第18話 もう一人のボケ役
このままではこの
よろめきながらも西園寺さんはその不適な笑みを絶やさずに姿勢を起こす。
「フフフッ、やっぱりドキドキするんだ」
「ハアッ……ハアッ……ず、ずるいぞ!」
こんなことをされれば男女問わずドキドキしてしまうだろうとは思ったものの、同時に男性的な衝動が掻き立てられたことも確かだった。
「私はね、器は魂に従うものかもしれないけれど、魂もまた器に従うものだと思うのよ。ほら、健全な精神は健全な肉体に宿るって言うでしょう? だからね、かつてのあなたが女の子だったとしても、器が変わればその魂に男の子としての感情も芽生えてくると思うの」
そうかもしれない。今、まさにそれは試されてしまった。
「つまりね、あなたが女の子のことを好きになったって不思議ではないのよ。だからもしかするとあなたの水崎さんへの愛も、親愛ではなく恋愛になっていってもおかしくない」
「そ、そうかな……」
確かに水崎さんを想う気持ちはこのところよく分からなくなってきている。
「私は相性いいと思うわよ。あなた達」
「そうか?」
「うん。あの子、あなたがクラスでお調子者キャラとして少し無理をしていること、気づいてると思う。いや、感じてると言った方が正しいかしら」
「え、そうなの?」
「まあ私みたいに洞察力を働かして察知しているのではなくて、あの子の場合はそれを直感してる。ほら、あなたがリスクを犯してボケをかますと、最初に笑ってくれるのはいつだって水崎さんじゃない?」
確かにそうだ。俺のボケを水崎さんはいつも笑顔で拾ってくれる。
「あの子が笑うとクラスのみんなは安心できるの。『ああ、これは笑っていいところなんだ』ってね。だからあの子がいなかったら、あなたのボケの打率はもう少し低かったんじゃないかしら」
「そうだな。一番最初に笑ってくれる人って確かに重要だよ」
「そうなのよ。最初に笑うというのはみんなに『これは面白いと思う』って主張することになるわけだから、結構勇気がいることだと思うの。だから周りが笑うから笑う人よりも、自分が面白いと思うから笑う人の方が私は好き。そこに意志やセンスを感じるから」
「つまり西園寺さんは水崎さんが好きだと」
「そ、そうね……ライバルだけど……あの子は良い子よ」
急にいじらしい様子で視線を逸らすと、コホンと咳払いをしてから再び語りはじめた。
やっぱり好意を表現する時は妙に客観的になるというのは、西園寺さんらしい照れ隠しである。
「要するに、水崎さんは笑いのファーストペンギンであり、あなたの役目を助けてくれる重要な立ち位置にいるということ。そして、これは私の予想だけど、あの子はあなたのことを支えるためにそうしてくれているのだと思うの。それもほとんど無意識にね。だってあなたがいない時は、あんなに率先してボケを拾いにはいかないもの」
「え、そうなんだ。知らなかったな……確かに俺が浅野健を演じやすくなったのは水崎さんのおかげだと思う。はじめて浅野健っぽいことをがんばって言ってみた時も、水崎さんが笑ってくれた。そっか、水崎さんがいるから、この道家役も怖くなくなったんだ」
「フフフッ、やっぱりね。何にせよ、あの子は優しいのよ。水崎さんはあなたのことをいつも拾ってくれる。そしてその逆もしかり。あなたも水崎さんが天然をかましてしまった時は全力で突っ込んでそれを笑いに変えてあげているわよね? まるでいつものお礼を示すようにしてね」
「ああ、確かにな」
そう。俺は水崎さんの天然はいつだって全力で愛でにいく。
「でしょ? あなたは戦略ボケであり、あの子は天然ボケ。あなた達は互いにあの教室のボケ役であり、それを支え合っているのよ。それも何の取り決めもなく、まるで示しを合わせたかのようにしてね。だから私は、あなた達二人は何も言わずとも分かり合っている、とっても素敵な関係だと思うわけ。きっとちゃんと二人で過ごしてみたら、お互いにとてもしっくりくると思うわよ?」
「なるほど。まあ、そういう感情が全くないと言ったら嘘になる……かな……転生してからはちょっとずつ感覚も変化してる気がする」
「そっか。ならあなたはもう少しわがままになっていいと思うの。今のあなたのそのスタンスには相変わらずの自己犠牲を感じる」
「え、そうか?」
「うん。だって水崎さんの幸せを願うというなら、川村くんではなくて、あなた自身が彼女の側でその幸せを実現させたっていいわけでしょう? もしあなたのおかげで、川村くんと水崎さんが結ばれたとして、その後あなたはどうするの? 今までの三人グループから爪弾きにあってしまうじゃない。前世が女の子だったからという理由で天涯孤独を貫くつもり?」
「いいのかな……俺なんかが……」
俺が迷いを示すと西園寺さんは得意げな様子で答えた。
「わかったわ」
「え?」
再び人差し指を天井に向けて突き立てる。
「最初に話したように、あなたが水崎さんに対してその気になればやっぱり協力しようと思う。そして必要があればあなたがその気になれるように手助けもしてあげる」
「手助け?」
「うん。あなたが抱く恋愛感情や好意を素直に認められるようになるための」
「ど、どういうこと?」
「それはもちろん──」
再び妖艶な笑みを浮かべて、顔を近づけてくる。
「私があなたを、ちゃんと男の子にしてあげるってこと」
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