最終話 魂が欠ける時
目を覚ますと病院のベットの上だった。傍には紅美さんが居て、泣いて喜んでくれていた。窓の方を見ると冠城さんが安堵した表情で僕を見ている。どうやら、肋骨が折れ、あちこち打撲も酷くて全治一ヶ月の見込み。
紅美さんと入れ替わるように桃源さんも来てくれた。そして、あの後の事を教えてもらう。磯崎らは、僕を拉致監禁、暴行したとして現行犯逮捕された。
「そういえば、桃源さんって銃……んッ」
彼が僕の口を手で塞いで顔を近づけた。いや、近過ぎる。
「それについても、打ち合わせしようか」
僕は小刻みに頷いた。
それから、冠城さんの集めた証拠が決定的となり、磯崎は数々の違法行為で再逮捕。更に僕が拉致された時に聞いたと証言し、冠城さん殺害容疑についても磯崎に取調している。
そして、一週間後。冠城さんの遺体が発見された。
僕は病院の庭で冠城さんとベンチに座っている。
『勇太、本当にありがとな』
「……僕にとって、冠城さんは突然降ってきた厄災ですけど」
『おまえ、言い方』苦笑いした。
「消えて欲しくないです」
僕は、なんとなく分かっていた。
『俺はロクな死に方しないだろうなって思ってたけど。ま、今までの報いだな』
冠城さんが過去に何をしてきたのか、僕は知らない。
『勇太のお陰で、思い残す事はないよ』
心から嬉しそうにしていた。
「勇太くーん」
声のする方を見ると紅美さんと桃源さんがこっちに向かってきていた。
今日は冠城さんの密葬の日。
『勇太、俺の代わりに、あの二人と楽しくやってくれな』
僕の中に居た冠城さんが、僕の中から消えた。
「大丈夫?」
紅美さんが隣に座った。彼女も冠城さんが亡くなっていた事を知って、塞ぎ込んでいるはずなのに僕の心配をしてくれる。
「冠城さんの夢を見たんです。紅美さんと桃源さんと楽しくやってくれって。僕は、冠城さんの代わりには……なれないけれど、これからも一緒ひっ……」
僕はもう涙が抑えられなかった。紅美さんが優しく肩を寄せてくれて、桃源さんは何も言わず僕の頭を撫でてくれていた。
半年後——。
桃源さんから冠城さんの最後を教えてもらった。
車の中で両足を撃たれ生きたまま放火、その燃える車ごと海の中に沈められたという。それを聞いた時、僕の前に冠城さんが現れる直前の事を思い出した。
体中が熱く燃え上がり、まるで冷たい水の中に放り込まれたような。真っ暗な底に落ちていく感覚。
死の直前を僕も体感していた。
「大丈夫か?」
桃源さんが僕の肩に手を置いた。
「はい。今日は何しますか?」
「今日は天気がいいから、ランニングだな」
「走るのなら得意です」
あれから僕は、週末一緒にトレーニングをしている。紅美さんとも頻繁に連絡を取ったり、買い物の荷物持ちをしたり。もちろん、三人で
冠城さんが居なくなってから、なんだか僕の魂が欠けてしまったように感じた。でも、それ以上に紅美さんと桃源さんは大きく欠けてしまったものがある。それを埋める事は出来ないかもしれないけど。僕は、二人の為にも補い合える存在になれるよう、前を向いて生きていこうと決めた。
魂が欠ける時 伊桃 縁 @Ito_enishi
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