叶わないなら、君と。
緋鞠遥
1 神様は案外近くにいる
「もうじき桜の季節か…」
そうつぶやいて、この町では今の言葉が通用しないことに気づく。まったく、日本の中で四季を感じることができないとはどういうことであろうか。僕は広い部室でひとり机に寝そべっては長い放課後の時間をどうつぶそうか考えている。
僕、薙代悠里は神里町にある学校で写真部の部長を務めている。まあ、部員が一人しかいないからなのだが。僕には写真家だった祖父がいて、祖父の撮った桜の樹が大好きだった。それで今は亡き祖父から譲り受けたカメラを使うために写真部への入部を決めたのである。しかし、いざ入ってみると年上の幽霊部員しかおらず、入部初日に元部長から部長の座を受け継いでしまった。そんな先輩方も今年の春で卒業してしまい、今ではこの部室を独占しているのだが。
「今日はせっかくだし、あの桜を近くで撮ってみるか」
いつも放課後になると教室から直接移動して部室から動かなかったため、写真も部室から撮ったものしかなかった。今日は天気も良く、学年末試験が終わって一等暇だったからかもしれない。学年が変わってしまう前に、一度間近で見てみるのもいいと思った。
神里町に枯れない桜の樹があることは、この町に住んでいる人なら誰もが知っている常識である。悠里も例外なくこの話を耳にしたことはあるが、実際に近くまで来てみるのは何気に初めてである。
「うわ…。わかってはいたけど、結構大きいもんだな」
根幹は直径三メートルを超えていて、校舎にも負けないほどの高さである。これほど立派に育つまでにどれほどの年月が経ったのだろうとつい考えてしまう。
樹のそばにある小さなベンチに腰を掛け、そこから見上げるようにしてレンズを構える。画面一面に映る桜色の空がとてもきれいだ、と思った。
何枚か撮り、カメラから目を離したとき、カメラを挟んですぐ目の前に恐ろしく整った顔があることに気づいた。
「_______________!!!???」
声にならない悲鳴が出た。いつからそこに、いや、この人カメラに写っていなかったような__
「落ち着け、人間。俺のことが見えるのか」
普通に話しかけてきた。というか、人間呼びって、見えるかって…。
「もしかして、幽霊?」
「馬鹿を言うな。幽霊など下等な生き物と同じにされては困る」
「あ、すみません」
それから若干落ち着きを取り戻した僕は、なぜか目の前にいるイケメン(多分人間じゃない)と自己紹介をすることになった。
「僕は薙代悠里。ここの学校の生徒です」
「俺は莉桜。神様だ」
これほど簡潔でわけのわからない紹介があるだろうか。目の前のイケメンはいったい何を言っているのか。
「それよりお前、薙代といったか。その写真機はどこで手に入れた」
「え、このカメラですか?これは祖父からいただいたもので…」
そういうと莉桜さん?は何か考え事をするかのように目線を下に移し、指を顎に添えた。桜の花びらと同じ色の長髪がそよ風に揺らされるその姿は、僕が初めて祖父の撮った桜の樹の写真を見た時のような、『美しい』という感情を湧かせた。
「(でも、写真には写らないんだよなあ。もったいない)」
そんなことをぼんやりと考えながら相手の返事を待っていると、ようやく顔を上げた莉桜さんから一言。
「よし。お前これから俺に付き合え」
「とりあえずどうしてそうなったかは聞いてもいいですか?」
この暫定神様は何を言っているのだろうか。もしかして僕とは会話の次元が違うのか?
「訳が分からないという顔をしているな。仕方がない、一から説明してやろう」
そういって莉桜さんは簡単に説明を始めた。思っていたよりは常識のある神で助かった。
「まずお前は神について何を知っている」
「いや…、存在は聞いたことあるぐらいで、特に何も」
「なんだと…。まあいい。まず、神には初めから神として生まれた『常神』と人間が生まれ変わり神になった『人神』の二種類が存在する」
「人間が神様に…」
「そうだ。そして神には一体ずつ自然を象徴する紋章が与えられる。人間でいう家紋みたいなものだ。そして自然にまつわる異常現象は、すべてそれに関する神に何かがあった時だ」
話が異次元過ぎて全くついていけている気がしない。今まで神様だとか本の中での話としかとらえてこなかったから、これが現実だとすぐには受け入れらない。それに、
「莉桜さんの紋章は、何がモチーフなんですか」
「俺の紋章は桜だ」
「じゃあ…、この桜の樹が枯れない理由も、莉桜さんにあるんですか」
「だからそれをどうにかするために付き合えと言っているんだ」
知らんがな!!!!!!!!明らかに今初めて聞いたことだぞ!!??
目の前の神様(確定)があまりにも説明を省いて話すものだから、そりゃなにも分からないに決まっている。それにそもそもどうして付き合うのが僕でなければいけないのか。もっとやる気のありそうな人のほうが適任だろう。
「別に僕じゃなくてもいいでしょう。そもそも何を手伝えっていうんですか」
「俺たちのことが見える人でないと意味がない。手伝いは、俺も何をしてもらえばいいかわからん」
「え?」
「現世での異常現象はその神が困っていることや悩んでいることを解決すれば治まるのだが。いかんせん、俺は何に困っているのか見当もつかないんだ」
「つまり…」
「原因探しから付き合ってもらうぞ」
学年末考査も終わり、春休みが来るまでの穏やかな日々をどう過ごすか、暇な時期だなと考えていたのはつい数刻前だろうか。前言撤回をしよう。
「僕の学校生活、これからどうなるんだ…」
叶わないなら、君と。 緋鞠遥 @Himari-Haruka
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