第20話 ガールフレンド

西園寺さんの過去と言われるとそこまでピンとくるものはない。彼女の生い立ちについてスポットを当てるようなエピソードはなかった。


それこそ、ウラジオストクという街からやってきた帰国子女であるということくらいしか情報がない。


「いや、実はあまり知らない。そこまで語られていなかったんだ」


「ふーん、そうなんだ。嘘じゃなさそうね」


いつものように俺の顔をジロジロと覗き込むと、納得した様子を見せる。


「これからについてはどう? この物語の行く末は当然知っているのよね。私はこの先どうなるのかしら」


「それはもちろん知ってるよ」


しかしこれはどう伝えればいいものだろうか。


西園寺さんは正ヒロインであり、無事に望み通り信と結ばれるはずだった。俺という物語の異物さえ存在しなければ。


前世の私情で勝手に物語を軌道修正してしまったせいで、今となっては本当にそれが叶うかも分からない。


それはつまり、俺が彼女の恋路を知っていて妨害したことを示している。


そんなことを伝えたせいで嫌われたりしないだろうか。


今、この魂はユキを見つけてくれた西園寺さんに多少なりとも依存が芽生えてしまっていると言ってもいい。


彼女はユキを知るこの世界で唯一の人だ。彼女に見限られることだけはなんとしても避けたい。


「ごめん……もうちょっと待ってくれないかな……隠すつもりはないんだ。でも、ちゃんと言葉を選びたくてさ……だめかな?」


後ろめたさを隠しきれずに目を合わせると、思った以上に西園寺さんはあっさりと答えた。


「うん、いいよ。あなたが言いたくなるまで待つわ。もちろん変な勘ぐりもしない」


「そ、そっか。ありがとう」


「まあ正直、あなたが知っている未来なんて、もうそこまで関係ないと思うのよ」


「どういうこと?」


「少なくともユキの存在はこのシナリオを大きく書き換えてしまったはずだということ。バタフライエフェクトって知ってる?」


「えーっと、カオス理論……だっけか?」


「うん、力学系にほんのわずかな影響を与えただけでも、それがなかった状態とくらべて結果が大きく変わること。カオス理論における予測困難性と初期値鋭敏性。ブラジルでたった一匹の蝶が羽ばたけばテキサスで竜巻が起きるかもしれない、という問いを示す言葉」


「相変わらず詳しいのな」


「まあね」


ウインクしながら得意げに人さし指を夜空に突き立てる。やっぱり知性を褒められて調子に乗る西園寺さんは眼福極まりない。


「だからさ、あなたがこの世界にやってきて、そこら辺に転がる石ころを取り除いただけでも、世界は大きく変わるかもしれないわけ」


そう言うと手頃な石を拾い上げ、綺麗なスピンをかけながら川辺に向かって放りなげていく。


平たい石は水面を走り6回ほど弾むと波を立てながら沈んでいった。その波紋はまるでカオス理論における影響の連鎖を示すかのようである。


「おお、うまいもんだな」


「でしょう?」


そう答えながらもう一つの石を俺に向けて放り込んできた。あたふたとしながらキャッチすると、あなたもやりなさい、と首で指図してくる。


もちろん俺はその挑戦状を受け取って川辺に向けてそれを投げつけた。


しかし、その石は一度も弾まずに、見事に川底へとダイレクトに沈んでいく。


それを見ると西園寺さんは勝者の風格を見せつけながらクスクスと腹を抱えて笑い出した。


「アハハハ! ほんとに下手ね!」


「石が悪かったんだよ!」


「じゃあもう少しいいやつでリトライしてみる?」


「よ、よーし、見てろ!」


何度再戦しても俺の石は沈んでゆく。俺が投げると鉛にでも変わるのではないかと疑うくらいだった。


一方で西園寺さんはこつを掴んだらしく、投げれば投げるほど上達していく。さすがは天才といったろころだ。


うまくいく度にチラチラと自慢げにこちらを見てくる。俺と二人でいる時だけは俺なんかよりもよっぽどお調子者なのである。


「まいりました」


「よろしい。いつでも挑んでくるがよい」


「いや、もう勘弁だわ」


「フフフッ、そんなわけで、ユキの知っていた世界線はもうそんなにあてにならないんじゃないかと思っているというわけ」


「ああ、そういえばそんな話だったな」


勝負に夢中ですっかりと忘れてしまっていた。


「まあさっきの下手くそな様子を見ると、あなたがもたらす影響なんて大したことないんじゃないかとすら思わされもしたけれど」


「う、うるせ!」


「フフフッ、冗談。大丈夫、あなたは私にとっては何よりも大きな存在よ」


「そ、そう?」


「うん。だからさ、話せるようになったら教えてね」


「あ、ああ、ありがとな」


しばらく互いに沈黙を共有しながら歩いていく。


西園寺さんは俺のことをどう思っているのだろうかと、その心中に思いを馳せながら、時折彼女の横顔に目を向けていた。


橋脚付近にある人気ひとけのないところまで歩いてくると、西園寺さんは急に俺の肩に頭をもたれてきた。


「ねぇ、ユキ、今度のデート、どこいこっか?」


「え、ど、どうしようね……」


だめだ。西園寺さんの不意打ちに、ドキドキが止まらない。


思わず噛み噛みの返答をする。


「どこか行きたいところとかあるの?」


「私は割とどこでも楽しめるわよ」


「そっか。西園寺さん、日本はどこも面白いって言ってたもんね」


「ん? まあそうだけど、そうじゃないわ」


「え?」


「どこに行くかより、誰と行くかの方が大事。ユキと一緒なら、きっと何処に行ったってきっと楽しいわ」


もたれた状態で俺を見上げ、目を合わせるとニッコリと微笑んだ。


「ちょ、ちょっと近くないですか……」


「えー、そうかなー?」


ニヤニヤと意地悪な表情を浮かべてさらに顔を近づけてくる。


「そんなこと言うのはさ……俺にガールフレンドっていいなって思わせるため……だよな」


そう言うと頭を離し、黙って前の方へ歩いていく。


すると、川辺に反射する橋の光を背に、くるりと優美に振り返った。





「さあね、どうだろう?」





そんなずるいことを言われたせいか、俺の心臓の鼓動はますます高鳴っていくのであった。




----------


<あとがき>

一章完結です。

二章以降は少しずつ更新していきますので、引き続き浅野健にお付き合いいただけると嬉しいです。

たくさんの反応をいただけて、私も彼(?)のように調子に乗りながら執筆しています。

ご意見・感想・レビューなどお待ちしております。


(P.S. 二章は日常を挟みながらも話を大きく展開させていくつもりですのでご期待ください)

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ラブコメ主人公のお調子者親友キャラに転生したので、前世で推していた青髪負けヒロインを全力援護射撃しようと思います。 トバリ @tobary

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