Digital Tattoo~二次作品利用の罠~

篠川翠

第1話

「佐々木君。これは一体どういうことか、説明してもらえるかね?」

 送られてきた動画を見て、俺は一人ニンマリした。佐々木の顔色がたちまち白っぽく変わっていくのを見て、多少は溜飲が下がる。

「いや、私は間違いなく工藤さんに同意を得て、この作品を発表しています」

「君ねえ。よく見てほしい。当社に持ち込まれたこのパステル画は、『宮藤くどう』さんの名前で発表されているよね?しかも当人が持ってきたものだ」

 田中さんが、パステル画のスケッチ帳の裏面にある名前を指した。そこには、手書きで「宮藤」と書かれている。

 それを見た佐々木は、唇を震わせている。

「どういうことか分かるかな?君の作品のイラストの「工藤」さんは、存在が確認できない。つまり、その作品のイラストは盗作と我が社では判断しており、著作権法違反だ。我が社では、君の告発及び民事上の損害賠償請求も視野に入れている」

 田中さんの声は、冷たい。

 ざまあ見ろ。自業自得だ。


 俺の名前は、工藤孝雄。まだ駆け出しのイラストレーターだ。もっともこれはペンネームで、親から貰った名前は、「宮藤貴文たかふみ」である。本名が少し珍しいので、いかにも本名っぽいペンネームをつけたというわけだ。ただし、ペンネームでも信用してもらえることが多い。

 駆け出しとはいえ、クラウドソーシングサービスでは、そこそこの評価を得ている。今まで、100作品ほど受注を請け負っただろうか。その一方で、「Freedom」というSNSで、商用作品とは別に自作を発表し、営業用のポートフォリオとして使っている。

 俺と佐々木が知り合ったのは、Freedomでのことだった。

 俺が得意とするのは、パステル画のイラストだ。パステル画は柔らかい印象を受けるのか、特に女性に人気らしい。

 Freedomでは、ユーザーフォローの他に、それぞれの作品に対して「応援しています」を意味する星がつけられる。フォロワー数と星は、日に日に数が増えてきている。少しずつ俺のファンが増えているということだろう。


 一方佐々木は、劇画調のイラストが多い。俺の作品と対局的であり、ダークな印象を受ける。だが、俺はそんな佐々木の絵が嫌いではなかった。どちらかというと、男性受けする絵だろう。

 どうやら佐々木も、俺と同じようにイラストレーターとして売出中らしかった。同業者ではあるが、お互いの趣向が全く違うため、ある意味では「畑違い」。そんな認識から、俺は佐々木に対して特にライバル心は抱かなかった。

 また、佐々木は「文学作品」も得意と豪語していた。他人のイラストをヒントに、ショート・ショートを編み出し、ストーリーの元となったイラストレーターのイラストと共に、Freedomで発表するのだ。この「小説」用のイラストレーターを、佐々木がFreedomで募集していた。それを、俺はかねてから知っていたのである。

 そんなある日、佐々木から「営業」の提案を持ちかけられた。

「なあ、工藤。俺、次の小説の作品が出来ていないんだよ。もし良かったら、お前の作品を使わせてくれないか?」

「うーん……」

 俺は、少し悩んだ。俺も丁度、Freedomで発表している作品の「実績」に、新作を加えたかったところだった。SNSで爆発的に人気が出れば、クラウドソーシングでも注目度が上がるかもしれない。そんな下心があったのは、確かだった。

「いいよ。何か、使いたい作品はある?」

「お前に任せる」

 気心の知れた仲だから、気軽なものだ。佐々木の言葉に、俺は一つの作品を選びだした。


 それは、俺の中学時代の思い出をモチーフにしたイラストだった。作品につけられた題名は、「初恋」。中学生らしく、放課後の音楽室で男女が見つめ合う作品だ。中学生の瑞々しさが感じられ、割と気に入っている。音楽室は、手元に残されていた中学時代の音楽室の写真を参考に、随分と楽器や音楽家の肖像画などを描き込んだ。お気づきかもしれないが、俺の初恋の君は、同じ吹奏楽部の女生徒だった。もっとも、片思いだったけれどね。


