んで、台所にいる
「お、おれの『ウォーズウォース』はどこへ
婆さんは依然として驚いた目を
先生は時々手紙を寄こす。その字が決して読めない。もっとも二、三行だから、何遍でも繰り返して見る時間はあるが、どうしたって判定はできない。先生から手紙がくれば
こういう字で原稿を書いたら、どんなものができるか心配でならない。先生はアーデン・シェクスピヤの出版者である。よくあの字が活版に変形する資格があると思う。先生は、それでも平気に序文をかいたり、ノートを付けたりして済ましている。のみならず、この序文を見ろと言ってハムレットへ付けた緒言を読まされたことがある。その次行って面白かったと言うと、君日本へ帰ったらぜひこの本を紹介してくれと依頼された。アーデン・シェクスピヤのハムレットは自分が帰朝後大学で講義をする時に非常な利益を受けた書物である。あのハムレットのノートほど周到にして要領を得たものはおそらくあるまいと思う。しかしその時はさほどにも感じなかった。しかし先生のシェクスピヤ研究にはそのまえから驚かされていた。
客間を
先生、シュミッドの
「ぜんたいいつごろから、こんな事をお始めになったんですか」
先生は立って向こうの書棚へ行って、しきりに何か捜しだしたが、また例のとおり
自分はその後しばらくして先生の所へ行かなくなった。行かなくなる少しまえに、先生は日本の大学に西洋人の教授は
日本へ帰って二年ほどしたら、新着の文芸雑誌にクレイグ氏が死んだという記事が出た。沙翁の専門学者であるということが二、三行書き加えてあっただけである。自分はその時雑誌を下へ置いて、あの字引はついに完成されずに、
(明治四二・一・一─三・一二)
永日小品 夏目漱石/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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