第19話 物語のキャラクター

「ほら、私ってさ、女の子としてはかなり上位の魅力を持っていると思うのよ」


異論はない。いや、しかし相変わらず自賛をいとわない奴だと心の中でつっこみを入れる。


「だからさ、あなたの男の子としての気持ちを起動させるトリガーとしては十分だと思うわけ」


「まあ、確かに……さっきはちょっとやばかったけど」


そう言うとニヤリとしながら口を開く。


「そうなんだ。じゃあもう一回やってあげようか?」


再び顔を近づけてくる。


「ちょ、ちょっと待って! 大丈夫! 大丈夫だから!」


「そう? 嫌だった?」


今度は塩らしく首を傾げる。


「い、いや、別に西園寺さんなら嫌じゃないよ……」


「ふーん、そっか。『私なら』ね」


再び一転して、俺がこぼした西園寺さんへの好意を示す言葉に嬉しげな反応を見せる。


思わず言葉にしてしまったことを振り返ってみて思うのだが、確かにこの世界で唯一俺の境遇を知り、寄り添ってくれたのは西園寺さんであり、少なくとも俺にとって彼女はすでに特別な存在であった。


「というわけでさ、今度デートしようよ」


「え、デート?」


「うん。ガールフレンドっていいものだなって思わせてあげるから」


「分かった」


「あら、そこはやけに素直なのね」


「いや、なんかさ、転生してから友達とでかけても結局お調子者キャラとして肩肘張ってばかりだったから、もっと楽な自分でいられる人と遊びに行きたかったんだ。だからこういうの関係なく、西園寺さんとは前から遊びに行ってみたいなって思ってた」


「そ、そうなんだ。よかったわね。私に誘ってもらえて」


そう言いながら自分の垂れた横髪をクリクリといじり出す。


「うん! ありがとう!」


「ま、まあ私としては、最終的にあなたと水崎さんをくっつけてライバルを減らすのが目的な訳だから、そんなに礼を言われるようなことはしていないわ」


こうしてわざわざ魂胆を明かして、フェアを主張してくれるところも実に西園寺さんらしい。


そんなことを考えていると、ガラリと扉が開いて先生が入ってきた。


「おーい、下校時刻だぞ。何してんだお前ら……って、その怪我はどうした?」


確かにこの状況は側から見たら変だった。


上裸で、制服は泥だらけ。そんな俺に至近距離で語りかける正ヒロイン。


どう考えても謎シチュエーションすぎる。


「せ、先生、これは……浅野くんが怪我をしてしまって……」


「なんでだ?」


「それは……」


三上のことを言うべきか迷ったのだろう。


あの時は頭に血が登って徹底的に奴を威圧していたが、実際、退学まで追い込むつもりはなかったのだと思う。


さて、ここは再び俺が浅野健に力を借りる時だろう。


「い、いやー、下校してたら西園寺さんが目の前を通り過ぎていったんですけど、あまりにまぶかったもので見惚れていたら階段から足を踏み外してしまいましてー」


「そ、そうなのか?」


俺の言葉は信用ならんといった具合の口調で西園寺さんに尋ねる。


「ええ、それはもう新選組の階段落ちのように見事な落下でしたね。今からでも舞台オーディションを受けに行って欲しいくらいです」


おいおい、そんなおもしろおかしく着色する必要はないであろう。


手のひらで口元を隠し、クスクスと笑っているのが分かった。


まあ西園寺さんが楽しそうなので別にいいか。


「浅野……お前という奴は本当に……」


大きなため息をつく。こうして呆れられるのも慣れたものだ。


「西園寺、別にそのまま転がしておいてもよかったんだからな。こんな奴」


「ひ、ひでぇ、先生」


「自業自得だ」


「いいえ、先生。クラスメイトが怪我をしたのに放っておくなんて、そんなことできません」


清純派美少女をここぞとばかりに発揮してくる。


しかし、この天使のマスクの裏では、俺を笑いのタネにし、あろうことかそれをポイント稼ぎに利用する悪辣美少女がほくそ笑んでいるのである。


「全く、お前は本当に迷惑ばかりかけて……西園寺、悪いがこのバカを頼んだぞ」


「はい、任せてください。色々と」


俺は最後に『色々と』と小さく付け加えたことを聞き逃さなかった。




下校時刻ということでさっさと教室を追い出された俺たちは、ようやく帰宅を再開する。


今日もやはり西園寺さんは一駅余計に乗り過ごし、俺の最寄駅で降りるとお散歩に付き合うように催促した。


二子玉にこたまの駅へと続く川辺を並んで歩いていく。日は沈み、橋の上を走る車のライトが右から左へと忙しなく動いていく。


「それでさ、この世界は結局どんな世界なのかな? やっぱり何かの物語なわけ?」


「うん、ここはさ、俺が前世でみた、ラブコメの世界なんだよ」


「ふーん、そっか。じゃあ私はその物語キャラクターでしかないんだね」


「え?」


一瞬だけ虚げな眼差しになった気がしたが、すぐに元の表情に戻った。


「あのさ、私、結構強キャラな自信があるのだけど、どうだろう?」


「ま、まあ、モブキャラではないぞ」


「やっぱり! 人気投票でもしたら一番間違いなしね」


自信過剰だと指摘したいところではあるがその通りである。確か1万票は超えていたような気がする。


「あなたは……そうね、ネタ枠で数十票といったところかしら?」


32票。なぜかこっちは具体的に覚えている。


俺が少しむすっとすると、もちろんそれを見逃すはずもなく得意げな表情で口を開く。


「図星だ」


「うるせぇ。これでもモブキャラにしては善戦した方なんだから」


「アハハ、そうなんだ。大丈夫よ。もしあなたの世界に転生したら、私の票はあなたに入れてあげるわ」


「そ、そっか」


「そしたらもう一つ質問。あなたは私のこと、いったいどこまで知っているの?」


「え、どこまでって……」


設定資料集まで買い込んだ俺はだいたいのことを知っている。それこそ西園寺さんのことならスリーサイズまでばっちりと記憶している、などと余計なことを考えてしまったせいか視線が彼女の胸元に吸い込まれていく。


当然、鋭い西園寺さんはそれを見落とすはずもなく

「あなた、やっぱりちゃんと男の子なんじゃない?」


「い、いや! これはしょうがないんだよ! 西園寺さんだってこうなったら分かるって!」


「フフフッ、かわいい」


「……」


「じゃあさ、私の過去も全部知っているわけ?」


無邪気な表情から一転し、少し目に力をこめながら、そう問いかけてきた。

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