 そんな話を、佐々木とDMで何度かやり取りした。

 ただし、あの作品は技術的なアラも目立つ。現在の俺のスキルならば、もっといい作品が描ける。俺自身が直したいから、同じモチーフで、新しい作品を提供させてくれ。そう提案した。


 佐々木はなぜか「いや、俺は元の作品で十分だ」と旧作にこだわった。だが、俺は佐々木に新しい作品を使ってもらうつもりだった。だって、小説の作者は佐々木かもしれないけれど、イラストは俺じゃん。未熟な作品より、完成度の高いイラストを発表したいもんね。

 クリエイターって、そういうものだろ。


 結局、提供したのは「新作」の方だった。旧作にも愛着はあるが、俺が「クライアント」だったら、完成度の高い「新作」を間違いなく選ぶ。俺だって、デビューして1年以上経つ。それくらいの判断はつくさ。

 新作のタイトルは「First Love」。佐々木には「宇多田ヒカルかよ」と突っ込まれたが、「初恋」との関連性が感じられて、いいじゃないか。


 俺の「First Love」は、佐々木の小説より一足先にFreedomに投稿した。テーマがテーマということもあり、いつもにも増して、星がたくさんついていた。100はついていたかな。

 ここで、一つ告白しよう。

 実は、Freedomでのフォロワーと星の数は、佐々木よりも俺の方が断然多い。でも、それをひけらかしたり鼻にかけたら喧嘩になるから、フォロワーと星の数については、普段のやり取りでもできるだけ触れないようにしていたんだ。だってあいつ、俺の作品に対して時々皮肉めいたことを言ってくるんだもん。何となく、嫉妬されているって、嫌でも分かるじゃないか。

 ただこのときは、単純に多くの人に見てもらえたのが嬉しかった。嬉しすぎた勢いで、たくさん星のついたそのキャプチャを、俺はDMで佐々木に送ったんだ。


 だが、佐々木の反応は冷たかった。

「マウントかよ」

 それが、佐々木の第一の反応だった。

 俺は戸惑った。いや、別にマウントでも何でもないし。第一、こういうのって勢いのあるときに連携したほうが、相乗効果で数値が伸びるじゃん。SNSで数値を伸ばしたいときの暗黙の鉄則だ。

 それに「友達」なら、まずは「おめでとう」の一言ぐらいくれるよね。

 佐々木の言葉にカチンときた俺は、数分後、思い切って切り出した。

「じゃあ、小説にするのは止めるか?俺は別にそれでも構わない」

 本気だった。これで佐々木との関係が解消されても、それはそれで仕方がないとさえ思った。後から振り返れば、ここできっぱり関係を解消しておくべきだったね。

 だが案に相違して、佐々木の反応は素早かった。確か、秒単位で返ってきたっけ。

「いや、やるよ?決めたことだし」

「わかった」

 あそこまで喧嘩を売っておきながら、よくやる気になるよと呆れながら、渋々、レスを返してやった。8割以上が義理のレスポンス。

 経緯が経緯だ。このやり取りは、ずっと俺の中で尾を引き、このとき以来、俺は佐々木との積極的な交流を控えるようになった。

 たまに、義理で星をつけてやっていたくらいかな。だがその回数も、他のユーザーとの交流や新作発表の忙しさに紛れて、次第に減っていった。


 佐々木の小説版「First Love」が発表されたのは、俺の発表から2ヶ月近くも経ってからだった。お互いの都合があるし仕方ないんだけれど、俺が忘れかけていた頃に発表されるというのは、微妙な気分だ。

 案の定というか、やはり、佐々木の星は少なかった。せいぜい30といったところ。

 この数が、佐々木の文章力のせいかどうかは、俺は専門的なことはわからない。俺はあくまでもイラストレーターだから。一応、挿絵のイラストレーターとしてのクレジットは入っていたから、お義理の「星」をつけて、自分の投稿でも「佐々木さんに使ってもらいました」と紹介した。


