終息──または解放

「────!」


 誰かがあげた悲鳴と、それにのまれるヴィレの呻き声。

 辺りは一瞬にして大混乱の喧騒にまみれた。


 だがリヤンは止まらない。

 歯牙を突き立てながら、その手で卓上のナイフを掴みとる。

 肉料理を切り分けるための鋭い刃が、真っ直ぐにヴィレの左胸へと突き立てられた。


 瞬間、鈍い殴打音。同時にリヤンの後頭部に重い激痛が走る。

 何かで殴りつけられたようだった。

 倒れたリヤンは大勢の男達によって押さえつけられ、地面に叩きつけられた。


「どけ! 私は医者だ!」


 怒号が部屋の中で飛び交う。

 リヤンの目の前で、仰向けに倒れたヴィレが介抱される。

 その首筋には、青い痣のような染みがひろがっていた。


「これは……毒だ!

 くそっ、胸の傷は──」


 医者がヴィレの衣服をはだけさせた。

 やや手間取り、そしてあらわになった胸元からは──。


「これは……!?」


 ──二つの白い乳房が現れた。

 決して豊満とは言えないそれは、しかし確かに女性を思わせる象徴的なシルエットを描いている。


 その場のどよめきは、すでに狂乱から困惑へと変わってしまっていた。


「そらみろ……やっぱり私じゃあ無いか──」



 モーリッツ家は嫡男に恵まれなかった。

 唯一産まれた子供は女の子であり、それ故にリヤンを、〝長男〟として育てることにしたのだ。


 だが矯正された人生は、リヤンの心に不和をもたらした。

 そうして耐えきれなくなった末に、彼女は家を飛び出すこととなった。


 それから歳月が流れ、養子をとる決意をしたようだが、しかし──モーリッツ家は、〝美しい〟跡取りが欲しかったのだ。

 

 そして、また誰かの人生を矯正した。


 リヤンにまっとうできなかったもの全てを、長男という役割として──。


 不意に母の言葉が脳裏をよぎる。


〈誰にだって役割があるんだから〉


 ──違う。

 私の役割はそれじゃ無かったはずだ。

 もしそうだったのなら、あんなに苦しかったのは、どうしてだというのだろうか。





 ふと、リヤンはあることに気がついた。

 蒼白になり、力無く横たえたヴィレの顔に、微かな笑みが浮かべられている。


 それで全てを察する事ができた──。


「嗚呼──死ねなかったのは、〝私を殺す〟ためだったんだ──」


 朦朧とする意識の中、不気味に笑ったリヤンの唇から血と毒の雫がしたたり落ちる。


 朱と紫の入り混じった模様がじわりと──絨毯を蝕む様に、浅黒い染みを浮かべていた。




終息ジェミニ・完



本作は3つのランダムワードをお題として作成しております。

・晩餐会

・家出

・入場無料



リヤン、フランス語で無

ヴレ→ヴィレ、フランス語で真の

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終息ジェミニ 雨宮羽音 @HaotoAmamiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