『モンスター新人』元教育係山田さんの初詣

とんこつ毬藻

『モンスター新人Youtuber』雁染君の新年初生配信

 こんにちはー。

 新年あけましておめでとうございます。


 私は都内の消しゴムメーカーに務める山田香織やまだかおり、年齢は永遠に……自分で言うと新年早々哀しくなりそうなので止めときます。


 皆さん、以前私が報告させていただいた、モンスター新人のお話覚えていますか?


 そう、消しゴムメーカーである「うちの会社に入って世界を救いたい」と言って入社した挙句、固定電話の取り方が分からずディスプレイをスライドしたり、穴開けパンチの存在を知らずに資料へパンチして穴を開けたあのモンスター新人。


 最後は『俺YouTuberになって世界を救う事に決めたんで、会社辞める事にしたっす。よろしくお願い申し上げマスクメロンっす』とラインで報告したっきり、会社から姿を消した雁染かりそめ太郎君のお話です。


 あれからあの雁染かりそめ太郎君の事なんで、本当にYoutuberを始めてそうな気がして、何度か検索した事もあったのですが、今やyoutuberも飽和状態な時代、そう簡単に見つかる筈もなく……。まぁ、本名で登録している訳ないですしね。ちなみに彼が退職した後、穴開けパンチ、実際にやってみた動画もあがってはいませんでした。


 え? そんな彼が恋しいなんて思ってないですとも!? そのあと彼の代わりに入った新人の女の子、中山佐鳥なかやまさとりちゃんはとっても人懐っこく、少しおっちょこちょいだけど雁染地獄を経験したあとの私にとってはむしろ可愛く思えるくらいでしたよ。


 さてさて、そんな穏やかな下半期を過ごした私はこうして無事に新年を迎え、そんな新人のさとりちゃんと都内某所の神社へ初詣に来ています。たまたま住んでる家が近かったさとりちゃんとはよく晩御飯なんかも一緒に食べる仲なんですよ? 


「わぁーようやくお参り出来ましたねぇ~せんぱ~い」

「そうねぇ、三ヶ日過ぎたけどまだまだ多いわねぇ~」


「せんぱい、何をお祈りしたんですか?」

「ん? 内緒」


「えぇ~、もしかして、彼氏が出来ますように、とか?」

「ははは、ま、まさかぁ!? さ、さとりちゃんこそ何お祈りしたのよ?」


 え? いやいや、今年こそいい人に巡り会えますようになんて拝んでる訳ないじゃないですかぁ~? ははは。

 そんな私の心中を見透かすように温かいモコモコしたコートに身を包んだ可愛らしい彼女はこちらを見て微笑む。


「わたしは、せんぱいみたいにあったか~い人とずっと一緒に居られますようにってお祈りしましたよ?」

「ちょっと、冗談言わないの?」

「えぇ~~本心ですよぉ~~? せんぱいとってもいい人だもん!」


 そういうと腕を組んで来る彼女。あどけない様子で私に身体を寄せる人懐っこい彼女。

 こんな彼女の様子を見ていると、歳の離れた妹みたいに可愛がりたくなるのよね。


「せんぱいにも、素敵な人がきっと見つかりますよ?」

「まぁ、そう簡単には行かないって本心では分かっているから大丈夫よ?」


 彼女とそんな他愛ない話をしつつ、境内の方へ目をやったその時だった。自撮り棒に付けたスマホを自分へ向けた短髪の青年。その青年は、初詣の神社には似つかわしくない大きな声で何やら自己紹介をしていたのだ。その無駄に高いテンションとツンツン頭には凄く覚えがあった。前と違っていた点は、黒髪から茶髪へと髪色が変わっていた事くらい?