 だが、この少し前から佐々木の投稿は、皮肉めいたメッセージ、もしくは愚痴ばかりになり、肝心のイラストはほぼ見かけなくなっていた。

 ダークさを佐々木がウリの一つにしているとは言え、毎日それを見せられるのは、やっぱり苦痛だった。そんなわけで、俺は密かに佐々木の投稿を「ミュート」していた。そうすれば無理に見なくて済むから。きっと、佐々木のフォロワーも、同じように感じていた人が多かったんだろう。


 佐々木の「First Love」の投稿から、一ヶ月経った頃のことだった。久しぶりに「お義理」で佐々木の投稿を見た俺は、血の気が引いた。

 佐々木の投稿で、俺のことが「ネタ」にされていたよ。しかも、あのDMでのやり取りをネタに、「こんな風に、たとえマウントを取る奴でも、それなりに使い道はあるものですね」みたいな、ものすごく上から目線の「知識人」ぶった投稿。


 ふざけんなよ!


 頭に血が昇るのが、自分でも分かった。

 ソッコーでありとあらゆる佐々木とのつながりを全てブロックし、二度とヤツから連絡が取れないようにした。その上で、自分の投稿できっちり反論を書いたよ。


 俺や俺の作品は、お前の「引き立て役」じゃない。そんな趣旨の投稿。


 もちろん佐々木の名前は出さなかったし、誰だか特定されないようには気を配った。それでも、この投稿の星の数は、みるみるうちに伸びていった。そうなることは、予想できていたよ。だって、俺がされたようなことを自分がされたら、多くの人が嫌に決まっているから。どうしてあいつはそれがわからないのかが、不思議だった。


 だが、佐々木は俺の投稿がよほど気に食わなかったのだろう。いや、ホントは密かに俺のことを見下していたのだろうから、「信者に反抗された新興宗教の教祖」のような気分だったのかも。

 ともかく、定期的に「自分が誹謗中傷を受けた」「ネットで叩かれた」などの投稿を、あちこちで繰り返していた。最初はそれを見かけるたびにイラついていた俺も、次第に冷静にヤツの投稿を見れるようになっていった。ある程度パターン化していたし、佐々木の星の数が、ますます減少傾向を辿っているのは俺なりに分析していたから。

 もちろん、俺が何か画策したわけではない。ヤツの星が減っていったのは、自業自得というものだ。


 ただ、俺の「First Love」の投稿と佐々木に紹介してもらったという趣旨の投稿は、削除した。それぞれに星をつけてくれた人たちに対しては申し訳なさがあったが、やっぱり、「あの佐々木に提供した作品」と見られるのは、どうしても嫌だった。

 もっとも、作品の原画自体は手元に残していた。さすがに、それまで破棄するのは忍びなかったしね。あれほど多くの人が支持してくれた作品。もちろん手間をかけて育てた分だけ、カワイイよ。


 佐々木の投稿から少し経った頃、俺は「著作権」に詳しい人に、この件について相談した。この人をOさんとしよう。Oさんは、Freedomでの俺のフォロワーの一人。知的財産権とやらが専門の弁護士らしい。さすがは弁護士、この手の話には詳しかった。

 Oさんに勇気を貰って色々とレクチャーを受け、俺自身も著作権について勉強した。難しい話が多くてついていくのがやっとだったが、佐々木のやり方が、事と成り行き次第では「著作権違反」になるリスクがあるというのは、Oさんのレクチャーでよくわかった。

 ただ、俺自身が裁判を起こすのは、ためらいがあった。何だか、自分の作品が「汚される」ような気がしたんだよ。

 でも、このまま泣き寝入りしたくはない。俺の「First Love」が可哀想じゃないか。

 そこで俺の希望を聞いたOさんは、一つの戦略を授けてくれた――。


 ***


 結局俺の「First Love」は、翌年、Freedomとは別の「リバティ」というサイトで公開した。こちらでも、評判は上々。さらに、偶然それを見かけたA広告会社から、「当社の新規のネット広告で利用させてもらえないだろうか」というオファーを頂いた。まだ小さいがこれから伸びそうな会社だと、Oさんの太鼓判も貰った。

 もちろん、俺はこのオファーに応じたよ。


 そこで問題になったのが、あの佐々木の小説で使われた「First Love」だった。

「この小説のイラストと全く同じものですよね。どういうことでしょう」

 俺にオファーを出した田中さんは、険しい顔をしていた。田中さんが念のためにとGoogleの「画像検索」で調べたところ、佐々木の作品がヒットし、驚いた田中さんは俺に説明を求めたのだった。

 だが、俺は原作者だ。「原作」を持っているという強みがある。

「間違いなく、私の作品です。証拠をお見せしましょう」

 広告会社のロビーで、俺はスケッチ帳に描いた「First Love」を、広げて見せた。


 そう。佐々木には言っていなかったんだが、俺の作品は、全て自分でスケッチ帳に描いて、それをデジタルデータに落としていたんだよ。その上で、デジタルデータを投稿していたんだ。

 原画を見た田中さんは、俺の言い分に納得したようだった。

「では、あの佐々木さんという方の投稿で使われているイラストは――」

「俺は、佐々木氏に著作権を譲った覚えはありません」

 田中さんは、しばらく考え込んでいたが……。

「承知いたしました。この件については、当社から佐々木氏に連絡を取り、説明をしてもらいます」


 ***


 そんなわけで、話は冒頭に戻る。

 田中さんに呼び出された佐々木は、しきりに弁解を繰り返している。だが、田中さんの求める「問題の投稿の削除」に対しては、頑として応じる気はないようだ。

 遂に、田中さんは席を蹴った。交渉決裂だな。

 間違いなく、この先「裁判所を通じた仮処分手続き及びA社からの損害賠償請求」が佐々木に行くだろう。

 佐々木がどうなろうと、知ったことではないね。


 俺の「戦略」がお分かりだろうか。

 結局俺は、Freedomを退会した。Freedomのアカウントも削除し、Freedomから「工藤」の作品は消えた。

 さらにクラウドソーシングサービスも退会し、デザイン会社を中心として、法人相手に営業をかけるようになった。その営業では、本名を使っている。

 つまり、第三者から見れば、佐々木の「First Love」は、紛れもなく著作権違反の作品というワケ。タナカさんは俺の説明を全て聞いた上で、「それでも名義は全く異なるのですから、まずは佐々木氏に投稿の削除を求めましょう」との判断を下したのだ。

「惜しいだろうけれど、いっそFreedomのアカウントを削除して、別の名義で再発表したら?」とアドバイスをしてくれたのは、Oさん。さすがだよ。

 さらに、Freedomのフォロワーさんには、一人ひとりにDMを送った。


「これから、リバティで『宮藤貴文』として頑張ります。今までの作品も全てそちらに移行しますが、そちらでも楽しんでいただけると幸いです。

 そして、あなたのこともファンとして、引き続き応援させていただきます。どうぞ、これからも、よろしくお願い致します」


 おかげ様で、Freedom時代のフォロワーさんたちは、俺のリバティの投稿も見てくれている。よくメールで、「こちらで見ることができて嬉しいです」という連絡をもらうんだよ。だから、リバティでも順調に活動できている。本当に、皆、いい人たちだ。

 そしてタナカさんは、会社のロビーに設置された防犯カメラのデータを、つい先程俺に送ってくれたというわけさ。


 俺は、ネットCMで使われている自分の「First Love」を何度もリフレインし、ニヤニヤと眺めながら改めて誓った。

 「自分の作品を自分で守る」って、本当に大事だね。妙なスケベ心は、二度と起こさないようにしよう。




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