『どうも~~あけましてぇ~~おめでとうございマッスルビーサファイアスカーレット! 天国へ一番近い男、堕天使ワイルドグースでぇええっす! ふぅううう! 新年一発目の投稿は、 <おみくじ、大吉と大凶出るまでやってみた!> です』


「は?」

「え?」


 あ、どす黒い声が出てしまって思わず口元を押さえる私。いやいや、ワイルドグースって雁か、雁なのか。雁染じゃなくて天国に一番近い男……そうだった、彼、自分の事をそうやって自己紹介していたのをすっかり忘れていた。


「せんぱい、どうしました?」

「あ、ごめんごめん、何でもないよ。行こっか、さとりちゃん」


 いま、彼に近づくべきではない。早くその場を離れなければ何やら良からぬ事が起きそうな気がして、私は足早にその場を去ろうとしたのだが……。


「え~~せっかくならせんぱい、おみくじ引きましょうよ!」

「えぇえええ、いま!?」


「え? 今じゃなかったら、いつ引くんですか? ほら、いま並んでないですよ?」


 さとりちゃんが巫女さんが並んでいる場所を指差す。確かに今はおみくじもお札を売っている場所も並んでいない。いや、おみくじを買おうとした家族連れが、男の子の目元を隠して『視ちゃいけません』ってその場を去った瞬間を私は見逃さなかった。


 撮影を続けている雁染君は、くるくると回転しながら、おみくじ売場の巫女さんへ挨拶をする。嗚呼、巫女さーん、眉間に皺が……駄目よ、巫女さん、スマイルスマイル!


「すいませーん、この箱のおみくじ。大人買いしまぁ~~す!」

「えっと、お一人様、1枚でお願いします……」

「ええええええ、そんなぁ~。そんなこと箱のどこにも書いてないじゃあないですか?」


 これ撮影続けているみたいだけど、大丈夫なの? このままだと警備員さんか警察に連れていかれるんじゃないか? あれじゃあ参拝客じゃなくてただのクレーマーだものね。


「いえ……書いてはいませんが……本来おみくじはそういうものですので……」


 何回も引いてはいけないという明確なルールは確かない。今はおみくじも通常のおみくじに鳩みくじ、恋愛おみくじや金運などのジャンル別のものもあったりするし。ただ、同じおみくじを続けて何回も引くという事は神様の御言葉を信用せず、引き直しているという大変失礼な行為に値する。三社参りで別々の場所で引くならまだ分かるんだけどね。という訳で、良い子は真似しないように気をつけましょう。


「あのー、すいませーん。恋愛おみくじをひとつお願いします~」

「うはっ! さささ、さとりちゃーん!」


 私が心の中で突っ込みを入れている間に、あろうことかさとりちゃん。雁染君が押し問答している隣の巫女さんからおみくじを買おうとしているではないか? 巫女さんから恋愛おみくじをさとりちゃんが貰ったところで、


「あ、せんぱいも買います?」

「えっと、私は普通のおみくじで」


「はい、ようこそのお参りでした。よい1年になりますように」

「ありがとうございます」


 嗚呼、巫女さんの笑顔がお優しい。うーん、何だか隣から視線を感じるぞ? 気づくな~気づくな~~。


「あれ? もしかして、山田先輩じゃないっすか? 俺っすよ、俺。覚えてます?」

「え? どなたですか? オホホホホ。人違いじゃないかしら、人違い。ね、行きましょう、さとりちゃん」


「いやいや、山田先輩っしょ。天国に一番近い男っ雁染っすよ。いま。撮影してるんっすよ、youtubeの! あ、本名隠してるんでよろしくおなしゃす」

「嗚呼。がんばってね、じゃあ」


 私はさとりちゃんの手を引き、雁染君から離れようとしたのだが……。


「待って下さいよぉおおお。そうだ。はいはい、視聴者の皆さん、堕天使はおみくじが買えないという試練を前に、スペシャルな助っ人の登場ですよぉおおお! マウントレディーエンジェルでぇええっす」


 ちょっ、なんか桃色のバタフライマスクが私の顔に装着されてるんですけどぉおおおお! むしろ雁染君とさっきまでやり取りしていた巫女さんが白い目で見てます。流石に目が笑ってないよ~~~。


「あの……おみくじはどうされるんですか?」


「マウントレディーエンジェル。すまない。堕天使に堕ちた俺はどうやらおみくじを大人買い出来ないらしいんだ。お前の力でなんとかしてくれ」

「いやいや、オイ! おみくじ大人買いって神様に失礼だろうが! ほら、そこの巫女さんが困ってるでしょう! おみくじ大吉・大凶出るまでやってみたじゃなくて、おみくじ何が出るか予想してみた! にしときなさいよっ! ですよねぇ~可愛いお巫女さん」


 はぁ、思いきりツッコミ入れてしまったわ。ふぅ……お巫女さんにフォロー入れるのも忘れずに。いやいや、マウントレディーエンジェルって何だ。てか、勝手に録るな。出演料請求するぞ! こんなことやってたらさとりちゃんがほら……少し距離置いてるじゃん……ってあれ? さとりちゃんどうして目を輝かせてこっちを拝むように見てるの? 『がんばってくださいせんぱい』って、嗚呼、変な人に絡まれたか何かと思っているのね。


「おぉ~、おみくじは天使の力を持っても大人買い出来ないというのか!? それでは、神から授かりしおみくじぃ~~~1枚プリーズ! 手を挙げろ! それは英語でフリーズ! フリーズ凍える氷ポケモーン! 次回、ポケモンゲーム実況動画の続き、グルチャンとの対決編もお楽しみにぃいい! ふぅうううう!」

「はい、行くわよ」

「いてて、耳を引っ張るマウントレディーエンジェル! そんなツンなエンジェルもツンドラ気候~~」

 

 このままだと巫女さんから警察へ通報されかねないので、軽く会釈した上で私は雁染君の耳を引っ張りつつその場を離れる私。なんか神社の初詣というこの場でポケモンのゲーム実況予告までさり気にぶっこんでいる雁染君の神経を疑うわ。


「という訳で、マウントレディーエンジェルの助言の通り、おみくじ何が出るか、予想してみたいと思いまぁ~~す。俺の予想は勿論~~、俺は大吉、マウントレディーエンジェルは大凶です!」

「どうして、私が大凶なのよ?」

「いや、エンジェルが大凶なら、堕天使に堕ちて一緒になって・・・・・・くれるかなって思って」

「は?」


 一緒になってってどういう事よ。あんた久々の再会だからって変なことぶち込まないの。


「せ、せんぱい。その人は?」

「嗚呼、こいつは気にしないで。空気と思ってもらっていいから。あ、おみくじどうだったの?」

「はい、せんぱい。わたし大吉だったんですよ! えっと、今年身近に居る人と幸せな一歩を踏み出せますって♡」

「本当! よかったじゃない、さとりちゃん。応援するからね!」

「はい、せんぱい」

 

 なんだか頬を赤らめるさとりちゃんが可愛いわね。さて、私もおみくじの中身を開けますか。そうね、大吉とは言わないでも中吉とか吉あたりなら……。


『今年の運勢

 大凶  降り注ぐ風、嵐の如し

 周囲に振り回される一年。焦らず辛抱の年。脱兎の如く幸運が逃げないよう、身近な女神と共に過ごすが吉。獲物を狙う鷹に注意』


 は?


「ぬああああんとぉおおお! エンジェルのおみくじが当たったぁあああああ! これは、堕天使ワイルドグースちゃんねる今年は当たり年か? さぁ、俺のおみくじも引いてみましょう!」


 うん、これはきっと間違いよね。最早、雁染君のおみくじ結果なんてどうでもいい。もう、これはおみくじを結んでさっさと帰ろう。ん? 雁染君の様子がおかしいぞ? 何故かおみくじの中身を見た瞬間固まる彼。私と同じ大凶でも引いたか?


「マウントレディーエンジェル」

「どうした堕天使ワイルドグース」

「これを見てくれ」


『今年の運勢

 吉凶なし  変化を畏れず立ち向かえば、ご飯くらいは食べられる。急がば回れ』


 ポン、とそっと私が肩を叩いたところで彼の撮影は終了する。


 尚、大凶のおみくじは、さとりちゃんが気を遣ってくれて『大吉のわたしと一緒に結べば幸運も不運も半分半分ですよ』って一緒に結んでくれた。その隣には吉凶なしの雁染君のおみくじも並んでいる。これで三人、同じ運勢という事で。



 その後、彼のyoutubeでマウントレディーエンジェルはプチバズリを起こし、私は白衣の天使のような衣装を身につけたマウントレディーエンジェルとして。背後にちらっと映っていたさとりちゃんは恋するラビンラビットさとりん♡として、私と一緒に堕天使ワイルドグースの動画へ時々ゲスト出演する事になったとか、ならないとか?


 ――マウントレディーお姉様ぁああ♡ かっこいい


 ――マウントレディーお姉様、抱いて


 ――エンジェルが堕天使を飼い慣らしてて草


 みたいなコメントに気を良くした訳でも、寂しそうな雁染君に同情した訳でもないですからね?

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